第二話 『異世界召喚』


「あ~生きてるよ、俺……」


 クレーターの中心で大の字になって寝転がるシドウ。

 墜落した時の衝撃が骨の髄まで響き渡り、全身に痛みが走る。

 けど、生きている。


「まじで、奇跡だ……」


 生き残った実感が湧かず、何度も頬を抓る。

 生き残れるはずがなかった。


 シドウが使用した魔術――重力制御魔術【グラビトン・リリーフ】は間に合わなかったのだ。

 シドウが要の魔術名を口にしたのと同時に地面に激突。魔術が発動する時間はなかったはず。

 だが、発動しないはずの魔術は何故か発動し、全ての衝撃を殺しきる事は出来なかったが、それでもシドウと銀髪の少女、両方の命を救ってくれた。



 痛みを押し殺して起き上がるシドウ。

 周囲の光景は凄惨たるものだった。

 緑生い茂る雄大な草原は跡形もなく吹き飛び、花に群がっていた蝶などの可愛らしい昆虫は衝突の際に巻き起こった風圧で吹き飛ばされ、一匹の例外もなく骸となって地面に打ち捨てられている。

 墜落の衝撃はクレーターを穿つだけでなく、大地の形そのものを変えてしまったようで、地震や地割れによって隆起した大地の山が目に飛び込んでくる。

 加えて巻き上がった土砂は晴天だった空を覆い隠し、曇天のように薄暗くしていた。


「……うそん」


 もはや完全に別世界だった。

 

 天変地異すら引き越した墜落事故。

 その一翼を担った人間――シドウ。


 ただ今の借金、一千万ユール。


 もし、事の発端がバレ、その責任を追及されでもしたなら――

 シドウはもうこの世にはいないだろう……

 その光景を思い浮かべ、身震いするシドウ。


 変わり果てた惨劇を目にし、瞬時に状況を把握したシドウの行動は素早かった。


「おし。逃げるか!」


 痛む体を押して起き上がったシドウは服についた砂埃を適当に払い落としていく。

 周囲に散らばった荷物を拾い、逃げる準備が整ったところで、シドウはチラリとクレーターの中心を見下ろした。


「う……っ」


 クレーターの中心で、銀髪の少女がうめき声を上げていた。

 墜落の衝撃で意識を失ったのか、青白い顔を浮かべ悪夢にうなされていた。


(さて、どうしたもんか……)


 シドウは少女の扱いに頭を悩ませる。

 身元不明の少女。空から降ってきた謎の少女。

 どう考えても面倒ごとの種だ。

 その最たる例が、彼女が身につけている衣服だろう。


 膝丈ほどしかない紺色のプリーツスカートに同色のベスト。半袖のブラウスに可愛らしい赤いリボンを巻いていた。

 やや軽装ではあるが、少女の身なりは整っており、どこかの貴族令嬢の印象を抱かせる。


 彼女の衣服を見たシドウは、一瞬でしかめっ面をつくった。


「マジかよ……」


 シドウは額に手を当て、重いため息を吐く。

 彼女が身に付けている衣服に見覚えがあったのだ。


記憶の中にある服と異なる点は多々あるが、恐らく同系統の衣服だろう。

 そして、こんな服を着ている連中は限られている。

 

 ゴクリと生唾を呑み込むシドウ。

 恐る恐る少女に近づき、彼女の意識が戻っていない事を確認すると、恐らくは少女の私物である――革製の鞄に手を伸ばした。

 鞄を開け、ガサガサと中身を荒らすシドウ。

 その表情は真剣そのもので、息を殺し、彼女が起きないように細心の注意を払いながら手を動かす。


「悪く思うなよ……」


 意味深な事を呟きながら、シドウが取り出した物は――


彼女の財布だった。


「さて、何か金目の物は……っと」


 ピンク色の財布を開け、中身を確認するシドウ。財布の中を拝見した瞬間、小さく舌打ち。


「チッ……しけてんな」


 硬貨はなく、紙幣が数枚程度。カードも一切ない。ユールで換算すれば三千ユールほどだろうか? それが彼女の財布の中にあったお金だった。


 興味を無くしたシドウは財布を放り投げ、ひと思いに鞄の中身をぶちまける。

 ドサドサと落ちる分厚い本の数々。

 見たところ、そのどれもが勉学の為の本だということがわかる。

 それらをパラパラとめくりながら、シドウは少女の情報を探していくが、めぼしい物は何も無かった。


(とりあえず、ヤバそうな物は無し……か?)


 鞄の中身は財布に教材に、弁当箱――後は、四角い金属端末――携帯くらいだ。

 一番ヤバそうなのはこの携帯くらいだが、墜落した時の衝撃で、破損し、使い物にならなくなっている。

 シドウは一通り見聞を終えると、盛大に肩を竦める。悪い予感が的中してしまったことに自身の運の悪さを呪いたくなったのだ。


(くそ……やっぱ、このガキ……)


 シドウは彼女の正体を突き止めるが、否定するように頭を振った。

 まだ、決定的な証拠は見つかっていない。

 それに、これが彼女の持ち物だと決まったわけではないのだ。


(……だって、コイツ、銀髪じゃん)


 シドウの知る連中は、シドウのように黒髪、黒目の連中が多い。もちろん、例外はある。

 だが、髪や瞳の色がシドウの知る色とは異なる以上、服の見た目だけで判断するのは早計だろう。


(だとすれば……)


 シドウはゆっくりと少女に近づき、彼女の脇で片膝をつくとゆっくりとベストに手を伸ばした。


(もしあるとすれば、後はポケットくらいか……?)


 シドウの手は少女のベストに触れる。

 そのままゆっくりと慎ましやかな胸に手を置いた。

 微かに芯のある柔らかい感触がシドウの手に伝わる。


「……胸、ないのに柔らかいもんだな」


 本人が聞けば鉄拳制裁が飛んできそうな感想を漏らしながら、シドウは彼女の胸ポケットの中に指を滑り混ませる。

 彼女の胸の感触を脳裏に刻み込みながら、必要以上に手を動かす変態。


 指先が目的の物に触れた瞬間、「うげっ」と苦い表情を浮かべる。シドウはゆっくりと胸ポケットから手を引っこ抜いた。

 シドウの手に握られていたのは、一冊の薄い手帳だ。

 緑色の表紙には現像された写真が貼られていた。

 それを見たシドウは一瞬、目を見開く。

 その写真に映し出された少女と目の前で気を失っている少女を結びつける事がすぐに出来なかったからだ。

 だが、注意して見て見れば、雰囲気がどことなく似通っているような気がする。

 そして、その写真の下には彼女の名前も記されていた。



 小日向こひなた雪菜ゆきな



 シドウは食い入るようにその名前と、気絶した少女を見比べる。


 その数秒後。


 ようやく諦めがついたシドウはポツリと漏らすのだった。


「やっぱ、召喚者じゃねえか……」


 どこか疲労感が見え隠れする呟き。

 間違いなく厄介ごとに片足を突っ込んだ事を自覚するシドウであった――

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