第82.5話「着ぐるみ農業」

「モンスターはレベルアップしない」


 世の定説である。神の恩恵であるレベルは向上しない。

 だが、モンスターは存在進化する。所謂レアモンスターと呼ばれる存在だ。


 何故であろうか?

 何故モンスターも人間のように【神の恩恵】にあずかっているのだろうか?


 とある学者は言う「あれは恩恵ではない。世界からの窃盗である」。

 とある学者は言う「モンスターとは世界が生み出した廃棄物。イレギュラーが発生して何の不思議がある」

 とある学者は言った「モンスターこそが神の使徒である……人類は滅ぶべきなのだ」


 人間の想像力は豊かだが誰もが、【神は一枚岩である】と高次元の存在を敬い、彼らの中の闘争について目を向けようとしなかった。


 モンスターは魔物と呼ばれる。魔に近しき物。つまり魔法力溢れるこの世界でその理に近く。様々な影響を受ける存在である。


「がう!(祝! 脱ニート!!)」

「走るな馬鹿猫!」


 数ヶ月前に拡張された15階層。少人数による手作業の農作業も限界を迎え、ついに【トラクター】を作成していた。


 誰が?


「そう、私だ!」


 灰色の肌、身長およそ160cm、15歳程度に見える日本人顔の男が胸を張っている。


「1号さん。ちょっと魔法道具が岩噛んじゃってるんですけど……」

「マジか! 粉砕しない?おっかしいな。粉砕魔法を設定してたんだけどな」


 ひょこひょこ歩いてアームさんが引いている魔法道具を覗き込む灰色の少年。

 何を隠そうこの少年こそにゃんだーの製作者、人形王である。


 さて、何故トラクターか?

 そもそもアユム一人で管理できる広さではなくなったのもあるが、ダンジョン作物の育成速度が速いこともあって拡張された農地が活用できなかったこともある。何より地球から来た大志メイちゃんがアユムに聞きかじったり見学で得た知識ではあるがアユムに入れ知恵してみたのだ。


 当初、魔法文明ではまだ何もできないことに気付いた大志とアユムは地道に人力と、マネジメントで乗り切ろうと試みた。そして転機は2週間前に訪れた。


「……ワタシハナニモ見テイナイ」

「あれ?チカリンさん。あの人って人形王さんじゃなかったでしたっけ?生まれて1年の魚的に存じ上げております。有名人ですね!」


 どうしてこうなったと白目のチカリ。

 2週間ほど前休暇を担当し終わり、にゃんだー達と語らったのちに嫌な予感が的中した。

 人形王の襲来である。


「賢者の娘様のお知り合いなんて……、聞いてないわよ!!!」


 全力で叫ぶチカリ。もちろん人形王とは反対側にだ。

 それが聞こえてか聞こえてないのか、一旦停止させた牽引機から泥だらけになった顔を上げた人形王がアームさんに向かって吠える。


「こらっ! クソ猫! 魔法力けちってんじゃねーぞ! 出力不足だ!」

「がう!(走りたい! そして、その魔法道具、力を吸われて気持ち悪い……)」


 アームさん……。ニートはどこまで言ってもニートである。

 泥だらけになりながらチカリには理解不能な魔法道具の回路を展開し装着車アームさんから強制的に魔法力を吸い上げる仕様に魔法道具を調整する人形王。その後ろで同じく泥だらけになりながら面白そうにのぞき込むアユム。ちょっと距離を開けて見守る太志メイちゃん。

 そんな様子を痛む胃を押さえながらチカリは眺めていた。

 チカリはお食事処まーるでお茶を傾けながらこのストレスの日々のきっかけを思い出していた。


 その日にゃんだーの首の裏の印をみてから、嫌な予感にかられ執務室へ急いだ。

 執務室には、珍しく、まじめに働く組合長ギュントルと研究職から本来の組合長補佐の仕事に戻ってきた補佐官が3名各自のデスクに座って仕事をしていた。

 普段であれば歓迎すべきことである。何より魔法研究を主とする魔法組合で事務職、特に決済や整理、監督作業など多く存在する。魔法組合に在籍する魔法使いはほぼ研究者である。つまり、そんなもの誰もやりたくないのだ。しょうがないので偉い人に押し付ける。押し付けられた偉い人も組合員を守るとか、後輩たちにもチャンスをとか、しがらみがあってしぶしぶ受ける。その代わりにできる限り同じ位置にいるものを補佐として巻き込んで。

 最近は頑張れる子、チカリがこの研究馬鹿どもを、その被害を受ける一般事務職の子たちを見ていられなくなり仕事を手伝っていたのだが……。ここにきて、自主的に、研究バカたちが戻ってきている。

 ……何かあります! と言っているようなものだ。

 チカリは嫌な予感に思わずため息を漏らした。すると。


「チカリよ。特別任務だ。とあるお方を接待せよ。およそ一カ月ほど滞在なさるお方だ」


 隙あれば『筋肉筋肉』とうるさい組合長ギュントルが今日はシャツの首のボタンまで閉めて真面目な顔で言う。


「……人形王」


 そんな組合長ギュントルを胡乱な瞳で見つめてチカリが一言つぶやくと、部屋のおっさんどもはまるでいたずらがバレた子供の様にうろたえ始める。


「おっ! 俺を知っていたか。少女よ、俺が人形王だ! 1号と呼んでくれていいぞ!」


 チカリと年の近い15・6歳ぐらいの年齢。丸顔。平べったい顔、肌は灰色。髪は黒。そんな少年が無邪気な笑顔をチカリに向けている。


「……」


 チカリはギュントルを凝視した。

 ギュントルは視線を書類に落として気づかないふりをした。

 執務室にチカリの舌打ちが響く。そしておっさんたちはビクリと震える。


「……」


 なんとなく状況を察した人形王はそんな無言のやり取りをどこかほほえましそうに見ている。


「……」


 チカリの責めるような視線に耐えきれなくなった4人は一斉に立ち上がると……。


「人形王陛下。こちらが先程お話しした我が魔法組合のエースチカリでございます」と組合長ギュントル。

「人形王陛下。先程おほめいただいた書類整理術を開発したのもこちらのチカリにございます。我が組合の誇りでございます」とスキンヘッドの補佐官。

「人形王陛下。さらにこのチカリ、件のダンジョン作物の生産者アユムと良い仲でもあります」と白いひげを蓄えた補佐官。言葉を飲み込んで満面の笑みで親指を立てるチカリ。

「人形王陛下。書類作業のお手伝い誠に恐悦至極にございます。しかして、以降は我らのみで賄えますので、ぜひチカリのガイドでこの街を、ダンジョンをお楽しみください」最後にしめたのはイケメンの補佐官。チカリはこの件が終わったらこの男にロリコン疑惑を流してやろうと心に決めた。


「そうですか?これから御社のエースを借受けるのにこの程度の手伝いで申し訳ない」

「いえいえ、これだけお客様にお手伝いいただいただけでもありがたいのです」


 なんとなく大人っぽい会話である。


「さて、ではすまない。早速ダンジョンへいこう!」


 こうして、安どのため息を吐く4人に見送られてチカリは何の準備もなくダンジョンを潜ったのだった。


 そして……。


 「やっぱり、部品だけではなく組み立ての技術者も呼べばよかったか……」

 「ですな……餅は餅屋といいますしね」


 スパナの様な工具で部品を締めなおして汗をぬぐう人形王とアームさんから降りて整備の手伝いをするメイちゃん。なんとなく行き詰ったのだろう2人とも腕組をしながらうなっている。

 見ての通り、がっつり理系の2人は意気投合してしまっている。

 初めて会った時から歓迎会で飲み明かした2人。太志の提案したトラクターにいち早く乗っかり、部品から設計を始めたのは人形王である。そしてあれよあれよという間に大量の部品が出来上がってゆき。たったの2週間で形になっている。奇跡である。ちなみに、ドン引きのチカリだがどうしてこうなったのか人形王に聞いてみたところ……「金の力って偉大だよ♪」といやらしい目つきで答えられた。

 やめていただきたい……。チカリは毎日記載を義務付けられた領主への報告書の最後に決まってこう記した。しかし、領主からは何も返事がない。事実だけ認識して他は見なかったことにするつもりなのである。


 人形王の機嫌を損ねないため、そつなくこなせる人員。

 人形王が何か困ったことを、起こした時、または巻き込まれたとき、迅速に対応できる人員。

 そう、チカリであった。


 「……ダンジョンマスター。ここで変な人が変なもの作ってます。すっごいやな予感がするので早く、早くおさめにきて……」


 チカリは知らない。

 ダンジョンマスター2名とも言葉には出さないものの【見なかったことにしよう】と暗黙の了解がなされていることを。


 「そういえば、にゃんだー来るの遅いわね」


 大志の恋人にゃんだーが来てくれれば理系の片割れを押さえられ、これ以上意味の分からに混乱の元を作成されずに済むのに……。そしてもう一度ため息をつくチカリ。 

 しかし、チカリは知らなかった。にゃんだー達の事情が変化していることを。

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