第98.3話「ダンジョン防衛線6」

 黒に統一された神聖な神殿を、光の神とその配下が歩く。

 神殿に勤務する者たちは道を開け膝をつき彼らが過ぎるのを待つ。

 荘厳な神殿、それに塗り替えるように光の神はゆっくりと進む。それはまるですべてを査定するようゆっくりと。


 コンコン


「空いてるよ、いつでもどうぞ」

 神殿の最奥、巨大な扉の前に立つと光の神は軽くノックをする。すると内部より陽気な声が返ってくる。


 ゴゴゴゴゴゴゴ


「やぁ! 光の! 久しぶりだね!」

「……死の神……私が何をしにきたのかわかっていてその態度ですか?」

 死の神と呼ばれた少年は法衣を着崩し、ソファーに大の字になっている。

 へらへらと笑いながら赤い液体を杯に満たし、何かを見ている。

 その眼は決して神といえるものの、万物を管理する者の眼ではなく……狂った獣の眼であった、


「何か面白い事でもあったかな?」

 光の神があえて聞く。


「もちろん。あがなえぬ運命にあがない。そして散っていく者達。僕は彼らが愛おしくてたまらないよか~。光のもそう思わないかい?」

 死の神が指を鳴らすと死の神と光の神の間に映像が浮かび上がる。

 それは丁度権兵衛さんが5体の犠牲を払って戦線を維持しようと杯を掲げている場面だった。


「見なよ。まるで人間のようだね……。人間はいい……。寿命が短く弱いおかげで、死を身近に意識し……、死の運命に立ち向かおうとあがく……。今回の様に僕を感動させる。このオークたちは友人である人間の影響をうけたようだね。素晴らしいことだ」

 ヘラヘラと笑いながら死の神は再び指を鳴らす。

 すると映像は権兵衛さんからその光景を悔し気に、表情を歪め杯をもつアユムを映し出した。


「……死の神よ。君はいつから狂っていた?」

「光のよ。僕は狂っていない。いつも僕が権能【死】に忠実なのだよ」

 死の神の眼に狂気の色が濃くなる。


「死とは生物全てに等しくやってくる。故に生物は必死に種の命を繋ぐため、個の命を全うする。死が無ければ生物は、人類は、発展もなくただの【滅び】に向かう。だから僕は正しい死を管理する。正しい死の神なのだよ」

 死の神がそういって両手を広げた。その時映像のアユムが取り乱す。


「くくくく」

「死の神よ。手遅れのようだね。残念だ……」

「光のよ、君が地球のと手を組んで【不正】を企んでいるのは知っている。たしかに現段階では不正とは言い切れない、が黒ではない。かといって白でもない。光の、それは神の傲慢。そして僕、死の神への冒涜よ……」

 睨み合う光と死。彼らの間に映し出されている映像は慌ただしく変わっていく。


「……ばっばかな! あれを、地上の者が、……打ち破っただと!? ……そんな馬鹿な! お前らは奴らと共に死する運命! あがなうのは良い! だが!!」

「……死の神よ。可能性を低く見た君の負けだ……」

 映像では跳ね橋が降ろされ戦いへの準備に全員が奔走している。アユムは輸送班と共に現れたアームさんに乗り15階層に向かう、これからの反転攻勢計画に必要なものを調整するために。


「光の!」

「死の神よ。君が開発して、下級神を騙し、地上にまき散らしたダンジョンウィルス。それは死の運命に無かったもの達を死にいざなった……。これは死への冒涜ではないかな?」

「光が…………死を語るな! 僕こそが死! 死こそすべての終着点! 僕こそ全てを統べる神!!!!!」

 死の神の瞳が狂気に染まり切る。

 しかし、ここで死の神は気づく。指一つ動かせぬ状況に……。


「……驕ったな。死の小僧……」

 空間を揺るがし、地を這うような光の神の声に、死の神の体が震える……。


「先程からまるで【私と君が対等】の様に語る……更に……自らの権能すら制御できていない……なぁ、死の。狂った神はどうなるかわかるか?」

 震える。脳が、指先が、体が、内臓が。

 死の神は今更ながらに思い出す。


「上級神だからと同等だと……いつから勘違いをしていた?」

 圧倒的な力、圧倒的な存在。

 そう、死よりも古く。死よりも広く。この管理世界に存在する神。本来であれば死の神すら頭を下げ言葉をいただけならぬ存在。

 死の神は理性を少しだけ取り戻し、光の神を見た。

 慈悲のまなざしである。


「君は壊れているようだ」

 ビクリと震える死の神。


「だから作り直してあげよう……」

 逃げる。そんな言葉が死の神の脳裏に閃く。だが、すぐさまそれは消える。圧倒的な存在を前にさとる。これこそ自らの死であると。受け入れるべき死であると。


「安心するといい。君は10年の後、再生される。その間、君の権能は天界の管理下に置かれる……何、少しの休暇と思ってくれ……」

 光の神が言い終わると、死の神は光に包まれる……。否、死の神が光に変換されている。

 死の神は薄れゆく意識、視界の中でダンジョンの映像に注目する。


「……死の運命にあがなうものは美しい……。だが、受け入れる者もまた美しい……。……僕の死。受け入れよう……」

「安心するといい。次目覚めた時、君は……正しい死の神となっているだろう……」

「……正しいとは……不正をしている人が良く言う……」

「神が人に助言したり便利道具を与えたりするのは割とよくある事だろ?」

 光の神が微笑みながら死の神に言うと、死の神は目を丸くして笑う。


「そういえばそうだったな……」

「そうだ。君はまじめすぎたんだよ……」

「真面目……僕は……」

 死の神は最後に満足した表情をみせると、完全に光の柱となった。


「……ふぅ。こんな大物まで絡んでいたとは本当にやられたよ……でも皆……、彼らを過小評価しすぎだね……」

 変わりゆくダンジョンの映像。光の神は映像に触れ表示場所を変える。


「彼は何にあがない。何に生き。そして何に死ぬのかな?興味深いところだね」

 写し出されたの黒の鎧となった魚と対峙する黒のモンスター軍団。

 ダンジョンの混乱は最終局面を迎えていた。

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