7 屈辱のセールス・トーク

 ミーティングの解散後、モンちゃんは、いつのまにか窓際に移動している。

 熱心に見つめていて声がかけづらいので、僕は背後からゆっくり近付き、目線の先を追う。


 窓の向こう、隣の棟には茶道部の部室がある。

 部員は綺麗な花々を、取りそろえたかのような女子ばかり、確かに男なら目を引かれる光景だ。


 女子部員のお茶立ての順番が代わると、モンちゃんに反応が出る。

 ロングヘアーの部員が、正座する前にスカートのしわを伸ばして静かに座り、お茶を立てる。

 真横から眺めるその姿は、か細い体型だが一輪の花のように背筋を伸ばし、高い鼻と細く整った顎が凛々しく、目はやや細目だが古き良き大和撫子を思わせる。

 川のせせらぎが聞こえて来そうな、可憐な立ち振る舞いにモンちゃんは終始、見とれていた。


 彼の熱い眼差しを見れば察しがつく。


 なるほど……モンちゃんは――――。


「あの大和やまとビッチが好きなんだろ?」


 割り込んだ設楽に、モンちゃんだけではなく、僕も驚く。

 設楽はモンちゃんをなじる。


「悪くない女だと思うぜ? 点数を付けるなら……75、――――3点かな?」


 モンちゃんが食い下がる。


「最後の0.3は何だよ!?」


「まぁ、微妙ってことだな」


 モンちゃんは、前髪から設楽を睨む。

 設楽は不適な笑みを浮かべて、モンちゃんに言う。


「チェリーボーイのモンちゃんは、茶道部のビッチをオカズに、毎晩、自分のチェリービーンズから、ゼリーボーイを出してんだろ?」


 モンちゃんは脹れっ面で、部室のドアへ歩き、部屋を出た。 


 この男は、しょうもないこと言って、相手の神経を逆撫でする。


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 大学の寮は個室になっている。


 世相の現れか、一人っ子が増え、他人との関わりを敬遠しプライバシーを尊重する、学生のニーズに合わせてのことだ。

 

 僕にとって、これまでのAI研究を集中して、まとめることが出来る良い空間だ。


 本棚には最近のAI研究に関する書籍や哲学書、SF作品や文学と幅が広い。

 SF作品は「我はロボット」「銀河帝国の滅亡」「二〇〇一年、宇宙への旅」など、古典から最近のマニア向けSFまで取りそろえている。

 文学は「人間失格」や「銀河鉄道の夜」など、文豪たちによる著名な作品が並び、海外の作家は「宝島」に加え、ミステリーの王道がタイトルを列ねる。


 僕は真っ白な机に置かれた、ノートパソコンから目を離し、椅子の背もたれに寄りかかり、宙を仰ぐ。

 

 生きた文章。生々しさかぁ……。

 

 なんでもいいから、研究を推し進めるきっかけが欲しかった。

 それこそ、わらにもすがる思いと言うやつだ。

 頬杖を付きながら、空っぽの思考で、ネットの検索欄にワードを入力する。


 何かないかなぁ……〈小説〉〈文章〉〈生々しい〉。


 すると、今のワードに引っ掛かる検索結果を見つけた。


〈やっぱり奥様はナマが好き 屈辱のセールス・トーク〉


 なんだこれ? 官能小説じゃないか。


 検索エンジン同様に、ナマだけに反応した学生は、そのタイトルに興味を持ち、いつの間にか文章に目を通していた。


 内容は主人公のごくごく普通の主婦で、夫と一人っ子の息子がいる家庭だ。

 働き者の夫と、真っ直ぐ育つ息子に幸せな日々を過ごしていた。

 一つ、不満があるとすれば、夜の営み。

 夫は仕事で疲れ、ベッドを共にする時間は、以前より減った。

 たまにその日が来ても、淡白に済ませて終わるぐらいだ。


 そんな、満たされない日々が続いた、ある日――――。

 一人のセールスマンがやって来た。

 さほど顔がいいわけではないが、セールスマンの巧みトークに魅了され、いつしか日々の不満を、彼に話すようになった彼女は、心を許してしまう。

 一際、引き付けられた場面がある。


 それは――――――――。


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