5 HATY《ハティ》(【訳】心 【語】インド・インドネシア)

「もぉ~、設楽くんたら、本当に最低よねぇ~。死ねばいいのに。大学の女子の間で何て言われているか知ってる? 女性経験が豊富だと思い込んでる童貞だって」


 さすが土建屋の娘。穏やかに見せて言っていることは気性が荒い。


 ハツリさんの温かい反撃が効果覿面てきめんだったのか、設楽は力なく愛想笑いをしてそれ以上、話を広げようとはしなかった。


 何だか、議題が進む気配がしない……話題を変えないと。


「みんな、振り出しに戻ってHATY《ハティ》にもっと小説をラーニングしよう。

豊富な語彙や言葉の組合せで独自のアルゴリズムが生まれるはずだ」


 感情を取り入れた思考型プログラム・HATY。

 

 僕達AI研究部で開発し、プログラムを構築して作られたお手製人工知能だ。

 インドネシアの言葉で“心”を意味する彼は、その名の通り感情が表現できるAI。

 

 人間の問いに対し思考を回らせモニター上に文字を写し、インターネットを通じてスマートホンやタブレットでの会話も可能だ。


 小説をトレースする為にまず書籍の中身を一枚一枚、棒状のハンドスキャナーを使い紙を上から下へ掃除機をかけるようにスライドし、文章が書かれたページをまるまるスキャニングする。


 枚数が多いのでスキャニングは部員全員で机を囲み手分けして行う。

 一冊400~500ページもの分量を一枚ずつスキャニングするのはあまりにも単調で飽きが来る。


 単調な作業が続き部員は喋らずにはいられない。

 最初に沈黙を破ったのはハツリさんだった。


「このページ数をスキャンしてもHATYちゃんは上手に小説が書けないんだから、開発者の苦労、AI知らずね」


「技術の発展は地道な作業の積み重ねだから。この作業が終わってAIがスキャンした文章を元にアルゴリズム……」


 ハツリさんが顔を曇らせたので説明を噛み砕く。


「アルゴリズムは簡単に言うと計算方式とか作業工程かな。AIが文章の作業工程を覚えても小説を書けるか解らないけどね」


「でも、スキャンした文章を真似するだけでしょ? AIに小説を書かせるのって、そんなに難しいの?」


「そうだなぁ~、ハツリさんが小説を作るとしたら『彼の目力は凄かった』か『彼の眼力は凄かった』どっちの言葉を選ぶ?」


 彼女は少し悩んでから答えた。


「どっちでもいいようなぁ」


「でしょ、どっちを選んでも正解だと思わない? でも使える言葉は一つ。AIからしたら非常に困るんだよ。

1+1の答えを△と□とした場合、AIは一つの答えしか出せないのに正解が二つだと矛盾が起きて選ぶことが出来なくなる。

最悪、簡単な問題を永遠に演算して答えが出ないまま機能停止してしまうんだ」

 

「でも、HATYちゃんはパソコンとかスマホだと会話できるよ? 文章を書くより難しいんじゃない?」


 その疑問にモンちゃんが答える。


「HATYは自分で考えて会話してる訳じゃないんだ。人間の言葉に対して予め決められた複数の回答をランダムで出しているだけだから恋愛シュミレーションゲームと原理は変わらないんだ」


 ギャルゲーに心酔するモンちゃんの解説は的を得ている。


 僕は仕切り直す。


「とりあえず、今はディープラーニングから始めよう」

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