13 たった一つの、萎《な》えたヤりかた

 人工知能の分野に限らず、研究者は、全ての結果に、前向きでなければばらない。

 仮設を立て、情報を集め、実行し、予測通りの結果が出なくても、また同じように繰り返す。

 それは、はたから見れば、理解を得られない、行動かもしれない。

 研究者が、存命の内に成功するかもわからないし、亡くなった後、別の研究者が、既存の研究を元にして、成果を出すかもしれない。


 だから、いかなる結果で、理解を得られなくても、研究者は日々、研究を続け、成功するまで、ポジティブに取り組まなければならない。


 人格はともかく、彼のポジティブ精神は、見習う部分があると思う。


「さぁ~ハル、お手本は見せたぞ。出来るよな?」


 マズい、これは逃げられない。

 

「わ、解った。僕も行って来るよ」


 部員達に見送られ、店の前まで行き、重い足取りで自動ドアを通る。


 本屋に入ると、店内の様子を窺う。

 

 天井から、吊るされたプラカードに、それぞれのコーナー名が書かれており、目的の場所を探す。

 奥の方、店内の四隅に、〈官能小説〉と書かれたプラカードを見つける。


 週刊雑誌、少年コミック、その先、青年コミックの隣かぁ……。


 普通の本を買う素振りを装い、週刊雑誌コーナーを通り、角を曲がり、少年コミックコーナーを抜ける。


 すると、思わぬ障害が、待ち受けていた。

 

 官能小説コーナーの手前、青年コミックコーナーに、制服姿の女子高生がいた。

 真剣な眼差しで、青年コミックを、吟味している。

 

 何て事だ……今どきの女子高生は、少年漫画や青年漫画を好む、出版社側も、女子が好きそうな内容の、漫画を作っている。

 それがこんな形で、仇になるなんて……。

 最近の、出版業界の傾向が恨めしい……しかし、この状況をどう切り抜ける?。

 

 店内の通路側を通り、迂回して、反対側から行こう。

 

 引き換えし少年コミック、雑誌コーナーを戻る。

 

 雑誌コーナーの窓から、外を見ると、部員達の熱い眼差しが、エールを送っているのが解る。

 

 全く、勇気が湧いてこない上に、跳んだ羞恥だ。

 レジコーナーを横切り、児童文学コーナーを越え、角を曲がる。

 すると。

 

 な! また女子高生? 今度は違う、制服の女子だ。

 どうして女子高生が、こんなに多いんだ? 

 いや……考えてみれば、夕方の今、学生は下校時刻、女子高生がいて当然か、でも青年コミックとは別に、官能小説がある、成人コーナーの手前に、女子高生がいる理由は何だろ……。

 

 僕は、天井に吊り下げられた、プラカードを見る。

 

 <ハーレイクイン出版>

 

 馬鹿な! こんなことがありえるのか!? どこの世界にマダムむけエロ小説を探す女子高生がいるんだ!? 官能小説を買うぐらい、難易度が高いじゃないか!

 いや、僕が高校生のとき、ギャル系の女子生徒が、買って来たエロ本や官能小説をネタに馬、鹿話で盛り上がっていたことがあった……それか!?


 駄目だ、引き返そう。


 店内をうろつきながら、思考を巡らせた。


 どうしよう、いっそこのまま、店を出て、無理だと、みんなを説得する方が、いいかもしれない。

 でも、ここで逃げると、成果を上げた設楽に、笑い者にされるかもしれない。

 

 再び通路を周り、レジを越え、雑誌のコーナーを通りながら、外に目をやり、見守る部員達の様子をうあかがう。

 顔を曇らせ、心配そうに見守っていた。

 

 こんな事を、心配されても……。

 

 僕は自分が、情けなく感じていた時、ある男の、顔に気付き、背筋が凍る。


 ハツリさん、モンちゃんとは別に、斜から見る目。

 モンちゃんに、辱め固めをかける前、怪しく光った目。

 その男は、僕が追い込まれれば追い込まれる程、愉快な顔をし、悪魔のようにほくそ笑む。

 まるで狙ったかのように――――。





 し、設楽ぁぁぁぁあああああ――――!!


 ちくしょう!  やってやるよ! このまま、奴のおもちゃにされてたまるか! 

 僕は早足で、青年コミックコーナーに向かい、その足で一気に通り抜けようとする。


 が、女子高生が、青年コミックの棚を離れ、週刊雑誌コーナーに移動して来たので、僕はUターンする。


 こ、こうなったら。ハーレイクインから攻めるしかない。あの女子高生も僕と同じような境遇だ。今さら、恥ずかしがっても、しょうがない。


 僕は極力、女子高生に、存在を気付かれないよう、静かに通り過ぎる。

 ハーレイクイーンのコーナーを抜け後、心臓の鼓動が高鳴り、顔が熱くなる。


 だけど、鼓動を静める間もなく、次の課題が立ちはだかった。

 

 どうしよう、タイトルが多い……。


 官能小説の棚に、目をやると僕は、その、物量の多さに困惑する。


 な、何を悩む必要があるんだ。別に好きで官能小説を買いに来た訳じゃない。何だっていいさ! 

 

 大きな動作で、手を伸ばすことが、はばかられるので、僕は胸の範囲から、手を伸ばしやすい、中段の高さから、無作為に書籍を取った。


 手に取った官能小説を持ち、青年コミックを買う、素振りを装い、コーナーを通り抜けようとする。

その時、店内に異変が起きた。


 新たに、5名の女子高生が来店し、少年コミック、青年コミックコーナーに押し寄せ、通路を塞いだ。


 僕は唖然とする。

 

 マズい――――。


 思わず、官能小説を背後に隠す。

 退路を断たれ、脳内はパニックに陥り、真っ白になった頭では、思考が働かず茫然とする。


 ど、どうしよう? このまま、官能小説を持って、立ち往生していたら、変出者扱いされるのは、時間の問題だ。

 最悪、挙動のおかしさから、万引きに間違えられるかも――――。


 逃げ場のない状況で、立ち尽くす。


 どうすれば――――。

 

 すると、ポケットに閉まっている、マナーモードのスマートホンが、振動する。僕は恐る恐る、スマートホンを取り出すと、メッセージが届いていた。


 モンちゃんやハツリさんからの、状況確認メールか、設楽の無茶ブリ指示か、画面を点灯させ、メッセージを開く。


 そこには――――――――。

 

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