閑話「着ぐるみファイト!れでぃ?」
「ねぇ。なんで着ぐるみに入るの?」
冷たい視線を浴びせるのは今付き合っている彼女である。
木曜の昼間。
キャリアウーマンの彼女は仕事真っただ中のはずだが。何故いるのだろうか? そして、なぜ俺だと気付いたのだろうか?
「ねぇ。何で答えないの?」
この着ぐるみ、いや商店街のゆるキャラはしゃべれない設定なのだ。
しょうがない……俺は彼女を手招きして事務所へ向かう。
バタン
事務所の扉が閉じられ、その閉じる音共に俺はため息を吐き出す。
前述しておこう。俺は悪くない。
我が商店街。実は若手の起業家が多い。
商店街と言えばシャッター街だが、この商店街のオーナーたちは後輩への気配りの出来る良い人達だった。聞くところによると他の商店街のシャッター街は借りたくても『あ? 俺たち十分稼いだし余裕だから。貸し出すとか面倒くさい事はしない』で借りれない所が多い。
そんな中で若手起業家が多いこの商店街は活気に満ちている。始まりは20年前、ネット通販の走りを始めた先輩が第一の成功者である。もはやこの商店街にはいないがたまにお忍びで見に来る。第二第三の先輩を目指せとばかりに挑戦者が相次ぐ。どこかの人たちが『日本人は挑戦しない』などと馬鹿なことを言っているが、事実は歴史を見ればわかる。『かかあ天下と空っ風』という言葉を聞いたことは無いだろうか? その地方、いわゆる夫婦間での収入が逆転し、家での表向きの権力すらが逆転した現象を示す言葉である。(欧州を見てもらえばわかるがお財布を握っている方が家長である)。ではなぜ逆転したのか? 内職である。でもよく考えてほしい夫の収入を超える内職ってもはや産業って言いませんか? そう個人企業じゃない? だって商人さんに卸して収入を得ていたんだから立派な個人経営者だよね。という事で近代の日本は『挑戦? 馬鹿言ってないで働け! 人で足りないんだ!!』という事で集団就職とか高度経済成長の影響で起業するハードルが上がって、と言うかその前に仕事一杯あるのに新しく作るな!!! という意図が働いて中々機会が無かった。そこでこの不況である。つまりはくすぶっていた挑戦者たちにはチャンス到来。ニーズも技術もあるので勝負できる状況が現在あるのだ。
という事で少々熱く語ってしまったが、俺もその挑戦者の一人である。やっている事はとある特殊サービスの提供と食つなぐための個人システム事業者である。
そんな人間がなんで着ぐるみに入っているのか? 趣味? ざっけんな! そんな訳ねーだろ! これは『ゆるキャラブーム』の際にオーナーたちが遊び半分で作った商店街キャラだ。それを『お客様と触れ合えるチャンスだ。デジタルもいいがちゃんと人と向き合うのだ!』と強制的に入居企業主たちに押し付けた。当番制で切る羽目になった着ぐるみだ。土日担当するとオーナーたちが企画するイベントに巻き込まれる。『今度はあの幼稚園にいくぞ!』とかじいさんばあさん共元気である。ちなみに言っておこう高度経済成長期の社員を特殊な呼び方をして、『あの頃の活気とやる気……』とかいう奴等がいるが、ベンチャー企業の経営陣は、ブラックで詐欺師な馬鹿も確かに一部いるが、ほぼ、『論理的でやる気と行動力に満ちた』付き合っていてとんでもなく疲れる人たちだ。まぁ、嫌いではないがな。さてさて、そんな元気とやる気とアイディアに満ちた人間たちである。先輩の提案に簡単にのかっている。そう、ちゃんと当番制にして管理し、実行している。たまに反省会とか熱い話し合いすらある。着ぐるみが臭くなったら定期的にクリーニングも。もはや個々の集まりに中から費用が……とおもっていたらどこからかお金が支援されている。くっ、逃げられない状況だ。
話しがそれた。すまん。
で何が言いたいかと言うと。
「私と会う時間よりも、そんな着ぐるみに入る時間の方が大事なんだね」
事情を説明したのにぶ然とした表情でどっかりと事務所の椅子に腰を掛けいかり肩の彼女。
何故だ?
俺はここの入居条件を満たすために労働しているというのに……あ、粗茶ですが。
彼女のお茶を出すと睨まれた。理不尽である。
「ねぇ、それってピンクの雌猫よね?」
「うむ。成人男性並びに小学校上がる前位の幼児に人気だ。設定では魚が苦手で野菜が大好きだ。『人参喰え!』と田島さんが言ったらしくその設定が反映されている」
「だれよ! 田島さんって」
「八百屋の大将だ! 御年八十にして農家へのコネ満載の自分のサービス展開には欠かせないキーマンだ!」
「そっそう…………」
結局彼女は何をしに来たのだろうか? 着ぐるみの中に入っていてもスマホはチェックしている。チャットツールにも、メールにも、電話も連絡なかったのに。
「何しに来た? 連絡もなしに」
直球で聞いてみた。
直後激怒して殴られた。顔じゃなくてボディーに。うむ。顔をへこまされなくてよかったが的確に薄い部分を殴ってきた。さすが少林寺拳法有段者。……いま、『あ、少林寺拳法』って思った人、失礼だよ。真面目な人だっているんだよ。(俺の知り合いの少林寺拳法やってる人たちは揃いも揃って変た……じゃなくて個性的な人たちだったが……)
「あ゛? 彼の所に彼女が来ちゃダメだってか? あ゛?」
彼女は大企業のエリート社員である。その有能さから早々に海外出張(2年ほど経験を積むためにでる)を予定されている。まぁ、俺みたいなぼちぼちの成果しか出せない個人事業主から見ると雲上人である。なんで未だに捨てられないかが不思議なくらいの。
「てか、ちゃんとチャットしました!!!」
俺はスマホをポケットから取り出す。すると彼女が横からのぞき込んでくる。美人である。……ん? 顔が赤いな。風邪か?
「……無いな」
「あれれ? …………あー、違う人に送ってた」
スマホを俺に見せる彼女。
確かに違う奴に送っている。うん、男だな。
「悪い、少し用事ができた。【ほーい、全員集合…………ゴミ野郎(NTR)殺しに行くぞー♪ ターゲットは飯沢だ】送信っと」
「ええーーー! あんた何したの」
「社会的に制裁を与えた。きっと彼の会社はもう…………」
遠い目をする俺と慌てる彼女。
「目的の為なら実家の力も使いこなす。それが俺だ」
「いやいやいや。この間友達経由で無理やり登録させられただけだよ」
「前から気にくわなかったし。敵も多いし。社会的に抹消したらその業界良くなるし。いいことだらけ( ´∀`)b」
と言うわけで俺の彼女に粉かけていたエリート(笑)40代の元イケメンは社会的に死にました。
なので気になったところがあったので即電話。
「あー、おっちゃん。オヒサ! 彼女がどうやら扁桃腺腫らしちゃったみたいで、今から行くけど何分待ち? うん。平気そうかって? 気の強さで立ってるだけな感じ。………うんうん。熱? 相当高そう。おけ! 即搬送する。よろしくです!!」
唖然としていた彼女に手を差し出す。
「ぼさっとするなおんぶしてやるから、医者に行くぞ。予約はいました。保健証はもってるな」
彼女は黙って俺の手を取る。かわいい。
やばい。このまま孕ませて海外出張とかふいにしてやりたい。うむ。やろう、帰宅して体力戻ったらいちゃつこう。その為にはスケジュール調整して……。
などと考えながら彼女を背負い医者へ。
個人経営の奇麗な内科。若先生が受付で待っており、顔パスでおっちゃん先生の診察室に入る。
曰く『手術一歩手前。抗生物質だすから1日見ろ。効かなかったら覚悟しろ』との事、下手をすれば腫れ上がった扁桃腺で窒息もありえたそうで、『彼女の体調管理もできんのか! ささっと同棲しろ!』とありがたい言葉を頂いた。
そして今色々と待合室で眠る彼女を横目に色々と済ませてタクシーを待つ。
「あー、メイちゃんだ!」
若先生が見ている小児科に掛かりに来た女の子が俺を指して言う。
そう、明城商店街のピンクの猫型ゆるキャラ、メイちゃんを俺は着たままだった。
「ママ! ママ! 大ニュース! メイちゃん、ズーレーだった!!」
おいぃぃぃぃ!!! そこの女児!! なんて言葉使いやがる!!
まぁ、心地よさそうに俺の腕で眠る彼女とそれを愛おしそうに抱きかかえる俺を見ればそうもなるかもしれんが。
「大ちゃん、タクシー来たよ」
若先生の奥さんが教えてくれたので彼女をお姫様抱っこしようとしたところで自分が半透明になっていることに気付いた。そして、彼女もそれに気付いたのか俺に手を伸ばし…………。
「おめでとー! 貴女は、この私の手駒として着ぐるみファイト! に参加することが決定したわ! 喜びむせび泣くことを許可するわ!」
気付けば白い空間。一人ピンクのドレスで両サイドに金髪のロールパンを装備した高飛車少女が白い椅子に腰を掛け、サイドには白いテーブル。呑みかけのお茶を少女は手に取り優雅に飲み込む。
切れた。
どんな状況で呼び出してやがると。
それから暫く少女と口論した結果。
「もうしらない! 勝手にすればいいわ!!」
少女はそう言うと書き消えた。
物の怪の類だろうか。
「お嬢様が大変な失礼を……」
続いて現れたのは黒髪美女であった。美女はこの神々の遊び『着ぐるみファイト!』について教えてくれた。要するに、神界でもゆるキャラブームが来ているようで、『着ぐるみに肉を与えて競わせたら面白くない?』と1級神の会議で決まったらしく。地球の創造神もノリノリでそれに応じたらしい。
その結果が現在の俺らしい。
渋々、一回戦を戦った。相手はリンゴの国のなんちゃらという熱心に活動していたキャラクターだった。一応俺、柔道有段者なのよね。という事で、テレフォンパンチにカウンタで投げ技。グランドで関節技。一方的な展開に観客からブーイングが飛ぶ。『もっとマジカルな展開を期待したのに!!』大体がこんな意見である。いや、マジカルってやったことないのにできるか!!!
さて一回戦はその後、芸術審査があった。テーマは『あざと可愛い』である。腐ったリンゴではなく、世界的な食べかけリンゴの様な対戦相手のキャラクターが先行してくれた。が、中の人が真面目だったのだろう戸惑っている。ふふ、こういうのはな度胸と思い切りなんだよ。という事で俺のターン。結果から言おう、圧勝でした。
ちなみにこの『着ぐるみファイト!』負けてもそのまま戻してくれるらしい。その旨契約書の端っこに書いていた。『帰れないと勘違いした奴らの反応を見て楽しもう』という腐った意図が感じられる。
で勝利を決めた俺だが。お嬢様は不満だったらしい。
「なんで寝技よ! そのツメから7色の光線出るでしょ!」
「良く知っているな。そう言う設定だ。だが、本当に出るのか? どの程度の出力で出るのだ? 効果はどのような効果があるので? デメリットはなんだ? 色々不明点だらけだ。直前に知らされた仕様を本番投入など誰ができる。リスクマネジメントを学べ」
お嬢様は頬を膨らませ、顔を赤くしている。不意にさっきの対戦相手を思い出す俺。
「お前、もういい。」
お嬢様がパチンと指を鳴らすと俺は何処かわからない空間にいた。かなり広いその空間は明るいが天井があり、壁がある。そして何故か畑が一面に広がり、レンガ造りの建物もある。
「アノー。貴方イマ、ドコカラ現レマシタカ?」
取り敢えず骨の人が声をかけてきて俺は盛大に悲鳴を上げた。
大人子供は関係ないびっくりして怖かったら悲鳴を上げるのだ。
こうして、俺は何故だかここに住むことになった。
………………何故だ?
カクヨム+α
『メイちゃん、秘密交際発覚!』
記者は見た。平日の昼間、隊長に不良を感じ仲井間医院にかかった時の事だ。周囲の目を気にせず抱き合う二人を目撃してしまった。
(白黒で目線が入った写真掲載)
記者は言いたい。男であればあきらめもつくが女であるのは許せない。女であるならば私でもいいではないか。
では、諸君続報を待て!
「早くお風呂に入りなさーい!」
「はーい!」
幼女がとじたPCにはメイちゃんを応援するブログ。が表示され何かを入力されている真っ最中だった。
のちにお風呂上がりの幼女は、書きかけの記事が飛んでいることに落胆した。
だが、自分が何を書いていたのか完全に忘れてしまい。幼女は悔しい思いを抱きながら眠るのだった。
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