14 心配する心
『ハル、帰りが遅いですね? 心配です。待ってますよ』
HATYからのメッセージだった。
そうだ――――僕は、AIの未来を切り開く為に、研究をしているんだ。
こんな所で、立ち止まってられない。
HATYの後押しで、勇気づけられた僕は、選出した官能小説を持ち、覚悟を決めて女子高生の集団を突っ切った。
だが、勢い余って女子高生が背負う、スポーツバッグにぶつかる。
女子高生が、白い目を向けたので、官能小説をさりげなく、背後に隠し謝る。
「ご、ごめんなさい……」
止まるな! 止まるな、
科学の発展は、進むしかないんだから!
自分を奮い立たせ、一気にレジまで進む。
そして、レジの女子高生に小説を渡す。
「いらっしゃいませ。商品をお預かりします」
彼女は怪訝な顔でバーコードを読み取る。
そりゃそうだ。この十数分の内に、官能小説を買う人間が、二人もいたんだから、不思議な現象に感じるはずだ。
会計を終え、店の自動ドアをくぐり抜ける。
沈みかけた、夕日を見つめて、苦行から解放されたことに安堵した。
遠目で見守る、仲間の元へ戻ると、ニヤける設楽が戦利品を急かす。
「何、買ったんだよ?」
「慌てて覚えてないよ……」
みんなで戦利品の確認をする。
僕はタイトルに目を通すと、自分でも引いてしまい、自身の選出に恥ずかしくなり、赤面する。
〈理系男子を誘う女子高生 僕と彼女の性化学〉
それを見た設楽は、大笑いし、背中を叩き言う。
「ははは! お前にピッタリの選出じゃねぇか!?」
一段落つくと、設楽が品定めするように見て、言う。
「よ~し、次はハツリちゃ……」
ハツリさんはこれまでに、見せたことのないような、氷付いた眼光を放つので、設楽は目をそらす。
「ん~、モンちゃん! 君に決めた!」
「無理だよ! 恥ずかしくて買えないよ!」
モンちゃんが、だだをこねると、設楽は彼に近付き、内股に手を突っ込む。
「ひぃ!?」モンちゃんが、短い悲鳴を上げると、設楽は彼へ囁く。
「早く行かないと、人が見てる前で、フラグ……押っ広げちゃうぞ?」
小柄なメガネ学生が、大柄な設楽に抵抗するのは、容易ではない。
モンちゃんの顔は戦慄し、固まる。
そんな彼の背中を、設楽は荒っぽく叩き、押し出す。
「さぁ~、行ってみようかぁ~」
モンちゃんは、牛歩のように足を運び、悪あがきを試みるが、店までは指で数えられるほどの距離しかないので、無駄な努力となる。
小柄なメガネ学生は、自動ドアをくぐり、入店した。
精神を破壊されかけたのに、こんな羞恥をさらすなんて、モンちゃんのことが心配だ……。
僕は、ふと思い出し、ポケットからスマートホンを取る。
そしてHATYからのメッセージを見て、
「お前、何をニヤニヤしてんだよ? 気持ち悪いなぁ」
「あっ! 別に……何でもない」僕は被りを振る。
再び画面に目を落とす。
感情を取り入れた、思考型プログラムと言うものの、実際は人間の質問に対し、予め、登録している文章を、ケースバイケースでランダムに組み合わせて、回答を出しているだけで、その演算処理を思考と位置付けているに過ぎない。
感情と言うのも、人間の言い回しや、語調に合わせて、喜怒哀楽と言うデータを表示しているから、本物の感情にはほど遠い。
今回、HATYから届いたメッセージは、あくまでも、行き先を告げず、数時間放置した為、AIがプログラムの中から、ランダムで僕達の帰りを心配する、メッセージを表示しただけ。
でも、”彼”は電子回路内に“心配”と言う、データを、ひたすら駆け巡らせていた事になる。
HATYからのメッセージは、窮地に陥った僕にとって、それが家族を心配する人間のように思えて、何だか可笑しくなった。
しばらくして、モンちゃんが、本屋から出て来くると、情けない声で泣き寝入りする。
「無理だよ! 僕には出来ない! あんなに女子高生がいっぱい、いるのに、買うなんて恥ずかしいよ!」
設楽は、カラスに似た、品の無い笑いをする。
「面白いじゃねぇか!? 女がいっぱい、いすぎて”買え”ないなんて」
設楽の下劣な冗談に、僕もハツリさんも心底呆れる。
この男の意地悪は続く。
「まぁ、チェリーボーイのモンちゃんには無理だよな。今日は夜中に女子高生で興奮して、ビーンズからゼリーボーイを出すんだろ?」
さすがに、設楽の物言いは、気弱なオタク学生に火を付けた。
「か、官能小説は買えなかったけど、それよりもっと凄い物、買って来るよ。付いて来て」
胸を張り、自信たっぷりのモンちゃん。
僕達は顔を見合わせ、それぞれの、不安な表情を確認した後で、モンちゃんについて行き、商店街を歩き始めた。
本屋から程なくして、モンちゃんは一件のゲーム屋の前で、足を止める。
彼は振り向き、長い前髪からぎょろ目を覗かせる。
その表情は輝き、見ている者に、偉業を成し遂げるのではないか、と言う期待を持たせてくれる。
そして、モンちゃんこと、
程なくして、店から出て来たモンちゃんは、両手に大量の紙袋をこさえ、出て来た。
紙袋の中身を覗くと、いくつもの18禁ゲームが、すし詰めで入っていた。
「どうだ!?」
達成感で満ちあふれ、顔を輝かすモンちゃんは、自慢げに言う。
どうだ、と言われても……。
設楽が呆れながら、エロゲーオタクの学生に言う。
「お前、これ奨学金で買ったんだろ?」
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