6 深層学習《ディープラーニング》
ハツリさんが質問する。
「AIって、難しい用語ばっかりねぇ。ハル、ディープラーニングって何?」
「ん~、人間の思考を真似た、機械学習の一つなんだけど。
例えば、ボールペンとシャープペンシルをAIに区別させる時、従来の方法だとボールペンとシャーペンの特徴と特性を記憶させて違いを判断させるんだけど、AIは細かな質量の違いや材質まで判断しようとするんだ。
それだと延々とペンについて考え込んで答えがでないまま最悪、動作不良を起こすんだ」
「スランプみたいな感じね」
「精密さを要求されるAIの盲点だね。
なので、あらかじめ一つ一つの物事。
ボールペンとシャーペンの情報を、それぞれ特徴や使い方、応用に至るまで、ひたすら覚えさせてから区別させるんだよ」
「ふーん。AIも最初から何でも知ってる訳じゃないんだ」
「人間が最初から物事を教えておくっていうのもあるけど、あくまでもAIの目的は新しいことを自分で覚えて人間と同じように考えられるアルゴリズムを構築すること何だよ」
前途で説明したように今回の場合、小説をディープラーニングしている。
AIであるHATYは、スキャニングした小説の内容を細かく分析。
文字、言葉の意味、主語述語、文字の配列、一つの言葉の次に続く文字のパターン、文体をテンプレート化し作家達の癖を学ぶ。
そして文豪の書籍をトレースし終わったら、AI自身が考えを巡らせ、独自の答えが出るまで試行錯誤する。
――――テストプログラム実行――――
#include <stdio.h>
「――――我が輩はヒロミチで或る。まだ名前は無い――――」
return 0;
}
画面の文面を見て、リアクションに困ったハツリさんは質問する。
「ねぇ、ハル。名前、言ってるけど?」
「ん~、文章をそのままテンプレート化して、人物名を当てただけになったかぁ」
次は世界の作家たちの文脈もトレースしてみる。
#include <stdio.h>
「あぁ、ヒロミチ――――どうしてあなたはヒロミチなの?」
「おぉ、セイコ――――解説すると東京に住んでいた父方の祖父の名前がヒロミチで両親のヒロシとヒロミが東京の産婦人科で生を受けた私の名前を決める時、双方の両親の間で――――」
return 0;
}
設楽が面倒臭そうな顔で、モンちゃんに言う。
「おい、何だよこれ? 説明しすぎの上に細かすぎる」
「AIは質疑応答しただけだから当然の結果だね。しかも曖昧な質問に対して、出来る限りの回答を引き出したみたいだ」
その後も同じくスキャニングとディープラーニング、プログラムの実行をくりかえすが、目覚ましい成果はなかった。
困ったことに、出だしから行き詰まってしまった。
とりあえず、トレースを中断して練り直す。
僕達はパソコンのモニターから離れ、机の通路に椅子を起き、円陣を作る。
ハツリさんはAI研究部に入部したばかりで研究の概要がまだ掴めていない為か、基礎的な疑問を、よく持ち掛ける。
「ハル、気になってたんだけど。何で名前がカタカナ表記なの?」
「漢字の名前を当てるとAIがいちいち解説をするんだ。『聖子、聖らかな子供』みたいに、そうだなぁ……」
僕はハツリさんが理解しやすいように、机に置いてあるルーズリーフのノートを開き、胸ポケットから取り出したボールペンで漢字を書く。
「〈利子〉って漢字は名前のトシコとも読めるし、金利のリシとも読める。
人間は文字の前後に付く文章や全体的な文体で、名前か用語かを判断するけど、AIは〈利子〉と言う文字だけで読み取る。
文章全体を読み取らせて判断させるにも、文字の乱立が情報を混乱させるから、AIは演算処理が追いつかずフリーズしてしまうこともあるんだ。
シンボル・グラウンディング問題って言う課題の一つだよ」
ノートの中心に大き<利子>書かれ、左の余白には<トシコ>、右の余白には
<リシ>と書いて、ハツリさんに見せる。
ハツリさんは理解してくれたようで、感心しながら頷く。
僕は解説を続ける。
「元々、専門的な言葉を説明するようプログラムしたら、名前も専門用語と解釈してて、漢字が見分けられなくなってしまったんだ。
漢字は一般的な文章で出る文字で、専門用語自体も独特の漢字の並びだから、HATYは日本名が名前なのか専門用語なのか区別出来ず誤認するんだ。
ゆくゆくは漢字で表記できるようにしたいけど、今は数字と同じように、記号として名前をカタカナ表記するのが妥当だね」
伸びきった前髪から、ぎょろ目を覗かせ、モンちゃんが唸るように言う。
「やっぱり、文学は抽象的な表現が出る上に、一つのワードに対する情報処理が多すぎるんだよ」
「そうだね。でも、漢字の区別はAIが独自で学習する上で、必要になる能力だ」
結局、目覚ましい進展が無いまま、この日の活動は終了した。
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