第五話『魔弾の行方』
痛む体を懸命に叩き起こし、シドウは口元の血を拭う。
ベルナール騎士学院の制服は防護性能に優れている。
事実、レギンレイヴの銃弾を立て続けに受けたアルディの体には外的損傷は少ない。
だが――
(衝撃までは吸収出来ないのか……)
アルディの豪腕から繰り出された剣戟を受ける度にシドウの骨や筋肉は軋み、終には内臓までダメージが及んでいた。
シドウの銃弾を浴びたアルディも同じ状況だろうが、怪我の深刻さで言えばまだマシな方だ。なにせ、銃弾は魔力の塊で、実弾ではないのだから。
レギンレイヴの魔弾に弾切れの概念はない――
それは、正しく言えば半分ほど虚実が混ざる。
弾切れはある。だが、それが従来の銃のように弾倉切れに及ぶ物ではない。ということだ。
なにせ、レギンレイヴの弾丸は、シドウの魔力そのもの。
シドウの魔力を銃身の中で圧縮し、弾丸として撃ち出す類いの機能を持った銃だ。
実弾も使え、魔弾も使える。それがレギンレイヴの特徴の一つと言えるだろう。
だが、魔弾は実弾と比べ、殺傷力が極めて低い。
魔力とは本来、空気のように触れる事が出来ない生命エネルギーだ。
マナと呼ばれる活力や生気の源泉となる精神エネルギーを、魔力回路と呼ばれるアーチスの生物なら誰もが有する器官を通して、変換する事で魔力は生成される。
だが、その魔力はただのエネルギーでしかなく、魔術や魔導器などの動力源にしかなり得ない。
それを空気泡のように強引に圧縮し、弾丸として撃ち出しているのだ。殺傷力などあるわけがない。
苦悶の表情を浮かべ、剣を握りしめ直したアルディが容赦なくシドウを睨む。
その視線からシドウに対する驕りは消えていた。
シドウを対等な敵――本気を出すべき相手だと思い直したのだろう。
些か遅すぎる判断だ。
レギンレイヴの特性を判断する前――シドウがレギンレイヴを取り出した時点で、警戒を持つべきだった。
シドウはナイフを仕舞い、レギンレイヴだけを右手に構え直す。
もう、ナイフはいらないな。
「なんの真似だ?」
シドウの対応にアルディは目に見えて憤慨する。
シドウを対等な相手と認めた瞬間に、シドウが手を抜くような真似をしたのだ。彼の怒りに油を注ぐ行為に他ならないだろう。
それが狙いだ。
怒れ――もっと怒れ。冷静な判断が出来なくなるまで。
シドウは魔術師としては三流もいいところだ。それに銃の腕もイマイチ。ナイフの技術だってその手のプロには遠く及ばない。
そんなシドウが二年の短い年月とはいえ、嘱託騎士として召喚者達を相手に戦ってこれたのは、単に、戦い方が上手いのだ。
知略を巡らせ、強敵に勝つために訓練をずっと続けてきた。その為か、シドウは狡猾に勝利を手にする悪手に躊躇いを覚えない。
プライドだ、騎士の誉れだと騒ぐ騎士ごっこをしているだけのアルディに、生と死が隣り合わせの戦場で、勝利以外の思考を捨て、戦ってきたシドウに勝てる道理などある筈が無い。
「これが俺の本気だよ」
「言ってる意味がわからないな。なぜ、本気を出すのにナイフを仕舞う必要がある?」
「それがわからないようじゃ、お前は俺には勝てないよ」
アルディの眉がピクリと吊り上がる。顔は真っ赤に染まり、青筋が立つ。鋭く睨んだ双眸は血走り、最初の紳士的な態度は見る影もない。
「……いいだろう。なら見せてみろ! 君の本気とやらを!」
アルディが疾駆する。剣を大きく振りかぶり、シドウ目掛けて振り下ろす。
シドウはギリギリでそれを避けるとアルディに照準を合わせる。だが、視界の端でチラリと輝く閃光が。
咄嗟にバックステップをとったシドウの鼻先を掠めるように振り上げられた剣尖が通過する。
だが、連撃はそれだけで終わらない。
再びの打ち下ろし。そして、振り上げ、横薙ぎ、袈裟、突きと息つく暇もなく繰り出される剣戟にシドウは舌を巻いた。
(まだ、【エンチャント】は継続中か……)
アルディの施した反射速度の強化。強化に物を言わせて繰り出される連撃は整合性は欠くが、正確だ。肉体の負担を顧みないという点は失点だろうが……
シドウは慌てず横薙ぎの剣をレギンレイヴの銃口で受け止める。
それだけで銃が破損しそうな衝撃が手に伝わり、シドウは痛みに口元を歪める。だが、レギンレイヴには傷一つついていない。
レギンレイヴの銃身は特別製だ。ミスリルと呼ばれるこの世界で二番目に硬度がある特殊金属を削り出して創った武器だ。
何人もの鍛冶師が槌を振るい、エルフなどの高位種族が魔術を使い、化工したシドウだけの武器。不純物をまったく含まないミスリル製の武器は、貴族などが好んで使う不純物を多分に含んだミスリルとは違い、硬度やミスリルの特殊能力の差が歴然としている。
アルディの剣もミスリル製のようだが、その硬度はレギンレイヴの比較にならない。
そして、ミスリルの特徴である『魔力を貯蔵。放出する』能力も折り紙付きだ。
シドウの少ない魔力量でも魔弾として撃ち出せるのはミスリル製だからこそだ。
そして、この銃の能力は魔術を使用してこそ意味がある。
シドウは矢次に詠唱を行い、魔術【フレイム】を発動。ほぼ同時に引き金を引いた。
ズガン! という発砲音が剣ごとアルディを吹き飛ばす。
たたらを踏みながら後退したアルディの剣は真っ赤に染まり、高熱を放っている。
零距離から撃ち出した【フレイム】が剣の横っ腹を直撃したのだ。威力も効力も増幅された【フレイム】の直撃を受け、アルディの額に玉粒の汗が浮かんでいた。
剣の柄を握った手からは煙が上がり、アルディの皮膚を溶かしている。相当な激痛を伴う筈だが、剣を取りこぼさないその執念だけは本物だった。
「なるほど……私の攻撃を受けても傷一つつかない。それに魔力を――魔術を強化して放出するその特性……その銃はミスリルで出来ているね?」
「ああ」
「なるほど……君があれほどの啖呵を切った理由にも頷ける。ミスリルほどの金属で創られた武器を所持しているんだ。自惚れるのも仕方ないさ……けど、違えるなよ。私のこの剣もミスリルだということを!」
アルディが魔力を放出。魔力独特の無色に近い青白い光が吹き上がり、その光は剣へと収束されていく。
同じミスリル製であるなら、アルディの剣にも魔力を収束し、魔弾のように魔力を撃ち出す事も、剣に魔術を纏わせて放つ事も出来る。恐らく、レギンレイヴとまったく同じ事が出来るだろう。
シドウは再び【フレイム】の詠唱を初めた。
アルディはシドウの魔術を見て、嘲笑する。
「ミスリルでの魔術攻撃が君だけの専売特許だとつけあがるな! 《炎よ、猛れ》――」
二人の魔術は同時に完成し、
「「【フレイム】!」」
寸分違わず、同じ魔術名を口にする。
炎を纏ったアルディの剣による一閃は大きな弧を描き、炎の刃となって、シドウに飛翔する。
シドウの魔弾から撃ち出された銃弾もまた、炎を纏い、二つの魔術は両者の中間でぶつかり合う。
先ほどの魔術戦の焼き回しだ。だが結果が違う。
同じ魔術を使用し、対消滅する筈だった魔術。だが、今回の軍配はシドウの魔術に挙がった。
理由は至極単純。いかにアルディがシドウより魔力量があろうとも、面として放射された【フレイム】より、一発の銃弾――点として放たれた【フレイム】の方が圧縮された分、威力が強かったということ。
それに、アルディの剣はミスリルではあるが、不純物を含んでいる。魔力の伝達率がシドウのレギンレイヴより粗悪だった。
それらの要因がこの勝負の勝敗を別ち――
「ちぃ……!」
苦し紛れに振るったアルディの剣にシドウの【フレイム】が着弾した瞬間、会場全体を揺るがすほどの大爆発が視界を埋め尽くすのだった――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます