第四話『奇跡の一発』

「じゅ、銃……だと……!?」


 撃たれた肩を押さえながらアルディが呻く。

 黒色の無骨な拳銃。回転式のリボルバータイプで、幅広い銃身には強引に金属を削ったような荒削りな魔術陣と呼ばれる法陣が刻まれている。この銃が魔銃と呼ばれる由縁だ。

 この世界の魔術は基本的に詠唱による発動方法しかない。

 というのも、魔術という技術は世界の概念をねじ曲げて使う技術だ。もっとも効率的に概念を書き換える術が、詠唱。使用者自身の言霊が込められた音階、音程、声量による世界と術者の意識への介入、及び改変だ。

 言霊を口にする事で、初めて世界が術者の魔力を捉え、術者は世界という絶対敵法則が見守る中、魔力という概念を魔術へと書き換えているのだ。その書き換えには魔力という認識を術者本人も改変する必要があるため、世界と術者――全と一が同時に概念変更を承認する必要がある。


 長年の研究により、詠唱がもっとも概念変更の承認を受けやすく、他の技術は衰退していた。


 法陣もその一つだ。詠唱の中に込められた魔術理論を陣と刻んだのが法陣。理論上では魔力を流すだけで概念変更を行え、魔術を使用する事が出来る――という代物だった。

 だが、その試みは失敗に終わってる。

 世界の承認こそ可能だったが、肝心の術者個人による深層意識の改変が不可能だったのだ。

 これは自己暗示――マインドコントロールの失敗が原因だ。

 己の魔力を魔術へと書き換える性質上、この自己暗示が失敗するとどれほどの高位魔術であろうと発動する事はない。

 ようするに、自己暗示を施すにはやはり詠唱による意識操作がもっとも効率的という帰着に結論を見いだしたわけだ。


 魔銃『レギンレイヴ』に施された法陣もそれ単体では意味がない。ある一定の順序を踏まなければ、レギンレイヴはただの銃でしかないのだ。



 だが、その銃本来の力でも、十分に驚異だ。

 音速に匹敵する弾丸。貫通性も高く、詠唱スピードよりも圧倒的に速い。シドウの詠唱速度を補ってあまりある力だ。


 その圧倒的な威力を誇る銃ではあるのだが、騎士団での普及率はそれ程高くない。

 その理由は大きく分けると二つほどある。

 その一つが――


「この……恥知らずが!」


 アルディが憤慨する理由に直結する。

 アルディは撃たれた痛みより、騎士学院に在籍する学生が『銃』を取り出した事に怒りを露わにしていた。


「君は……君は何度私達の顔に泥を塗れば気が済むんだ! よりによって異端の力に頼るとは……君には騎士としての矜恃はないのか!?」

「……必要か?」

「なに……?」

「必要かと聞いたんだ。お前のいう下らない矜恃は本当に必要なのか?」

「あ、当たり前だ! 私達は騎士だ! この世界を守り、召喚者を倒す! その矜恃を持たずして騎士を名乗るは恥ずべきこと。異世界の武器を手にした君には言っても無駄な事だろうけど……その矜恃を無くして振るう力はただの暴力……召喚者達となにも変わらない、無差別な殺人集団へと成り下がる。だから私達には騎士たる誇りが必要なんだ!」

「関係ないな」


 アルディの熱弁をシドウはバッサリと切り捨てる。

 アーチス人が異世界由来の技術――とりわけ武器に分類される異端技術に忌避反応を示すのは、それが戦争相手である召喚者由来の武器だから――

 そして、その武器が大勢の同胞を殺したからだからだ。

 異世界の技術を研究する施設があるベルナールでもその色は色濃く、研究機関を嫌悪する住人は大勢いる。

 それでも、ベルナールの住人が研究施設を受け入れているのはその恩恵にあやかる為だ。

 生活水準を向上させる異世界技術の恩恵をどこよりも速く享受出来る町――

 その為に、ベルナールの住人は不承不承ながらもベルナールという異質な町を受け入れているのだ。

 それには騎士学院の存在もある。

 もし、研究機関が暴走しても、騎士団が――騎士を目指す若者が武力を持って鎮圧してくれる――そんな信頼感も町の治安を維持しているのだ。


 だが、その筆頭である騎士学院の生徒があろう事か異端技術に手を伸ばす――それはこの上なく、非常識で、騎士団のメンツに泥を塗る行為でもある。アルディが憤慨するのは当然のことだと言えた。

 


 シドウは再び銃口をアルディに向けると、容赦なく、引き金を引く。


 ズガン! という銃声音と共に、アルディの体が再び浮いた。


「うぐ!」

「ご託はいい。さっさとかかって来い。お前のその騎士っていうプライドはただの飾りか?」


 地面を転がるアルディにシドウは容赦なく引き金を引く。都合二度の銃声音がコロシアムに響き渡り、その度にアルディはその衝撃に吹き飛ばされる。

 一方的な蹂躙。誰の目にも明らかだが、だが、誰の目にもそう映ってはいない。


 騎士団に銃が普及しなかったもう一つの理由。

 それこそが――魔術の存在だ。


「【エンチャント】!」


 銃弾の嵐に巻き込まれ、死に体になりながらもアルディは魔術名を叫んだ。E級魔術【エンチャント】――上位魔術である【フィジカル・エンチャント】の下位魔術だ。

 能力は部分強化。それも潜在能力の枷を破壊する【フィジカル・エンチャント】とは異なり、潜在能力の限界を引き出す魔術だ。

 その為、【フィジカル・エンチャント】とは異なり、肉体的疲労は極めて少なく、持続時間も長い。なにせ、本来の力を引き出す魔術だ。肉体が既にその力に耐えうるだけのポテンシャルを秘めている。


 魔術を発動した瞬間、アルディの動きが見違えるように変わった。


 試しにシドウが撃った一発を銃声音とほぼ同時に避けたのだ。


 そのままアルディはコロシアムに転がった剣を拾い上げると、シドウに向かって突進する。

 シドウはその眉間目掛けて発砲。

 だが、その一撃すらアルディは避けてみせた。

 シドウはアルディが強化した能力を看破する。


「反射速度か!」


 思考が反応出来ない速度で撃ち出される銃弾。それを避けたのは動体視力ではなく、反射神経。アルディは反射速度を強化する事で不可視の弾丸を不可視のまま避けているのだ。

 その神懸かり的な反射速度のシドウは舌を巻く。


「そうさ! そして、君の弾丸は尽きた。君の負けだ!」


 シドウは僅かに眉を寄せた。

 レギンレイヴの弾倉は六発。アルディの言った通り、六発全ての弾丸を撃ち尽くした今、弾倉を交換しない限り、レギンレイヴはただの鉄の塊だ。


 シドウは険しい表情を浮かべ、ナイフを構える。

 アルディがシドウの間合いに踏み込んだ瞬間。

 最初の剣戟を再現するようにナイフと剣の間に火花が散った。

 ズシン――と、全身が軋みを上げる衝撃が地面まで伝わり、周囲が陥没する。

 ナイフで剣戟を受け止めたシドウの口の端から鮮血がこぼれた。衝撃で内臓のどこかを痛めたのだろう。苦しげな表情を浮かべたシドウの腕から力が抜けていく。

 アルディの膂力に押し巻けるように膝をつくシドウ。

 必死になって、腕を伸ばし、アルディの腹部にレギンレイヴの銃口を押し当てる。


「その悪あがき……実に不愉快だ!」


 その抵抗を最後の悪あがきと見て取ったのか、アルディの両腕に渾身の力が込められる。

 アルディの剣にシドウのナイフが押し負ける寸前――


 ズガン!


 という一発の――それも構造的に不可能な、まさに奇跡と呼べる一発が、勝利寸前だったアルディの体を吹き飛ばすのだった。


「悪いな……俺の銃に弾切れの概念はねえんだよ……」


 直後、満身創痍のシドウがアルディの前に立ち上がり、不敵にそう告げた。

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