第三話『魔銃レギンレイヴ』

「双方、準備はいいかい?」


 模擬戦の会場となったのは実技試験でも使われたコロシアムだった。

 円形状のリングの中央に向かい合うようにして並んだシドウとアルディは審判役を務めるリースに対し、小さく頷く。


「ああ、問題ない」

「ええ。いつでも初めてもらって構いません」


 アルディは丹念に磨かれた新品同然の直剣を肩に担ぎながら爽やかに答える。

 対するシドウは無手。剣などの装備はなく、あるのは腰のベルトに装備されたナイフだ。右腰のベルトに装備されたナイフはカザナリを出発する時に餞別代わりテイルから譲り受けた黒ケースの中に格納されていた武器の一つだ。

 シドウの嘱託騎士時代を象徴する武器の一つで、使い慣れた相棒だ。

 テイルが定期的に手入れをしていてくれたのか、年季の入った武器であるにも関わらず、その刃の切れ味は抜群だ。


 互いの戦闘準備が整ったところで、リースはリングから下りる。


「いい? もう一度確認するよ。二人の内のどちらかが戦闘不能、あるいは戦意喪失となった場合に勝敗が着くものとする。武器の使用は可。だけど、殺害は禁止。それでいいかな?」


 試合に前に取り決めされた内容をリースは復唱する。その内容に問題がないことを確認したシドウとアルディが頷いた事を確認すると、リースは声を大にして、試合開始の合図を告げた――



 ◆



「君の事は知っているぞ」


 試合開始と同時にシドウはアルディから距離を離す。

 シドウは魔術師だ。ナイフはあくまで接近された時の為の牽制にすぎない。

 矢次に詠唱を行いながらシドウは油断なくアルディを見据える。


「君は魔術詠唱の省略が出来ない。試験の時はそれが不思議でならなかったよ。魔術使いを名乗るなら初級魔術程度は省略出来る筈だからね。君が試験の時、それをしなかったのは単に実力を隠しているのだと思っていた――」


 アルディの表情が崩れる。あざ笑うようにシドウを見下した物に変わった。


「君はしないんじゃない。出来ないんだ。君の持つ能力――『分解』によってね! 短縮詠唱は魔術の高等技術だ。瞬時に魔力を魔術へと再変換する必要がある。でも君は魔力の再構築が驚くほどに下手だ。魔力の分解は神懸かり的だけど、君の異能は再構築の速度を、練度を鈍らせる。だから魔術詠唱の省略が出来ない」


 教室で、クラスの実力を把握する為に、全員がステータスプレートを開示した。

 その中には当然、シドウのステータスも含まれている。

 シドウが平凡なステータスだということも、そして、クラスで唯一の特性――つまり異能を持つ存在だということもバレている。



 異能の力は召喚者の特権だ。

 だが、どういうわけか、千年に一人――という極小の確立で異能に目覚めるアーチス人もいる。その異能――『分解』という特性を持って生まれたのがシドウという少年だ。



 今朝のステータス開示には互いの不足分を補い、連携を高める目的があった。不足分を補い合う為のパーティを先生が組む為にだ。騎士見習いとしてこの学院で過ごす以上、仲のいい友人同士で組むより、全体の質を上げるパーティ編成を学院が推奨している。だから特待生という例外以外は担当教師が各自のステータスと試験成績を吟味し、パーティを組む事になる。


 だが、中にはアルディのようにつけあがる連中もいる。周りとステータスを比較する事で優越感に浸る類いだ。

 そういった感情を助長させている連中は授業に盛り込まれた教師陣との模擬戦で挫折を味わうわけだが……


「――【エア・ショットガン】!」


 詠唱を終えたシドウが魔術を発動させる。E級魔術【エア・ショットガン】――風を圧縮した塊を散弾のように飛ばす魔術だ。

 殺傷能力は低く、護身用の魔術として多様される魔術だが、それを見取ったアルディは破顔した顔で、詠唱を唱えた。


「《風の散弾よ》――【エア、ショットガン】!」


 シドウが長々と詠唱し、完成させた魔術をアルディはたった一言で完成させ、同じ魔術を発動。

 空中でぶつかり合った同質量、同威力の魔術が相殺される。


(やっぱ、分が悪いか……?)


 実技試験の時のような集団戦闘なら詠唱内容を見抜かれる事は少ない。だが、一対一の状況なら耳を澄ますだけで――あるいは聴覚を強化するだけで口元を隠した詠唱であろうと見抜かれ、対策をとられる。


「やはり君は特待生にいるべき人間じゃない! 例え、千年に一人と言われる異能持ちだとしてもだ!」


 シドウの魔術を掻き消したアルディが地面を蹴り上げ、シドウに接近する。

 接近戦に持ち込む気だろう。

 シドウも詠唱を開始するが、発動まで時間が足りない。

 険しい表情を浮かべ、ベルトからナイフを引き抜くと、逆手に持ち替え、勢いよく振り下ろされた一撃を受け止めた。

 互いの力が拮抗し、刃のぶつかり合った場所では火花が飛び散る。


「やるじゃないか! そんな骨董品で私の一撃を防ぐとは、恐れ入ったよ!」

「……ママから買ってもらったおもちゃを自慢げに見せびらかすお坊ちゃまには負けねえよ……まだ、腕が剣に馴れてねえぞ!」


 シドウは拮抗状態から一度、刃を受け流し、体勢が崩れたアルディの直剣を弾き返す。

 アルディの体が開けた。無防備な体へとナイフを滑り込ませる。

 だが、その刹那――


 弾き飛ばされた剣の柄を手放したアルディが空いた手の平をシドウの顔面へと向けていた。

 ゾクリ――とシドウの全身が粟立つ。

 咄嗟にナイフを引き戻し、距離と放す――その直前。


「《穿て》――【ショット】」


 極限まで切り詰め、ほとんど詠唱破棄に近い魔術詠唱がアルディの口から紡がれる。

 アルディの手から放たれた衝撃がシドウの肩に直撃。

 その痛みに眉を寄せながら、シドウは衝撃の勢いに逆らうことなく後退し、呼吸を整える。

 

 F級魔術【ショット】――衝撃波を飛ばす魔術だ。威力は精々、全力で小石を投げた程度の威力だが、当たり所が悪ければ形勢が傾く。顔面に直撃していれば意識を飛ばされていたかもしれなかった。


 シドウは鈍痛の奔る肩をさすりながらアルディとの距離を一定に保つ。


(参ったな、こりゃあ……魔術の腕もアルディの方が上か……)


 驚異的な詠唱短縮。初級魔術だけだが、その存在は驚異だ。

 この試合では相手を殺す事を禁止している。

 すなわち、殺傷能力が格段に跳ね上がるD級以上の魔術は使えないということ。


 そして、アルディはF級、E級の魔術の短縮詠唱をシドウに誇示してきた。


 魔術のアドバンテージは向こうにある。

 しかも、剣の腕も相当だ。シドウの特待生入りに文句を言うだけのことはある。


(仕方ねえ……)


 シドウはある種の覚悟を決め、腕を背中――腰のベルトへと手を伸ばす。

 制服に隠れて見えなかったその場所には黒光りする金属の塊があり、シドウはそのグリップへを掴んだ。


 シドウは素早く、『それ』を引き抜くと照準をアルディへと向ける。


 シドウの手にした『それ』を見たアルディの表情が驚愕に彩られ――


 その隙を見逃さず、シドウが引き金を引く――


 ズガン!


 一発の銃声がコロシアムを、その周囲で観戦していたクラスメイトを黙らせた。

 銃口が火を噴き、認識不可能の速度で放たれた一発の銃弾がアルディの無防備な肩口へと吸い込まれ、直後、大きな弧を描いてアルディが吹き飛ばされる。


 これこそがシドウの切り札。


 二年という長き眠りから覚め、一発の咆吼と共に姿を現した回転式拳銃――魔銃『レギンレイヴ』


 数多の召喚者を闇へと葬ってきた魔銃の銃口がアルディへと向けられる――

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