第四話『ろくでなし』

「ゆ、有料ですって……?」


 震える声で雪菜が呟く。

 シドウはそれに頷くと、さも当たり前のように言った。


「そそ。有料。これ以上の情報はお金がいりまーす。オーケー?」

「お、お金って……それが、困ってる人を見て言う台詞!?」

「え? 人の足元を見るのは普通じゃね? だってだってぇ、僕、これでも超忙しいんですけどぉ? 大切な仕事放りだして、君の相手してるですけどぉ? なら、それ相応のコレ、必要になると思いません?」


 どや顔を浮かべながら、シドウは指先で輪っかを作り、雪菜に見せつける。

 受けたくもないクエストを受け、愚痴をこぼしていた男のこの態度である。

 シドウの本当の事情を知れば間違いなく激怒する事は間違いないだろう。

 だが、今の雪菜にはシドウの事情を推測する材料がないのも事実。

 シドウが本当に忙しい中、大切な仕事を放り出し、雪菜の相手をしている――となれば、批難する事は何も知らない雪菜には中々出来ないことだった。


「む……うぅ……」


 声にならないうめき声を上げ、俯く雪菜。

 ニヤニヤと笑みを浮かべたシドウ。

 その内心では――


(よっしゃああああ! 俺の勝ちじゃね? コレ? 人材確保じゃん! 奴隷ゲット!)


 やりたくもないクエストで偶然見つけた召喚者を前に心を躍らせていた。

 なにせ、相手はあの召喚者だ。

 このアーチスに召喚された人間は例外なく特殊な力を手に入れている。

 雪菜の手にした能力が何かは知らないが、使えない能力――ということはないだろう。

 それに彼女が攻撃的な性格でないとわかった今、その能力を使って実力行使でシドウがねじ伏せられる――という心配もなくなった。

 雪菜の態度を伺って、あれこれと世話を焼く必要がなくなったのだ。ここからは先はシドウの一方的なお話タイムだ。


(まあ、とって食いはしねえから、安心しな)


 召喚者の価値はしかるべき場所に連れて行けば、今回のドラゴン探しのクエストよりも高い報酬が支払われる。

 状況もわからず、ロクに力を使えない今が絶好のチャンス。金もなく借金まみれのシドウには喉から手が出そうなど欲しい存在だ。


(けど、流石にな……)


 この世界での召喚者の末路を痛いほど知っているシドウはすぐにその行動をとる事が出来ずにいた。

 代わりに思い浮かんだのが――


(まあ、俺の代わりにこの子がドラゴン探しをしてくれればそれでいいかな? 俺はここでのんびり昼寝でもしながら、待てばいいわけだし?)


 一度受けたクエストを雪菜になすりつけるという――ろくでなしな考えだった。


「お、お金なら、少しくらいは……」


 雪菜は何かに堪え忍ぶ様子で俯きながら一緒に召喚された鞄をたぐり寄せようとして、表情が固まった。


「あ、あれ……私の鞄は?」


 ようやく鞄がないことに気付いた雪菜は慌てた様子で周囲を見渡す。

 雪菜の鞄には勉強道具の他に財布や携帯などが入っていた。

 女子学生の生命線と言っても過言ではない私物が紛失しているのだ。慌てるなと言う方が無理な話だ。

 周囲をくまなく探した後、雪菜は縋るような視線をシドウに向ける。


「あ、あの……私の鞄、知らない?」

「ん。あれね、跡形もなく燃やしたよ」


 シドウは平然とそんな事を言ってのける。

 シドウの言葉を聞いた雪菜は間抜けな表情を浮かべ、固まる。

 たっぷりと間を開けて数秒後。

 肩を震わし、瞳に涙を溜めた雪菜はキッと鋭い視線をシドウに向けると、


「な、なんて事をしてるのよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 周囲に響き渡る程の怒声を鳴り響かせる。


「あ~うるせぇ……」


 シドウは耳を塞ぎ、雪菜の悲鳴を聞き流すと、面倒くさげにため息を吐く。


「ちょ、人の物を勝手に燃やしてため息とか、他に何か言うことがあるんじゃないの!?」

「え~だってなぁ、金目の物何も無かったし~ゴミだと思って~処分しましたぁ」

「あ、あなたって人は……」


 わなわなと怒りに震える雪菜を尻目にシドウはどこ吹く風の如く。

 事実、雪菜の私物を跡形もなく燃やしたのは事実だ。


 なにせ、あまりにも危険すぎる。


 証拠も一切残さず、跡形もなく燃やす必要があったのだ。

 念には念を入れ、灰は全て地中に埋めるという徹底ぶり。

 そこまでしてようやく一安心する事が出来たシドウは雪菜を抱え、このオアシスへと移動していたのだ。


「最低よ……」


 涙を目尻に溜めた瞳でシドウを睨む雪菜。

 シドウはフンと鼻を鳴らすと、どうでもよさげに呟く。


「まあ、そんな最低野郎に助けを乞うしかないわけだけど? どうする? 俺に売れるものあるの? 体以外で?」

「――ッ!」


 その言葉をシドウから聞いた直後、雪菜は顔を真っ赤に染め、体をシドウから隠すように抱き寄せる。


 助けて欲しいなら金をよこせ。ないなら体で支払え――とそう雪菜は解釈したのだろう。『体』というフレーズをどう解釈したのかのまでは判断出来ないが……

 案外、ムッツリスケベなのかもしれない。


 シドウも奴隷として雪菜を買い、クエストを肩代わりしてもらおうと考えていたのだから、その間違いを否定する事はしなかった。



 どちらにせよ、雪菜はシドウに頼るしかない。例え、その未来が奴隷だとしても。



 そう思っていたのが裏目に出た。


「……いらない」

「は――?」

「あなたの助けなんか必要ないって言ってるの!」


 雪菜は怒鳴るように言い切ると、シドウを一切見ることなく立ち上がり、草木が生い茂る森林に向けて歩き出す。

 シドウはその姿を唖然とした表情で見つめていた。


(え? な、なんで……?)


 雪菜の行動はシドウにとって予想外のものだった。

 ここまで大胆な行動に出るなんて予想もしていなかった。

 もっと内気で、弱気な女の子だと思っていたのだ。

 文句を言いながらも、最後にはシドウを頼るだろう――と心のどこかでそう結論付けていた。



 だからこそ、シドウは直ぐに雪菜の暴挙を止める事が出来ずに、結果としてその背中を見送る羽目となり、雪菜が向かう先を見て顔を青ざめさせたのだった。


「す、スライム……ッ!」


 木の幹に貼りつくゼリー状の魔物を見て、シドウが唇を微かに震わせる。

 嗅覚や目などが存在せず、ブヨブヨとした体が特徴的な魔物。

 認知されている魔物の中では一番生息数が多く、どこでも見かけるような魔物だ。

 攻撃手段も特になく、自分から襲うような事は滅多にしない魔物。

 近寄らない限りは無害に等しい魔物に向かう雪菜を見た瞬間、シドウの全身から汗が噴出する。

 焦燥感が身を焦がし、シドウの中で慌ただしい警鐘が鳴り響く。

 呆気にとられたシドウを置き去りに、雪菜が鬱陶しがるように目の前のスライムを避けようとした瞬間――



「馬鹿野郎おおおおおお!」


 シドウは雄叫びを上げながら、地面を力強く蹴っていた――

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