第83話「ニャンダーの冒険1」

「おかしい……」


 ニャンダーは倒したモンスターを見上げ呟く。

 ここは9階層。

 鍛えなおしたアッラーイ一行を引き連れ実地訓練……もとい、ダンジョン攻略に挑んでいた。

 この短期間でアッラーイ達は目覚ましい成長を遂げている。元が高レベルだったので、使い方、さえ覚えれば戦力になるのだ。あとはチームとしての能力の運用方法などだ。

 これまでアッラーイ達の戦場は王都近くの草原型ダンジョンだった。そこは正面からの力押しこそ正義。王都民も火力こそ英雄のすべてとばかりに称賛する土地柄である。そもそもで言えば人類が劣勢を跳ね返し始めた頃に造られた、草原での大軍同士の遭遇戦がメインの【軍隊】を育成するためのダンジョンである。無理もない。そこでニャンダーがアッラーイ達に施したのは【柔軟性】とどのような状況でも能力を発揮するための【基礎力】である。己の肉体、つまり能力を十全に理解し、チームも同様に【己が肉体】と理解する必要がある。これはサボるところはサボり、やるべきところで仕事をするために必要不可欠であり、コムエンド中層攻略に最も必要なことである。


「だったら言葉で教えてほしかった」


 一回り逞しくなったアッラーイ達はハイライトのない目で言ったとか。

 世の中、そんなに簡単ではない。


 そしてアッラーイ達の快進撃が始まるはずだった。

 だが、ニャンダーが振り返るとそこには前回同様に疲弊しきったアッラーイ達がいる。『実力的には15階層到達も可能』とギュントルに太鼓判を押された筋肉……じゃなく、冒険者たちである。それが、たったの9層でこのざまである。

 ニャンダーは原因となったモンスターを見下ろす。


 黒く染まった巨大な鶏。


 息絶えているが、その口元は満足げにゆがんでいるようだった。

 にゃんだーは忌々し気にもう一度黒い鶏を一瞥し、そして撤退行動を始めた。

 10階層に安全地帯があるのは知ってはいるが、今のアッラーイ達を連れて進むわけには行かなかった。


「にゃんだー師匠。すまん……」

 普段口数の少ないガンビスが、息も絶え絶えの状況で悔しさをにじませながら謝罪を述べる。


「気にしないで」

「だが、我々が居なければ。師匠だけならば。きっと15階層に進めていたのに……」


 ガンビスの言葉にアッラーイ達は一様に床を見つめ、強く唇をかみしめる。


 ニャンダー、小柄な肉体だが高出力高機動を誇り、地球の魔術師らしく多種多様な技術を誇り、さらに人形王が与えた武具がニャンダーの剣技をさらなる高みに上らせている。師匠達も劣らぬ強者であった。


 だが如何せん、ニャンダーは小さかった。ニャンダーの特徴は蜂の一指しとも言える一撃にある。地球にいた頃からである。如何に武道を極めようと女の体では限界がある。普通の魔法使いであれば問題ないのだが、ニャンダーが活躍していたのは暗闘激しい間諜の世界である。女の武器もあるが、セキュリティネットの根幹、つまり国家防衛を担う武官として生きるには、弱点など存在してはならなかったのだ。故にニャンダーにとって、「魔術師として武術家にならない、しかして女の身ながらも訓練された強者を一撃で制圧できる力」それがどうしても必要だった。

  その為ニャンダーは魔術の補助として剣術を極め、そして魔術を極た。それらの組み合わせによる多種多様な初見殺しの必殺技術を身につけるために。


 故に、このダンジョンとは相性が悪かった。


 このダンジョンはつい四半世紀前までは普通のダンジョンだった。しかし、師匠たちに踏破され、て以降ダンジョンマスターが悪い方向に開き直ってしまったのだ。具体的に言うと全体の難易度を上げてしまった。それが残念ながら浅い層で有用な素材となるモンスターの発生、つまりダンジョン産業を花開かせてしまった。そしてダンジョン強化の影響は10階層以降に骨エリアと呼ばれるスケルトンゾーンを生み出すことにつながった。


 スケルトン。

 これがニャンダーと相性最悪の相手である。


 ニャンダーの剣は、鋭利な一撃である。

 接触面は小さく、しかして体の奥深くまで切り刻む。生物であればひとたまりもない。しかし、スケルトンはどうだろうか、体の内部に重要規範は存在せず、大剣のような鈍器が有効な相手である。通常の冒険者にはそう難しくない敵でもニャンダーにとっては一戦一戦に100以上の必殺剣が必要となる難敵となる。


 故に、ニャンダーは助けが必要であった。スケルトンゾーンさえなければ不要ではあるのも事実だが、こういった不測の事態が起こるのが冒険。その醍醐味である。


 ニャンダーへの罪悪感と、この後施されるであろう特訓に顔をひきつらせたアッラーイ一行を従えて地上に戻ったニャンダーは、冷静だった。冷静に、だが反面、大志に会いたい激情を燃料に行動を開始した。


 相手の戦力を増強されたのであれば……こちらも増やせばいい。


 単純だが効果的な話である。

 ニャンダー達しか遭遇していない難敵。

 それがニャンダー達の前に立ちふさがるが、同時に打ち破るきっかけも与えていた。


「アッラーイ達の再教育と並行してスカウトね……誰だか知らないけど、邪魔をするなら徹底的にやってあげるわ」


 冷静と情熱の狭間から湧き上がる不敵な笑みを隠そうともせず、ニャンダーは進む。


 ~一方その頃、5回戦を戦う大志メイちゃん~


「我こそは! 運河で有名な観光地の非公認キャラクター!!」


 赤い戦隊ヒーローが吠える。

 着ぐるみ?


 推薦して満足げに腕組みをしているのは戦神である。

 着ぐるみの定義ってなんだ??


 しかし、ここにいると言うことは着ぐるみなのであろう。


『いや、お前変態物だろ?』


 ホワイトボードからホワイトボードを貼り付けた立て看板に変わった『メイちゃんの発言アイテム』。言葉の選択は……故意である。うん。まぁ、誤差である。


「ふははは! 着ているではないか! このスーツを! そして先進的な鎧を!」


 親指を立てて自らを指す運河レッド。

 マスク越しで分からないがドヤ顔をしている雰囲気が伝わってくる。ウザい。


 暑苦しい運河レッドは腰に手を当て爆笑を始める。1部少年の心を持つ神々が熱狂している。戦神の近くには前の芸術審査でファンになった幼児やお母さん達が特別特別ゲストとして呼ばれている。うん、明らかに地球の方じゃないですね。天界ってものすごく入国制限が厳しい場所なのですが……え?実施しているのは亜神居住区だからそこまで厳しくないと……。抜かりない……のか?。


 会場中からの声援に答える運河レッド。メイちゃんは野太い歓声のみである。

 どうしてこうなった……。

 メイちゃんは少年少女に大人気なはずのキャラクターである。

 少なくとも大志が中にいるとき以外は。

 何故だかわからないが大志が中に入っていると青年とおじさんがメイちゃん絡んでくる。広告塔としての客寄せパンダ的には嬉しいのだが、大志はいつも不思議に思っていた。そのおかげで一部女性陣から『雌猫』扱いである。愛想を女の子にも振りまくのだが彼氏の横で浮かべる笑顔、その瞳は冷え切っていた。


 仕方なし、と嘆息をつく大志。

「じゃあ、始めるぞ! 今回は芸術審査と戦闘の合わせ技だ! 勝利が全てでは無い! 芸術的に勝つがいい! では両者準備は良いか?」

 そして機を見計らったように開始のアナウンスが響き渡った。

 無言で構えを取る大志と「母なる海よ! 俺に力を!」と叫んでポーズを決める運河レッド。

「では始め!」


 力の神が巨大な太鼓を打ち鳴らし5回戦が始まった。


「桃色猫よ。俺が先手で良いかな?」

『構わんよ』


 大志は看板を手放すと右足を引いて腰を落とし、右手を前に出す。


「行くぞ! 染まれ! 完全なるチーズケーキの世界!」


 運河レッドが光を放つと彼を中心に乳白色のオーラが湧き上がる。


『……それ、もしかして地名の頭文字を最後に持ってきたお菓子メーカーのこと言ってる?』


 白けた感じで看板を持ち直した大志は何度もため息をつきながら書き上げる。

 運河レッドはご丁寧にそれを待っていた。意外と良い奴である。


「……?ふっ、知っていたか郷土の誇りだ!」

『……。いやそれいわば外資だから……』

「……え?」


 外資言うな。道外のセンスの良いメーカーが売り出してくれているお菓子である。


『……さてはお前、地元民ではないな?』


 しっとりフワフワのチーズケーキを着ぐるみの口から中の人に渡して大志はその上品なチーズケーキを味わう。


「ちっちがう! 生まれも育ちも地元民だ!」

『就職で20年離れたとかそんなところか。にわかめ……』


 口の中から空になったお皿を取り出し、代わりに紅茶を口に入れる大志。


「この! にわか言う方がにわかなんだ!」


 逆切れする運河レッド。どうやら図星の様だ。


『残念だったな。外資と言われても、【地元を盛り上げている大事な企業だ!】と返せばよかったものを』

「……」

『あ、あとでお土産に包んでもらってもいいか? 神気の技から作ったんだろ? アユムに食べさせてやりたいんだよ』

「……しょうがないな。何個必要なんだ?」


 お二人勝負は?


『シルバーベルとかの方はないのか?あと蒲鉾スラッシュとかどうだ?パンロールって昔っから好きだったんだよ』

「銀の鐘か……悪い、そっちは作ってなかったな。蒲鉾はかまぼこ板シールドかな……パンロールか! 俺もあれ好きだったよ。学校帰りに販売店いって買ってたわ。そーいえば」


 なぜか交わされる握手。

 ねえ? 勝負は?


「……ふむ。そうだな寿司食べ歩きイベントを最近やってくれないのは悲しいな……」

『……あれは中々よかったな。っと、何やら周りが騒がしいな』

「……ん?そういえば俺達何してたっけ?」


 お帰り。そして早めに立ち上がりな。君たちが胡座かいてだべっていたせいで会場の空気は冷ややかだよ。


「さて、名残惜しいが次が最後の勝負だ!」

『来るがいい。返り討ちにしてくれる!』


 …………。

 ……。

 とってつけたようだ。


「見よ! 俺の最終形態! チェーーーーンジ、TENGUモード!」

 運河レッドはそう叫ぶと首の後ろに回していた天狗の面をかぶる。

『山にまで向かっていたか、侮れん男だ……』

「地元だからな!」


 離れて。超高齢社会になった明治初期が絶頂期の港町の話題から。


「続けて! 舞え! 浮き球ボム!」


 浮き球。漁業に使われていたガラス玉である。スイカのイメージでいい。それが無数に浮かび上がる。運河レッド。色物ではなあるが、さすが5回戦まで進んだ強者である。具現化系の神気使いとして高度な技を見せ観客席で先程の余ったチーズケーキを楽しんでいた神々が感嘆の声をもらす。


「気をつけろよ……そいつは触れると危ないぜ」


 浮き球の中央には神秘的な光が浮かんでいる。


『では、俺も見せよう!』


 大志はそれまで身に着けていなかった大きな宝石のついたペンダントを強く握ると……。水魔法を広範囲に放ち浮き球を外側に流して見せる。そして。運河レッドと大志の間に一本のルートができあがる。


 虹爪乱舞!


 大志は虹色の光線固定化するとまるでナイフの様にばらまく、それは5度繰り返され、50の鋭利なツメが運河レッドと大志の間にできたルートを通り運河レッドに迫る。

 運河レッドは10まではさばききれた、そして20まではかすり傷で済ませ、30で出現させたかまぼこシールドを粉砕され、残り20のツメを前についに膝をついた。


「……参った」


 こうして色物対決は太志の大技をもって終結した。

 しかし、それを見ていた地球の創造神は驚愕の表情で口を開いたままであった。


「バカな……なぜ、地球の魔法ではなく、あの世界の魔法なのだ……」


 そう大志が浮遊嫌いとかしていた浮き球を押し出すために使った水魔法はアームさんたちの世界の魔法。地球人には魔法力を生成する器官がないため習得しえない技術である。


 地球の創造神は何者かの関与を確信したが、残念ながら彼にはこれ以上何かですることはできなかった。先日のちょっとした行動ですら各方面非難され、今でも本体はおろか各分体にすら監視が付いている。そんな彼にできることは先日撒いた希望の種の内どれかが息子を救ってくれる。そう信じて祈るだけだった。

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