第六話『理想も正義もいらない』

 F級魔術【フレイム】の爆発が収まる。

 シドウは口元を隠していた手をゆっくりと下げ、爆炎の中心で膝をつくアルディを見据えた。


「大した防御力だな……」


 シドウはベルナール騎士学院の生徒が着ている制服に称賛を贈る。


 レギンレイヴから放たれた魔術は銃身で高濃度に魔術を圧縮、銃弾として放たれる特性から、威力が格段に跳ね上がる。

 レギンレイヴから放たれた【フレイム】は威力だけを見るならD級魔術のそれに匹敵していた筈だ。

 

 その直撃を受けてもなお、決定打にならない。

 制服は吹き飛び、破け、使い物にならなくなっているが、アルディの瞳から戦意を奪う事までは出来なかったのだ。


(まあ、いい性能実験にはなったか……)


 シドウはその事実を目の当たりにしながら、深々とため息を吐く。

 ベルナール騎士学院の制服はシドウも当然身に付けている。

 中級者冒険者が身に付ける防具と同じ性能がある――と言われているが、その事実を確認するまでは半信半疑だった。

 鎧もなく、ただ特殊な繊維で編まれただけの服に鉄の鎧と同等以上の効果があるなどにわかには信じがたい。

 だが、こうしてアルディに魔弾を、そして魔術をぶつけ、ようやく信頼する事が出来た。

 この制服は防具として申し分ない。


(欲を言えば帝国騎士団並の防御性能は欲しかったが……)


 それを言ってしまえばただの我が儘だ。

 シドウは淡々とした動作で、再び銃口をアルディへと向ける。


「これでチェックメイトだ」


 ガキンと撃鉄を起す。

 魔弾を撃つときは撃鉄を起す必要はないのだが、その重苦しい金属音を耳にしたアルディの顔に冷や汗が浮かんだ。十分な脅しになったようだ。


 アルディは震える手で半ばから折れてた剣を握り、剣呑な眼差しでシドウを睨む。

 その不屈の戦意だけは騎士としては立派だろう。

 戦いから背を背ける事も、逃げる事もしないアルディの姿は確かに、騎士のお手本のような姿だ。

 コロシアムの周りにいたクラスメイトもアルディを応援する声が多い。この状況からの一発逆転劇を誰もが夢見ている。


 シドウはそんな光景に――心底うんざりしていた。


 クラスメイトの抱く夢は都合のいい夢物語。

 最後は騎士とて華々しく勝利を飾る王道としての物語。

 

 シドウもその手の書物は読んだ事がある。いわゆる王道小説というヤツだ。

 民を守り、たった一人の守りたい少女を守ると誓い、どんな困難であろうと、その逆境を跳ね返す奇跡が介在する物語。

 物語の終わりはハッピーエンド以外は有り得ない。


 シドウもその手の物語は好きだし、そんな展開に憧れ、夢見た時代もあった。

 けど、それは所詮、物語の世界の話だ。


 物語の世界が現実に飛び出してきたような異世界であろうと、ここは紛うことなき現実。

 この世界で、物語の世界を夢見る事は実に滑稽だ。

 


 最後まで守り切れる保証なんてどこにもない。意識を常に張り巡らせても、間隙を突いて、大切なものを奪い去る。誰を守る――なんて簡単な事ではないのだ。

 現実は小説のように出来ていない。



 誰かを守るなら、正義を、理想を語るな。


 正義も、夢も、理想も、全てを捨てなければ、誰一人として守れない。

 それがこの世界の現実だ。


(そうだ。ここは小説のように都合のいい世界なんかじゃない)


 だから知らしめる。

 シドウなりのやり方で。


 シドウはこの勝負の決着を付ける為に、最後の魔術を発動させた。


「――【エア・カーテン】」

「……は?」


 アルディはシドウの唱えた魔術に面食らう。

 いつ、詠唱を始めたのか――そんな疑問を置き去りに、真っ先に浮かんだのは、「なぜ、その魔術?」という困惑だ。


 E級魔術に分類される【エア・カーテン】。その能力は、小さな物を浮かし、ごく短時間、浮かした物を動かす事が出来るという魔術だ。

 攻撃力も皆無。しかもその魔術を使う主たる職業は荷馬車なので、物を積み込んだりする業者だ。しかも、重量も制限がある。十キロ以上の物を浮かせる事は出来ず、仮に浮かせたとしても相当の魔力を消費する。

 この場で使う必要性など――まして騎士がそんな使い道の無い魔術を使うことなど考えられなかった。


「え……?」


 ズブリ……と剥きだしになった腕に何かが刺さる。

 ゆっくりと視線を下げ、アルディは腕を見下ろした。


 黒い柄が根元まで腕に刺さっている。刃は貫通し、赤く濡れた刀身から赤い水滴がポタポタと落ち、小さな水たまりを作っている。

 ナイフを、貫通した腕を、そこから流れる大量の血を見た瞬間、アルディの意識がその現実を認識した瞬間。


「うがああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 身を引き裂くような絶叫を恥も外聞もなく、涙を流して上げる。

 貫かれた腕が熱を帯びたように神経を焼き、腕に刺さった異物が、否応なく生理的嫌悪を抱かせる。我武者羅に腕を振る度にナイフが動き、傷を悪化。その悪循環に耐えかね、アルディは惨めったらしく喚いた。


「いだい、いだい、いだいいいいいいいいいい!」


 シドウはその光景を目にしながら淡々と語る。


「爆炎に紛れて、【エア・カーテン】の詠唱をしていたんだよ。この魔術はナイフ程度なら持上げる事が出来る。お前らが役立たずだとバカにした魔術でも使いようによっちゃ、高位魔術にだって遅れはとらないさ。《大いなる息吹、空を駆け、彼方より舞い上がれ》【エア・カーテン】」


 今度は口元を隠す素振りすら見せず、詠唱を初め、魔術を発動。

 ナイフを操った時と同じように、シドウはコロシアムに転がったアルディの剣を操作した。

 それも、半ばから折れた柄ではなく、抜き身の刀身を、アルディへと目掛けて投げ放つ。

【エア・カーテン】の出力では、大した速度は出ない。ゆっくりとした動きで、アルディへと向かう。だが、その刀身の切っ先はアルディの眉間へと向いており、痛みで身動きのとれないアルディにとって、それはなによりも恐怖だった。


 一瞬にして、戦意は砕かれ、恥も外聞もなく失禁する。すでに戦意は、アルディの中にあった自信は何もかも砕かれていた。


「あ、あ、あ……」


 言葉は既に言葉にならず、勝敗は誰の目にも明らかだった。


(ここまでだな……)


 勝負は着いた。これ以上の脅しは必要ないだろう。それに、シドウの非情ぶりを見たクラスメイトの視線が刺さり、居心地が悪い。

 これからの学院生活を共にする仲間だ。必要以上に怖がられたり、敵に見られたくもない。


 シドウの特待生としての力を見せる――という当初の目的はすでに達成されたと考えてもいいだろう。


 シドウは緊張の糸を緩め、発動していた【エア・カーテン】を解除させる。

 カラン……と金属音を響かせ、アルディの眼前で刀身が落下した。


「しょ、勝者、シドウ=クーリッジ!」





 その直後、リースの宣言が会場全体に響き渡るが、緊張感に飲まれた会場は未だ、その事実を受け止めきれないでいた。

 リースは直ぐさま、倒れたアルディへと近づく。傷の具合を見て、叫んだ。


「アリシアさん! お願い、すぐ来て! 治療が必要なの!」

「は、はい!」


 観戦席で戦いを見守っていたアリシアがアルディへとかけより、傷の具合を見て、息を呑んだ。

 緊張感の浮かぶアリシアの顔を見て、リースは覚悟を決めて尋ねた。


「どうにかなりそう……?」


 諦め半分でリースはその言葉を口にする。

 アルディの腕はとにかくひどい。ナイフが突き刺さっただけならまだしも、痛みに負けて腕を振り回してしまったのが具合を悪化させていた。筋肉は裂け、筋は断裂。指の痙攣具合を見るに、神経にまで達してると考えてもいいだろう。

 だが、アリシアは気丈な表情を浮かべ、「大丈夫です」と断言する。


「確かに、傷はひどいかもしれません。けど、完治出来ない怪我じゃない。必ず治して見せます」


 アリシアは傷の具合を確かめ、アルディの腕をキツく縛ると、ナイフを引き抜いた。

 傷口から大量の血が流れる。だが、アリシアは脅えることなく、冷静に対処する。

 魔術で周りの空気、及び、傷周りの細菌を浄化。その後は、シドウにも使った魔術【リ・ヒール】を使い、傷を塞いでいく。慣れた手つきで治療をするアリシア。

 傷が塞がる光景を目にしたリースは安堵の吐息を付き、同時に怒りがこみ上げてきた。もちろんシドウに対してだ。


 この模擬試合では、相手を殺すことを禁止していた。この怪我だって命に関わるような怪我じゃない。

 だが、シドウは少しばかりやり過ぎた。

 実力は誰の目にも明らかなのに、シドウはさらにアルディの心を打ちのめし、騎士としての矜恃を何もかも砕いた。

 さらには命の危険にまで晒し、彼を肉体的にも精神的にも追い詰めたのだ。アルディが騎士として再帰するのはほぼ絶望的だ。最後に見せた光のない瞳がなによりも雄弁に語っている。

 才ある騎士を潰した怒りも含め、シドウの戦い方に苦言を呈するのは、教師として間違った対応ではない。


「シドウ君、君ちょっと……え? シドウ君?」


 リースが目くじらをたてて振り返る。


 だが、シドウの姿は会場のどこを探しても見つからなかったのだった。

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