第74話「2章epilogue」
「この度は娘が大変ご迷惑を…………」
【笑顔の羅刹】。リムの母親イーリアが、リムの頭を鷲掴みにして強制的に下げさせる。
彼らの村でこんな言葉がある。
【神に逆らってもイーリア様には逆らうな。】
この言葉はイーリアの目を見て喋ることのできない村の大人の男達が、青い顔で脂汗を垂らしながら言う。
直後笑顔のイーリアに肩を叩かれ力なく従って歩く。
『ぱぱー!』
『だめよ。あの人はもう無理。諦めなさい』
『いーりあ様ー! ぱぱを真人間にしてくださ~~~い!』
『あと最近臭いので食事も改善の方でお願いします! 貴方! あきらめて頑張って~~~』
まぁ、なんだ。特殊な村の特殊な住民すら恐れ、敬う存在がイーリアである。
流れる様な赤髪と22歳から歳をとるのを忘れた美貌が相まって『村長()にはもったいない』とご評判の奥様である。なお、村長()も国家転覆を企む宗教勢力と戦い、神の助けと聖女の守りを持って国難に打ち勝った、英雄で勇者な王族だったりする。まぁ、現在が穀潰しで小物なので村長()でもしかたない。
「……大変申し訳ございませんでした」
今回、コムエンドで迷惑を掛けた人間一人一人に頭を下げて歩くリム。勿論、男装を解いたイットが同行して同じく頭を下げている。
アユムには初めに謝罪している。
その頃はイーリアが、【力加減を間違って】その場に頭を埋め込まれるのではないかと言うほどに押さえつけられたのはいい思い出である。尚リムはイーリアによってこの後3年ほど俗世から隔離して、村に新設される予定の聖殿で、聖女修行の予定である。それが終われば、どこぞの王族にでも嫁入りと予定されている。
「いや! 私は英雄になってイットと一緒になるの! 世の中のルールも英雄になって黙らせるの!」
「黙りなさい、負け犬」
イーリアスマイルは氷点下の空気を作り出した!
イーリアのダイレクトアタック。
リムに効果抜群!
横で冷汗を垂らすイット。リムとの出会いは祖父に手を引かれて村に来た3歳の時の事だ。
父と母とは永遠に会えないという事実だけ知って無性に悲しく泣いて暮らしていたイットは、祖父に抱きかかえられて彼が住む村に連れてこられた。当時のイットにはそんな事情は分からなかった。だが、自分を抱く祖父と名乗る男が本能的に自分を守ってくれる男だと知っており、笑顔だが自分と同じように泣いていると本能的にわかった。泣きながら笑顔でイットに話しかける祖父がとても大きな、そして強い男だと幼女ながらにイットは感じていた。そして村に移って以来、イットは常に祖父の後ろを歩いた。ズボンを掴み、離そうとしない。だが、仕事で家を出るときは悲しそうに祖父を見送った。祖父が帰ってくると汗に濡れた祖父に抱きついて一緒にお風呂に入る。お風呂から上がると火照った体で武術を習った。時折祖父が長物を取り出すと決まって祖母に折檻されている。その光景がイットの原風景だった。
だから。こう誓った。
『あたしも、おじいちゃんの様に暖かく。……強い人間になりたい』
だから、騎士のまねごとを始めた。
だから、村の端にある大木に上り降りられなくなったリムを騎士として助け、淑女として扱ってしまった。イットにとって強い憧れを抱いている人間は祖父だった。
リムにとって、意識の根底にある白馬の王子様はイットである。
幼き頃から憧れた存在が、いつしか自分と同じ女の子だと知った。
絶望したが、母から受けていた聖女教育がここで悪い方向に動いた。
『偏見で人を見ていけません。本人と向かい合い。そして愛をもって守ってあげなさい。間違っていれば正面から向かい合って正してあげないさい』
リムは思った。『私の王子様は間違っていないだから世間の常識を正面から向き合って王子様を守るわ!』
アユムにしたことは大事の前の小事、王子様を惑わす虫を退治した様な物だったとか、ぽつりぽつりと語るリムを前にしてイーリアが背に纏う羅刹が色濃くなっていく。
「負け犬。そろそろ、口を閉じなさい……」
リムは空気を読めなかった。否、空気を読まなかったため笑顔のイーリアが召喚した下級天使に抱えられて村へ強制送還された。
最後に何か言おうとしていたが、イーリアに1分睨まれ、恐ろしい幻覚を見たのか真っ青な表情で、『皆さま、大変ご迷惑をおかけしました』と土下座を披露して去っていった。
その後イーリアは怯える一部師匠達とアユムに謝罪して去っていった。
「良い女性だった。俺もっと立派になったら迎えに行ってもいいかな……」byサントス
マールは早く首輪の用意した方が良いです。
てか、既婚者で聖女ですので可能性は零だと思います。
「お互い同じ世界に生きている限り零じゃないっす! 俺、これまでに増して頑張るっす」
師匠達に止められたが、サントスは止まりそうにない。村長のレベルと実績を知っている師匠達だけに必死に止めている。現在昼行燈と呼ばれる無害な一般市民に見える人だが、一応、たぶん、きっと、英雄で勇者な西大陸屈指のレベルを持つ人なのだ。……え? 今聖人修行で妻の愛を感じている? ……タヌキチー! 同類がいるぞ!!!
兎に角。リムはダー〇ベーダー(母)にさらわれていった。
ちなみに、イーリアはアユムの祖父(宰相閣下)がコムエンドに来るまで滞在してアユムを甘やかしました。
「アユアユ!」
アユムを抱きしめる宰相閣下を遠目に威厳さんが見ている。
宰相閣下は気付かない!
「あ、【あばずれ女】…………の母上ではないですか~」
バチバチと睨み合う二人。逃げ出す師匠達。
しばらくして。
「この度はお孫様に、我が家の愚か者が大変なことをしてしまい……」
悔しそうに頭を下げるイーリア。宰相閣下は良い黒い笑顔を浮かべる。
「いえいえ、お互い【子供】のする事ですから……」
ちなみにこの国では15歳から大人である。アユムは14歳であるが、リムは……。
宰相閣下のいびりはしばらく続き、1時間後。『執務室に帰宅するぞ』とエスティンタルに引き摺られて去っていく宰相閣下。『待って! まだアユアユと一緒にお風呂入ってない! 絵本も読んであげてない!』宰相閣下はそんな孫馬鹿な台詞を残して去っていった。アユムはその後色々な悪評を否定して歩くのに苦労したとか……。この国大丈夫か?
一連の騒動が終わり、アユムはダンジョンの入り口に立つ。
戦闘で荒れた大地は暗黒竜先輩が巨大化バージョンで重機並みの活躍でもとの整地された草原に戻りつつある。広大な戦場で、自重を忘れた師匠達のおかげであちらこちら大穴だらけであった。
「がお(私は関係ないのに……スライム食べてただけなのに……)」
いえ、スライムが美味しかったから、腹ごなしとかで光速の超低空飛行した挙句、思い切りブレス吐き出す。モンスターだけではなく、そこの丘に大穴を開けたり、余りの高熱でガラス化させたりしていた。………働け駄竜。
「がお(いえっさー。ご主人様!)」
暗黒竜先輩が尻尾を揺らしながら何か楽しそうに作業しているのを見て、アユムは思わずほっこりした。
「アユム」
アユムが振り返るとそこに……イットが居た。
腰には聖剣をさしている。
「女性の恰好なんだね。イット兄……いや、うーん。なんて呼べばいいの?」
イットはサラシに押し込んで男用の鎧を身に纏っていたが、鎧が壊れたこともあって新調する際にメアリーさんを中心とする悪乗り女性冒険者集団に拉致されて色々着せられた。『フリルとスカートはご勘弁願います……後生ですので』途中涙目で彼女らに縋ったイットだった。
今は女性冒険者の標準装備ズボンと皮鎧。インナーがちょっと可愛らしいのだがそこはご愛敬。鎧は胸の部分を収容しやすい様の特注品である。『……でかい。貴様何を喰ってこんなになった? そして何故隠していた? 我々への宣戦布告か?』、そう詰め寄ったのはスカート派の長、チカリであった。『大きくしたくなかったんですけど……何故か』その言葉に般若と化したチカリ。そんなチカリを同志たちは血涙を流しながら『みじめになるので抑えてください』とどこかに連れて行った。残った女性陣はイットに滔々とお説教を施したとか。
「あー……、イトリアでいいよ。これから俺……じゃない私は女として生きていくし……」
昨日の騒動を思い起こしてイットは苦笑いを浮かべる。
「お爺様の推薦で近衛の入団試験をうけれるようになったし」
近衛騎士団は女性部隊も珍しくない。女性王族の警護や、女性ではなければ付き添えない場面が多くあるのだ。
「イット兄なら大丈夫だよ。聖剣のリア君だって付いてるしね」
「(アユムは神剣の使い手にするには惜しい人材だな。無論イット、いやイトリアと私は一心同体、……同調が進みすぎた故な……、仕方あるまいお互い望んだことだしな)」
聖剣はポロリと重要なことを漏らした。
イットは困った表情で聖剣をコツリと叩くとアユムに向き合う。
そして一つ咳払い。
「アユム、今の私にイット兄は酷いんじゃないか?」
イットはからかう様に言う。
「……ごめんなさい。でも、イット兄はイット兄だし…………」
「ほらそこは、頑張れ!」
「うーん。イトリア姉?」
疑問形で首を傾げて言うアユム。イットはほんのり熱が頬に宿ることを知る。
そこから2~3分ほど無言の時間が続く。
アユムはイットの言葉を待つ。それは兄からのしばらくの別れの言葉と思っていた。
イットは一世一代の宣言をするために、心の中で葛藤があった。イットは自分がこんなにもネガティブだったのかと驚きつつも口を開いた。
「……………………………………………………!!」
宣言後イットは来た道を全力で駆け出していった。
その宣言を受けたアユムは心臓付近に手を当て呆然としていた。
翌日、イットはエスティンタルの馬車に同乗し王都へ向かった。本来の彼女の家柄であれば問題のない行為である。
「アユム! 私は絶対に目標を達成して………迎えに来るから!」
朗らかな笑顔で言うと右拳を出す。イットはそれまで見たことのないような真っ赤な顔だ。
アユムはイットの拳に己の拳を軽く当てる。
するとイットからそれまで見たこともない柔らかな笑顔があふれる。
直後馬車はコムエンドを離れた。
離れた直後アユムはゆでだこの様の真っ赤に染まった。
馬車の中でも妙に浮かれるイット、いやイトリアがハイテンションで付き添いのアルフノール(悪魔ちゃん)に何やら語っては楽しそうにしている。
「「「はぁ……」」」
エスティンタルと悪魔ちゃん、御者は一斉にため息をつく。新米乙女イトリアの先は長い。護衛の者達に聞こえないのがせめての救いだった。何故ならば、エスティンタルの護衛という事は……まぁそう言う事である。
「ただいまー!」
アユムは帰ってきた。
タヌキチとの思い出を整理する為に地上に長いしたが、やはりここに帰ってきた。
コムエンドダンジョン15階層に。
「がう(おかえりー! お酒の試作品ができてるよ! 一緒に呑もう!!)」
「ボッ(アームさんアユムの飲酒は大人になってから! まだ飲ましたらダメでっす! ジュースっす!)」
「ボウ(お帰りアユム。早速で悪いんだが、最近トウモロコシの元気がないんだ一緒に見てくれるか?)」
モンスターと人間が仲良さそうにしている15階層。
アユムが求められる環境が揃いだした15階層。
そこに……。
「あー、それじゃダメだ。もっと甘くしたいならそことそことそこの葉っぱを剪定しろ。後そこの小さい実は見込みないから……」
やる気なさそうな赤い毛玉が居た。
ここにタヌキチが居たらこう言っていたに違いない。
『なんで着ぐるみがいるの!!! どうやって喋ってるの? チャックは!!』
そして思い切り殴られ『チャックなどない!』と怒られるまでがワンセットである。
→ Nextえぴそーど?
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