第99.1話「魚ボッチの戦争・前編」
□ニャンダー逃走から5日目
「がう(魚……におい……消えた……)」
「あの……時より……ここ……には……ない……」
狼男が嗅覚を生かした捜索をしているが、ついにニャンダーの匂いを見失い。
記録していた匂いをたどり魚に行きつく。
それもそうだろう……ニャンダーはこの扉をくぐって戻っていったのだ……。
睨み合う2体。
やがて諦めた様に狼男は去ってゆく……。
この頃魚は思う。
黒いモンスター軍団は日に一度別々に魚の前に訪れる。
活動エネルギーである魔法力補充の為、仲間の居る所で補充行動を取るそうだ。
しかし、その行動は魚にとって見張られているようにしか感じない……。
その認識はきっと正解なのだろう……。
扉の前に鎮座し、魚はグチャグチャな思考をまとめてみることにした。
……まず魚は意識に目覚めて初めて思ったのは『何故自分だけ?』という言葉だ。
仕事に追われ、仲間はおらず、頼るべき身内もいない。
前任者は過労で倒れ、管理する領域の難しさは意識を持ってからはさらに強く思うようになった。
『何故自分だけ?』
どうして誰も助けてくれない?
どうして意識なぞ持ってしまった?
どうして?
意識を持ち階層主の仕事をこなしながら考えていた。
仕事、他の階層とは違い立体的に行動し保護色で隠れるモンスター達。狂えば自分の管理から外れ脳内でマーカーが発生する。それでも見つけ辛いのが魚の管理する階層だ。
集中力を高め最大限気力体力を使い続ける日々。
前任者は知性に目覚めていなかった……だが罠にかかってしまったのは……きっと本人の希望だったのかもしれない。そう……いつの頃から魚は考え始めていた。
このままではいけないと思い、上司であるダンジョンマスターに相談したこともある。
だが魚は口下手である。
早口で捲し上げてしまったため感情優先の論理構成に聞こえてしまい。
ダンジョンマスターに理解されなかった結論として『お前より強力なモンスター達を管理する下層の者どもを優先してダンジョン作物を回している。貴様は幸い35階層が近いのだ。そちらと協力せよ』と自助努力を押し付けられる。
しかし35階層にも余裕などない。
階層主は他ダンジョンとの交流会という名の放棄されたダンジョン制圧に派遣され、管理から討伐業務までのすべてを3体のナイトドラゴンがこなしている。一か八かで魚が話しかけるも、おどおどした話し方で3体を苛立たさせ『大変なのは理解しました。しかし、こちらもお手伝い可能なほど余力はございません。お母様よりいただける作物でご自身も部下を育成されてはいかがですか?』と切って捨てられる。
魚は愕然とした。35階層はダンジョン作物を支給されている……。いや、これは10階層との交易で加工品と作物を得ているだけなのだが……。だから魚は交易をしていることを失念していた。覚えていたら交易に自らの階層の物産も参画させてもらうという発想が浮かぶのだが……その発想にはいきつかなった。
魚は自身が生みの親であるダンジョンマスターから見捨てられた存在なのだと誤認し……全てがどうでもよくなった。
そんな時に超級モンスター騒動である。
魚は騒動の際にアユムたちを見た。
噂でだけ知っていた。奇跡の作物を作る人間である。
魚はアユムに一縷の望み託すことにした。
超級モンスター騒動で37~40階層の狂っていないモンスター達を皆殺しされた。
騒動後、この被害は潜入した超級モンスターがダンジョン管理機能への介入の糸口とされたための被害と認識された。魚は生き残り最後まだ戦った功績をたたえられた。
しかし、これは魚の独断である。管理モンスターを異物である超級モンスターへ抵抗させた。
超級モンスターは焦った。想わぬ総攻撃。これによってダンジョンへの侵攻速度を遅らせダンジョンマスターを取り逃がしてしまう。だが、結果としてこれが超級モンスターによるダンジョンへの介入震度を深くし、他の階層に超級モンスターへの抵抗指示を行えなかった。
結果として超級モンスター騒動時超級モンスターに効果的に抵抗できたのは魚とその上層の階層主たちのみ。他の階層主はダンジョンマスターの反抗指示を待ち、戦力を保持するため超級モンスターに抵抗し、やがて各個撃破されていく未来が見ていた。
だから魚が独断で行った抵抗はダンジョンにとって正しい事とされた。
だが違う。
魚はこれ幸いにと突撃させただけである。
自分にとって厄介者である管理下のモンスター達を強者に突っ込ませた。
それが結果どうなろうと知ったことではなかった。
事件解決後優れた管理補助である神樹の息子がやってきた。
魚は自分の愚行がバレてしまうのではないかと冷や汗を流した。
しかし神樹の息子もなぜか最も被害を受けた37~40階層を評価し、その上一度停止エリアとし階層の復興を後回しにした。事実上魚を讃えて休みを与えることになった。
……これを魚は好機だと思った。
この機に超級モンスター選で見たアユムに頼ろうと、なりふり構わず行動を起こす。
その時地球の神がダンジョンマスターと供に現れる。
彼らは言う。関係者とはいえただの人間、それも異世界人を助ける為に一肌脱げと……。
魚の中に何かが蠢いた。
自分の時は助けてくれなかった……。あれほど……もがき、苦しんだのに……。
なのに人間、それも異世界の。そんなもの相手に何故自分が動かねばならないのか?
権力?
魚の造物主を有利にする事象であれば諸手を挙げて行動すべきだろう……。
だが、地球の神と談笑する造物主ことダンジョンマスターを見ていると魚の奥底から何かが湧き上がる。腹の底からは逆流するそれは気持ち悪い何かが燃え上る様にこみあげてくる。
……そんな時魚に手を差し伸べてくれたのは侍従神だった。
神は魚を見て『可哀そうに』といった。
魚は泣いた。
理解者がいる。それだけでなんと心強い事か……。
気づいたら魚は侍従神にすべてをささげる覚悟を決めていた。
□ニャンダー逃走から6日目
「お風呂入りたい……」
「サクッと見つけたいがどこかの誰かが協力してくれん……」
モルフォス達は携帯食料をかじり悪態をつく。
あの固形の携帯食料ならばこのエリアに無数に配置されている。
モルフォス達もこのエリアでの戦力と数えられているための措置である。
「なぁ、本当に……」
睨み合うモルフォス達と魚……。
やがて諦めたようにモルフォスはため息をつき魚に背を向ける。
「今日のところは信じよう……今日の所は……」
その台詞の魚は覚悟を決める。
明日、彼らと仲間と決戦になる。
魚と黒のモンスター軍団の出会いは神から都合されたダンジョン作物(ダンジョンウィルス試薬入り)だった。
丁度魚が業務改善相談の為15階層に足繁く通っていたころである。
階層の途中で見かける中途半端に意識に目覚めたモンスター達、放置しておけば通常のモンスターに戻る彼らに魚は同情した。その姿は中途半端な扱いのまま放置された自分の様だと。
だからダンジョン作物(ダンジョンウィルス試薬入り)を配り、意識を発現させる段階に至った。
魚は「自分は嫌われていたのかもしれない……」と零す。
口を開けば何を言っていいのかわからず、憎まれ口から何から喋ってしまう。仕事に真面目な魚がこれまでできなったコミュニケーションに手を出せばうまくいかないのも当たり前だろう。
でも魚は彼らが、黒のモンスター軍団が大事だった。
初めてできた隣人、知人、いや友人である。
失うのが怖かった。だから憎まれ口を聞く。
神から頂戴するダンジョン作物(ダンジョンウィルス試薬入り)を配らなければまた【あの状態】に戻ってしまう彼ら。
魚は懸命に頑張った。
だが頑張った結果がこれである。
頑張らず放置していた方が彼らの為になった。
いや、魚が失敗したから。
魚がメイちゃん(大志)をうまく誘導できなかったから。
計画の失敗に神は怒り、そして大事なものを取り上げた。
魚は罪悪感にさいなまれながらもようやく結論に至った。
□ニャンダー逃走から7日目
「皆、わるかった……終いにしよう……」
ランスと盾を手に立ち上がる魚。
臨戦態勢で並ぶ黒のモンスター軍団、そしてモルフォス達。
魚の戦闘が、始まろうとしていた……。
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