第91.8話「着ぐるみファイト:後編」

「さぁ! 全力できて! 私は強いよ、お兄ちゃん!」

「……兄の強さを見せてあげるよ……」

 睨み合う世界的熊のキャラクター(舞)と貧相な熊の着ぐるみ(悟)。

 勝負の行くへは明白かと思われたがオッズ・会場の期待感ともに五分である。悟がこれまで見せつけた活躍とメイちゃん(大志)がそれに続いていることからである。

 両者ともに着ぐるみに欠点があった。悟は明確に安物である。メイちゃん(大志)は特長の少ないありきたりな猫のキャラクターであり、こう言っては何だが平凡である。

 どちらもグループリーグで消えると思われていた。それが圧倒的不利なオッズからの圧倒的な勝利を起こす。そんなセンセーショナルな事件は天界のニュースに載った。粛々と業務をこなしてきた神々は近年台頭してきた人類の影響でエンターティメントやサプライズに飢えていた。己が担当する権能を管理し人知れず危うい芽を摘む。言葉にすれば簡単であるが、やりすぎすると世界を壊し、干渉しなければこれもまた世界を壊す。神々は数千の世界を壊し、少しづつ管理方法を学習して行った。そして昨今、ほんの少しの時間、楽しみに咲くことができるようになった。

 そんな神々が初めに行ったのはモンスターや神々にとって都合の悪いもの、つまりは災厄を退治する英雄・勇者への干渉である。

 時を同じく聖剣が良さ可能となった為、神々は空いた時間と世界の調整力を使って人間に干渉した。もっとも干渉しづらいと言われた地球にも大なり小なり干渉を行い、その結果地球から異世界へ転移と言う名の落とし穴が時たま発生するようになってしまった。

 これは如何と議論を始めたのは神々の最高会議である。その結果、神々の余力、エンタメへの興味を自己で満足させようと様々な取り組みがなされてた。

 当初は神々が参加するイベントであったが、次々と業務を放棄する神が出た為、すぐさま禁止となった。

 では次にと地上の人間を召喚した。

 各世界の英雄達が繰りなすバトルは一時人気を博した。だが、やがて飽きられた。同じことを続けてはそうなる。ここで神々はようやくそのことに気づいた。そこで『飽きるのであれば、別な競技や大会を挟みながらやれば良い。同じものを毎回見るから飽きるのだ』ととある神が提言し、現在の様に様々な大会を催す場となっている。

 これが着ぐるみバトルを取り巻く状況である。今のところ『バトル+愛郷審査』の競技は神々に好評である。飽きたと行ってもバトルが好きな神も一定数いるのだ。


『さぁ! 注目の16強第1戦は! 地球1の人気を誇る熊! 〇〇〇〇!!!!!!』

『対するはブランド名なし! 数万円で購入可能な量産品! だが中の人は一級品! サトルベアー! 』

 値段を言われて落ち込んだ体で入場した悟、落ち込んだせいで首の後ろの肌色が見えてしまって薄く笑いが起こり、やがて大げさに気づいたようでおどけてみせもう1笑い起こる。

悟のやり口である。


「お兄ちゃん。入場時点で仕掛けてくるなんて……やるじゃない!」

「いや、そう言うことじゃないんだがな……」

 どうやら素の反応のようだ……。


『はーい! では、前半はお約束のバトルの時間だ! ふたっりとも♪ 楽しませてね~』

 アナウンスが終わるか終わらないかで世界的熊のキャラクター(舞)は流れるように右足を引き重心を落とす。対して貧相な熊の着ぐるみ(悟)は自然体である。


 観客のざわめきは2人の静けさに合わせて消えていく。

 やがて睨み合うだけの2人からわずかな動きがみられた。

 舞が数センチ前にでると悟は軽く体を傾ける。

 前に後ろに右に左に。

 2人の静かな駆け引きは徐々に距離を詰め……やがて動き出した。


 初めに動いたのは舞。

 音を殺した踏み込みから放たれる貫き手。その必殺の一撃はことごとく悟に【上半身だけ動かし】かわされる。


「ちっ」

 舞は舌打ちを一つ。その後関節技に切り替える。

 その厄介さを理解している悟は今度は足を使い完璧にいなす。

 その流麗な動きに会場から歓声があがる。

 これこそ悟が勝ち上がってきた要因。神野本家後継者のみが身に着けることを許される秘奥である。


 ここで苛立ち加減に舞は距離を取り悟を睨む。


「私相手にお遊びとは驕りがすぎるのではない?お兄ちゃん」

「……いやいや、僕は何も手加減などしていないさ。本家のお嬢様である舞が強すぎて手も足も出ないんだ……おっと危ない……」

 悟の言葉の途中で舞から放たれた【遠当て】という技術で放たれた飛ぶ手刀を軽くかわす悟。


「奥義まで持ち出すなんて大人げない……」

「かわすお兄ちゃんに言われたくない」

 【遠当て】をかわすために体制を崩した悟に襲い掛かる舞。腕をとった。舞はここで勝ち筋を見出したのだが……次の瞬間宙を舞っていた。

 しかも叩きつけるための急激な投げではなく、やんわりと放り投げられている。悟の優しさに舞の表情は……屈辱に染まった。


「勝つ気も無ければ、私を気づつける気もないのね……それだけ実力差があったなんてね」

 悟は次男坊である。母親が父親を追いかける際に実家と一つ約束している。

『才能を持つ男児が生まれれば本家への婿とする』と。

 母親も父親も祖父から高く評価されていた。特殊な才能を保持する血族である神野家は生まれたときに才能を測る術を持ち合わせている。それをもって今日まで強者の位置を、特殊技能を保ってきている。

 そして残念なことに兄には才能が無く、悟にはここ数世代見られないほどの才能があった。

 その為悟は達人に囲まれて育った。家族の元に戻れるのは週末の1日だけ。

 常に上を見せられ制限されて育った高校までの悟は自分が平凡以下であると思い込んでいた。

 だから悟は婚約者である舞の特殊な才能を高く評価し、彼女にはもっとふさわしい相手がいると信じていた。幼い頃より本当の妹の様についてくる舞を見て、最近アイドルとして活躍する舞を見て、悟は身を引く覚悟を決めていた。

 だから、今回の着ぐるみファイトはよい機会だと思った。

 このまま神の世界か違う世界かに自分が渡ってしまい帰れなくなれば、舞は、可愛い妹は、愛しい婚約者は自由になれる……。


 それは独善である。強者にのみ許される正義である。

 悟は自らを平凡と称すが行動は強者の正義であった。


「いつまでも強者の位置に入れると……思うな!!」

 舞の気迫と共に彼女の下方から風が舞い上がる。

 悟は咄嗟に目を守る。

 その一瞬で舞を見失った。

 ……悟は斜め後ろからの殺気に反応して前に転がる。

 ビュウッ!

 【遠当て】が悟の背後通過するそれは神が作った闘技場に着弾し傷をつけた。


「良く避けたね。お兄ちゃん」

 神より与えられた聖剣を片手に舞は油断なく構えたまま悟に告げる。


「手加減してると死ぬよ……」

「……」

 悟は力を抜き棒立ちになる。それを見た舞は一瞬目を丸くして棒立ちなるも次の瞬間怒りに支配され悟に向かう。無防備の悟を両断するために高く掲げた聖剣を神速の剣戟にて振り下ろす。

 途中で何故か聖剣が手からこぼれ会場の反対側に飛んでいき、舞は腹部からくる激痛に意識を奪われかける。


「ごめん。僕は君を奪いたくて仕方ないみたいだ……」

 舞は『ずるい。かっこよすぎるよ……』と零しながらその意識を失った。


『……え、あれ次の対戦相手?ないわー』

 メイちゃん(大志)はドン引きである。


「あれプロの一族だわ。ご愁傷様♪」

 会場の特別席でメイちゃんの隣で優雅にグラスを傾ける人形王はこの達人同士の良い試合に満足しながらメイちゃん(大志)を煽っていた。


 後半の芸術審査も悟の勝利に終わり、8強に進んだのは結局悟だった。

 メイちゃん(大志)は試合後の舞と悟の初々しい雰囲気に最近現れないニャンダー(翔子)を想った。

 何事もなければよい……。

 そう思うメイちゃん(大志)の思いは……通じなかった。

 ニャンダー(翔子)はその時追い詰められていたのだ……。

 人形王の装備がことごとく黒い鎧に打ち破られ、ニャンダーはその時圧倒的不利な状況に居た……。


※書籍化2巻発売しましたので、仕事の合間で申し訳ございませんが頑張って更新していきます!※

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