第82話「着ぐるみ農業」

 「こっちの魔法も面白いですね……」


 にゃんだー(翔子)はテーブルの上に開かれた魔導書をつま先を伸ばした形で読みながら呟いた。その後ろで、うずうずしながらチカリがその様子を見守っている。


 「むしろこちらは、異世界魔法が肉体をエネルギー源にしている方が興味深いよ……」


 撫でたくて、愛でたくて、両手をワキワキしながらにゃんだーに近寄るチカリだったが、そこで一つの事実に気付く。


 「ねぇ、にゃんだー。貴方の首の印って……」

 「え?何かついてるの?」

 「うん。嫌な予感がするので見なかったことにしたい」


 苦笑いを浮かべ全力でひよったこというチカリ。だが、キャリアウーマンことにゃんだー(翔子)はごまかされない。


 「……」


 本から離れ、振り返ると、じっとチカリを見つめる。ここ1週間と短い間ではあるが互いに魔法に関する学者的観点で認め合った仲である。知識欲の亡者として隠し事は、特にこの世界に意識の一部を飛ばしているにゃんだー(翔子)。その受信機でもあるにゃんだー人形のことである。最も身近な研究対象のことを隠されるのは許容できないのである。


 「……わかったわ、首の後ろ見せて……」


 降参とばかりに手を上げてチカリはにゃんだー(翔子)の首の付け根を観察し紙に印を写し取る。


 「人形王ね……。全く……、とんでもない大物の作品じゃない……」


 にゃんだー(翔子)に紙を突き付けつつ手を目に当てるチカリ。

 人形王とはここ2年で突然に現れ、世界の8王に割り込んできた人形師である。彼が作る道具は洗練されており、たったの2年で世の魔法道具の概念を覆したといわれる。世界各地で巨大な利権を有している有力者である。


 「金持ち?面白そうな研究者ね」


 にゃんだー(翔子)の感想である。


 「……ここまでの話ではそう思うわよね。でもね。彼が世界の8王に割り込んだのは理由があるの……」


 『それはね』と言った後、十分に時間を空けてチカリは重々しく口を開いた。


 「人形王は人間を作り出すのよ……」


 禁忌を禁忌とせず。すべての領域に手を出す強欲の王。神すら篭絡する手腕を持つ男。それが人形王である。

 その男の印がにゃんだー(翔子)の首の裏に彫られている。偽造防止、悪用防止と言われている。人形王は王自体が人形の為、自らが作り出した人形ヒトガタを家族とし過剰に保護している。


 「なるほど……神様からもらったこの体、特注品、ってことね」

 「うう、嫌な予感がする……。人間作り出すようなマッドなお方がやってくる予感がする……」

 「研究者としては喜ばしい話じゃない?」


 にゃんだー(翔子)は首をコテンと傾げる。それにチカリは苦笑いである。


 「研究者以前に私はこの組合の管理者なのよ」


 チカリがそっと指をさした先ではアッラーイ達の座学の教師ギュントル組合長がポージングしながら炎魔法に必要な筋肉を解説している。……まぁ、ギュントルだと人形王と悪乗りして被害が増えそうだ。


 「何より、あの人が絡むと状況が混乱するから……」


 よく組合長などしている。


 「で、いつごろ攻略にかかるの?」


 こんな話の後である。要約すると『面倒毎は早めに済ませて危険物を神の御許に戻して……』となる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る