第91.5話「着ぐるみファイト:中編」

 彼女の名前は神野 舞。

 17歳である。

 2つ年上の婚約者を持つお嬢様である。


「着ぐるみ愛にあふれ、商才をもつ少女よ。よくお越しくださいました」

 悟をストーキングしていたはずの舞はいつの間にか白い空間にいた。

 そしてそんな舞に声をかけてきたのは30代半ばのキャリアウーマンの様な恰好の女性である。

 奇麗な黒髪にをポニーテールに、眼鏡はきついイメージがするものをつけ、スカートではなくパンツのスーツを身に纏う彼女は冷たい笑顔を舞に向ける。


「これからあなたには神々の威信をかけた戦いの場、着ぐるみファイトに出ていただきます」

「拒否権は?」

「このような場に一瞬で連れてこれる者を相手にあるとでも?」

 舞は油断なく周囲を見渡す。

 何者かに見張られているようでもない。ただ……。


「人形に話をさせるような者をどう信じろと?商業神様」

「あら、何時から?」

 舞が見つめている場所から空間を割いて着物姿の少女が現れる。


「初めからよ」

「理由を聞いても?」

 扇子で口元を隠しながら愉快気に目元を緩ませて商業神が問う。


「視線よ。そこの人形が私がなにを見て話していたか気になってね。あと、口パクもあってなかったわ」

「あらら。それは気づかなかった」

 クスクスと笑う商業神。


「で【着ぐるみファイト】って何?」

「あら?聞いてくれるの?」

「こんな空間に拉致しておいて何を今更……」

「いいわ。でも、商人なら直接的な言い回しより腹芸が必要よ?」

「ふふふ、安心して貴女相手にそれは下策だって知ってるからしないの、伊達に何年もアイドルしてないわ」

 クスクスと笑う笑い合う両者

「(怖いよ~……)」

 人形と呼ばれた侍従神は唯々この場の空気が恐ろしかった。


 その後黒い顔で笑い合う二人に怯える侍従神を横目に話はまとまっていった。


「……悟お兄ちゃんもこの大会に参加するのね」

「ええ、勝ち上がっていけばグループステージ突破後のノックアウトラウンド16強での対戦ね。まぁ相手が負けなければだけど……」

「悟お兄ちゃんに限ってそんなことはないわ。……でも対戦まで2カ月も会えないのか……」

 舞はほぼ毎週許嫁として悟にあっており、個人的には悟の私生活を知るために週に2日はストーキングしていた。


「悟お兄ちゃん成分がたりないわ……」

 舞は人気アイドルである。しかしそれは【神野の娘】として取引先との【話のネタ】程度の認識である。そのせいで舞の大事な【悟お兄ちゃんの時間】を削られるわけにはいかなかった。しかし、有名になってしまっため悟を追いかけるのも限界が発生した。その為商業施設に紛れ込むための迷彩としての着ぐるみであった。現在そのせいで【悟お兄ちゃんの時間】が削られると思うと辟易とする。


「でも、運命の対決も待っているわよ」

「……」

「いいわ、戦神の所に着けてる監視装置を見せてあげる」

「……」

 こうして彼女たちの教頭が始まった。

 なお、商業神は戦神の奥方様である。商業神をしていることは戦神には秘密である。


「最愛の方が最大のライバルなんて萌えるじゃない?」

「……なるほど、勉強になります」

「(勉強しないで、神よ人間(子供)になんつーこと教えてるんですか!)」

 侍従神の心労は続く。

 その後、舞も悟も順調に勝ち進んでいた。


「なるほど、地上の者どもが祭りに興じる気持ちもわかりますね……。出汁に使われる側(神)としては微妙だったのですが……」

「ふふふ、運営に絡ませていただきましたので商業神としての面目躍如ですわ。地球の件が無ければブラック様に目をかけていただくこともなかったし、地球様様ね」

 笑いが止まらない商業神は本日始まらんとしている悟VS舞の着ぐるみバトルを特別席から始まるのを待っていた。


「悟お兄ちゃん……」

「まさか、舞か!」

 薄汚れた熊の着ぐるみを着た悟は低いスペックの着ぐるみ巧みに操りグループリーグを首位通過、ノックアウトラウンドも2勝を上げ、本日ついに世界的な熊キャラクターとの対戦を迎えようとしていた。

 その控室に対戦相手である熊キャラクターが現れた。そして、あろうことかそのキャラクターの中の人は最愛の女性、許嫁の舞だった!


「中の人などいない!」

 ……どいつもこいつも……。


「悟お兄ちゃん、何に突っ込んでるの?」

「いや、本能的に突っ込まなければと思ってしまってね」

 変に鋭い貧乏ぐま(悟)である。


「お兄ちゃん……今日は宣戦布告しに来たよ!」

「……」

 複雑な表情(着ぐるみなので見えないが)の悟。


「お兄ちゃん! わ……私のことが好きだったら、手加減なんかしたらだめだからね!!」

 舞はそう叫ぶと脱兎のごとく駆けて行った。


「舞……」

 悟は舞との出会いを思い出していた。

 自分が守り切れなかった少女。終生守ると誓った少女。

 しかし、もう悟の手が届かない世界へと行ってしまった少女。


「負けて残るなら俺だよな……」

 そういいつつも胸を刺すような感情に悟は襲われる。いつの頃からだろうか年下の女の子に認識した恋心。そして、アイドルになった女の子をみて失恋をした。でも諦めきれず、今は醜い嫉妬をしている。いっそのこと自分が勝利して、そして次の試合で負ければ2人ともこの世界に残れる。そして再び幼い頃の様に舞を自分が独占できる、とそんな黒い想いにかられる。


「……いや、あいつは、あいつだけは帰さないと」

 悟は意を決してBEST16の舞台へ向かう。

 自分はどうなってもよい、恋した女の子だけは守らなければ! と決意を胸に……。


※書籍化2巻発売しましたので、仕事の合間で申し訳ございませんが頑張って更新していきます!※

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