3 西暦20××年

 宇宙ステーション、自動お掃除ロボット、万能細胞……。

 時は西暦20××年――――――――つまり、現代の21世紀。

 約100年前のSF小説が現実になり始めた日本で、注目を集めている技術がある。


 ――――アーティフィシャル・インテリジェンス――――。

 AIこと人工知能だ。


 その技術は格段に進歩し、市場も急成長している。

 しかし、あまりの進歩の速さに開発する側、使う側の人間が追いついておらず、AI業界は圧倒的に人手不足だ。


 それは学生の僕にも関わりがあり、僕が在籍する、芝浦工業大学のAI研究部は部員がたったの四人。電脳人格を入れたギリギリ五人と少ない。


 AIに性別の概念は無いので形容しずらいが、僕の中では同い年の男をイメージしてプログラムしたので、『彼』と当てはめるのが適切だろう。


 東京都江東区。

 高層マンションが立ち並ぶウォーターフロントに、立ち上がった、ホッチキスの芯を思わせる建造物がある。


 芝浦工業大学、豊洲キャンパス。

 

 私立大学である芝浦工大は<社会に学び、社会に貢献する技術者の育成>を建学の精神とし、一貫して実学教育を重視している。

 4学部16学科3キャンパス体制に加えて、最新の研究設備を導入し、学生達が将来、世界で活躍するエンジニアになれるよう育成に力を注いでいる。

 3キャンパスの内、豊洲運河沿いに建設された同キャンパスは比較的新しい校舎だ。


 部室に戻ると、小柄でメガネの部員が机のパソコンから目を離し不安な面持ちで出迎えた。


 ダボついた深緑のパーカーに、膝より、やや長め、黄砂の色合いを持つカーゴパンツ。

 白いソックスの下は紐のないスニーカーと、服装にこだわりが無いように受け取れる。

 その風貌は、引きこもりに近い、ものを感じさせた。 


 少年のような面持ちの彼は、顔を覆う前髪からぎょろ目を見せる。


「お帰り、ハル。どうだった?」


「また駄目だった」


「そうか……またボツか」


「落ち込んでられないよ、時間が勿体ない。さっそく、ミーティングだ。モンちゃん」


 窓に目をやり、隅で机に置かれたノートパソコンを操作しながら、いやらしい笑みを漏らす、長身の学生に歩み寄る。


「ねぇ、設楽くん。部のパソコンで出会い系サイトやるのやめてよ。変なメールがいっぱい来るんだよ」


 設楽は長い髪を首の後ろで縛り、顎に髭を蓄え、ハリウッドセレブを気取った男だ。


 ワイン色のテーラージャケットに紺色のズボンは、白いラインが縦横に伸び、重なり合っていた。

 白いバッシュには、赤い鳥を想わせるマークが刻まれている。

 理系の学生にはしては、リア充を彷彿とさせる、洒落たファッションなのだが、気になるのは、ジャケットから覗く、白いTシャツの絵柄……


 設楽は答える。


「俺のスマホでやったら変なメールが俺の方に来るだろ?」


「理屈がおかしいよね? おかしいと感じてよ」


 ――――無視してる。この男、僕の注意を聞く気がないな……やる気あるんだか無いんだか……。


「そう言えば、ハツリさんは?」


 その後すぐ、入口が開き顔を爛漫らんまんとさせた女学生が、息を切らし入って来る。


 膝まである白地のワンピースは、淡い紫や黄色、赤色のアサガオが腰から太ももの面積に散りばめられ、長袖は広くてゆったりとした袖口。

 ワンピースの下はジーパンに黄色いミュールを履き、全体的にエスニック風なファッションだ


「ゴメンね! 課題のことで先生を質問攻めにしてら遅くなっちゃった」


 茶髪のポニーテールを揺らす彼女は、入ってくるなりモンちゃんが陣取るパソコンに歩みより、彼を押しのけ画面にかじり着く。


「HATY《ハティ》ちゃ~ん! こんにちわ~、会いたかったよ~」


 画面にHATYのメッセージが乗る。


『ハツリ こんにちわ 今日は良い天気ですね』


 彼女は窓の外に見える灰色の空を見て苦笑いをした。


「ん~、外は思いっきり曇ってるけど~」


 思考型プログラム・HATYは、インターネットから天気情報を検索し、毎回その日の天気に合わせた会話をするが、時間帯に区切られた天気までは、把握できない為、午前中が天気だった時の情報を、午後に話しいてる。

 

 でも、そんなことより、僕はハツリさんに、どうしてもこの一言が言いたい。


「ハツリさん。HATYに『ちゃん』付けするのやめてよ、AIに性別の概念は無いんだから。女の子みたいだし」


「でも、女の子みたいな名前だからHATYちゃんの方が可愛いよ~」


 設楽同様、彼女にも僕の意見が伝わらないようだ。


 設楽がハツリさんに近寄り、なれなれしく話しかけた。


「ハツリちゃん。今度、遊びに行こうよ? シーに新しいアトラクションが出来たじゃん? 昼はそこで遊んで、夜はランドのパレードを見に行こうよ」


 設楽の誘いにハツリさんは屈託のない笑顔を作り、答える。


「え~、設楽くんウザイからヤダ~。学部内で噂を聞いたよ? 顔もイマイチだけど女の子のもてなしもイマイチだって」


「ははは……きついなぁ……」


 設楽は力なく笑う。


 ハツリさんが反撃したことで、設楽の余計な話を遮り、本題に入りやすくなった。

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