第73話「72話じゃないけど作者的に朝日が目に沁みました…無理しちゃったなぁ……と」
「はぁ!」
気迫のこもった声と反してアユムの腕は、脚は、何時もの様に動いてくれなかった。
「がう(アユム、無理しちゃダメ。この中で一番【聖気を原動力に】生きているのはアユムなんだよ……)」
アームさんが気遣う様に寄り添い、権兵衛さんとワームさんがそれを一歩引いたところから見守っている。
「でも。……弟弟子が苦しんでる!」
視線の先には、白黒タヌキチがいた。
「がう……(あいつは諦めて、もうすでに【反転】しかけてる……やがて融合してしまう)」
黒タヌキチが仕掛けていたのは300年前弟子に継がせた【聖女の術】。その術は体内に宿り周囲の聖気を吸収し、やがて内部から爆発する。そうリムはこれをタヌキチに仕込み融合後の爆弾としようとしたのだ。だがその仕掛けは黒タヌキチがいることによってエネルギーに変換され黒タヌキチの力として還元する術に変わる。ダンジョン型超級モンスターとして巨大な器を備えている黒タヌキチは、神樹の分体、加護を受けた人間、神聖な獣、なりかけの聖女の力を吸収しても許容範囲を超えることは無かった。
黒タヌキチに呼応するように、タヌキチも白い聖獣として姿から、徐々に黒に染まっていた。タヌキチ本人は気付いていないが、その変化は一歩引いたところにいたアユム達には見えていた。
タヌキチと共に戦う師匠達は一人、また一人と戦線を離脱してしまった。
黒タヌキチは人間の技を熟知していた。それは既に執念と呼んでも良いほどに。
黒タヌキチに一度技を見せると次には完全に対応される。3度目には手ひどいカウンターをもらい体の芯から抜けないダメージを残す。
ものの数分でタヌキチと共に戦っているのはラーセンただ一人になった。
英雄と呼ばれた師匠達が大地に伏し、ある者は気を失い、深手を負う。
西の大英雄が成した超級モンスター討伐とて100名からの英雄級と大賢者と言う大戦力をもって成したこと、戦力差を考えれば、この場でまだ誰一人として死者を出していない事が奇跡だと言える。
「殺してないだけだよ。いつでも殺せる。でも、観客は多いに越したことは無い」
「減らず口を!」
「お前は気付いていない。今心に絶望を感じ始めていることを」
「黙れと言っている!」
タヌキチが黒に染まる。その光景はまるで黒タヌキチが2匹になった様だ。
「ようやく僕と同じところに落ちてきたな、僕よ」
「僕はお前とは違う!」
「そうだ僕とお前は違う」
「何に染まろうが、僕はお前を否定する!」
「お前は知らない。その否定すら僕の掌の上であることに」
「すべて悟ったように語るな!!」
黒タヌキチはタヌキチの蹴りをかわすと、ラーセンの懐に飛び込み黒の波動を放つ。神の棍で受けたラーセンだが勢いを殺せず壁に叩き付けられてその場に倒れ動かない。
「あれ? 失敗。殺しちゃったかな……。うん。しょうがないよね」
「貴様!!!!」
タヌキチと黒タヌキチはまるで踊るように攻撃を交わす。
「次はアユムにしようか?」
黒タヌキチはタヌキチの反応に満足した。力の差は歴然、それは師匠達と力を合わせたが敵わなかったことでタヌキチは身に染みた。だから、届くための力を願った。
前述したがダンジョン作物は、聖と邪どちらにも傾ける性質を持っている。アームさんやモンスター達が食の喜びを通じて聖に傾いているのは彼らが無垢であるからこそ、純粋に喜び、楽しみの感情に傾いた結果だ。
だからあえてタヌキチは、黒タヌキチと同じ土俵に上ることを望んだ。
より濃くなった黒のオーラを纏ったタヌキチは、黒タヌキチの前に立ちふさがる。
「守ると言った。お前も知っているだろ。僕は頑固なんだ」
「もちろん知っているよ。その為に煽ったんだから。お前のその表情を見る為にこの場を用意したのだから。……勿論、無力にも守るべきものを一つづつ失っていくお前の表情を楽しむためだからな」
黒タヌキチは口角を上げると、タヌキチの視界から消えた。
咄嗟にタヌキチは後ろに飛び回し蹴りを見舞うが、それは空振りに終わる。
もはや何をしても届かない。黒タヌキチは一瞬でアームさんたち3体のモンスターを蹂躙するだろう。そして……。
タヌキチは最悪の想像をして唇をかみしめた。
だが、それは突然やってきた。
さも平然と黒タヌキチの頭を掴み持ち上げたそれは、のんびりとした口調でいった。
「……えっと、【こんにちは、デリバリー神獣です。異世界から来・た・よ。おんぷ】」
カンペ棒読みでした。
半開きでやる気のない眼とは裏腹、黒い着物を身に纏い、美しい黒の長髪、整ったお顔と、存在感のある胸部、くびれた腰と上品なお尻、頭部に装備ケモミミが獣要素なだけ、そんな誰の目も奪うような輝く20歳位の美女は抵抗する黒タヌキチを、ほんの少し、掴む力を強くするだけで強制的に黙らせる。
……あ、ブラック様この方も?
えっと、ポテチをボリボリむさぼってないで。あ、どっからコーラ持ってきたんですか! 分けて!
……あ、うん。なるほど、そう言う事ですか……。
本人観戦モードなのでお伝えすると、神界との間に超級モンスターが結界を張った直後、神様会議で対策を検討されたそうです。1案目として大陸西部の【この世界の】神獣様を派遣する案。こちらは、そもそも連絡がつけられない事から諦めることとなり、2案目として【地球】の世界でこっそり神獣様として活動していた、この黒髪美女に依頼する案が出て、幸いと言うべきでしょうかブラック様が美女とコネを持っていたこともあり、2案目が採択され、依頼したそうです。
ちなみに、この世界と神界の関係が縦であれば、この世界と地球と呼ばれる世界との関係は横。
縦には【世界と絡めた厄介な結界】があるが、異世界にはない。神界から異世界経由で軍勢を送ろうにもそれは異世界を管理する神々に少なくない影響を及ぼす。その為あの美女に依頼して動いてもらったそうです。
「うーん。早く帰って旦那様とイチャイチャしたいのでスパッと滅しちゃうね」
美女はそれだけ言うとぐったりし始めた黒タヌキチを宙に放った。
「えっと、確か。かーめー〇ー……」
「すとーーーーーっぷ! お姉さん危ない! その技は危ない!!!」
タヌキチが美女の腰にまとわりつく。……ウラヤマけしからん。
美女は光りだした両手を下げると、【もう面倒くさいな】とばかりにタヌキチをつまみあげる。
ドサ
先ほどまでラスボス臭を臭わせていた黒タヌキチは痙攣しながら床を這う。逃げようと必死だった。
「じゃぁ次はこれ、えっと……レイガ……」
指に光が溜まる美女。悲しそうに首を横に振るタヌキチ。
「………これも駄目?」
激しく首を縦に振るタヌキチ。美女は音もなく黒タヌキチを回収すると初期位置に戻してタヌキチのいる場所に戻る。
「あれ、つかまえていてくれたら、タヌキチちゃんのいう技で〆てあげるよ…………どうせ君も消さなきゃいけないからね」
美女の冷酷な発言に身震いするタヌキチ。……ん、頬を染めてやがる。【冷たい視線! あざーっす!】と言いかねないタヌキチ。権兵衛さんはアームさんとアユムに【教育上よくないから見てはいけない】と言い聞かせている。
「オリジナル技でお願いします」
タヌキチはそう言って土下座をする。なんとなく美女の足元近くで土下座して何かを期待している様だ。
「わかった。じゃあ、抑えてきて」
ご褒美をもらえず渋々タヌキチは立ち上がるとゆっくりと黒タヌキチの場所へ向かう、その足取りは何故か名残惜しそうだ。
黒髪美女は、袖からスマートフォンを取り出すと慣れない手つきで何か入力している。
ピロリロリン
……ブラック様、ここ職場なのでマナーモードで……と言うかなんでスマホ持ってるんですか! ……うん。もうあきらめました。貴方なんでもあり何ですね……。ん? あの美女からチャットで【いい技ない?】って来たって? 気軽ですね。まぁ、この部屋だから通じてるんですが……。あ、聞いてねぇ……。
タヌキチ達に眼を向けると何か低レベルな罵り合いをしていた。【腰にしがみついたお前の表情酷かったぞ! このエロダヌキ!】【うるさい! お前だって同じ存在なんだからその場に居合わせたら同じことするだろ!】等々。
深刻なダメージを受けていた師匠達は、図太い生命力で全員生き残っておりアユムの近くで【気つけだ! 呑むぞ!】とどこに忍ばせていたのか酒を飲み始める。
混乱の最中、ブラック様から返信をもらったのだろう美女はスマホを見つめて首を傾げている。続けて受信したのは多分動画である。スマホを見ながら納得してタヌキチ達に向き直る。
その表情は、無気力の中にもどこか自信に満ちていた。
「タヌキチちゃーん。そろそろやるよー」
「はーい、おねぃさま!お待ちして居ました!!!!!」
「おまっ! ひくわー、同じ存在としてその態度。ひくわー」
ドン引きの黒タヌキチ
「黙れ! おねぃさまの技(ごほうび)を頂けるんだ! 黙って受けろ!!!!」
タヌキチ君。ドン引きだよ。君、毎回満足して消えてたのってご褒美だったの?
タヌキチは黒タヌキチを抑え込むと美女を見る。美女はそれをうけ、技に入り込む。
「いくよ、気功h・・・」
「「あうとーーーーーーーーー!」」
胸元で三角形を作っていた美女が面倒くさそうに溜息をつく。
「僕よ! 本当にこの終わりでいいのか? 僕はヤだぞ! また誰にも残らず。終わってなるものか! 僕はここに居るんだ! 誰かの心に残りたいんだ! 僕は無価値じゃない。頑張って生きてるんだ!!」
黒タヌキチの心の声がようやく口から漏れ出た。それをうけタヌキチは呆れた様に息を吐きだす。
「僕よ。300年も前の技が何故継承されているかわかるか?」
「……」
黒タヌキチはうつむいたまま押し黙る。
「僕よ。300年前超級モンスターになった僕に一番敵意を向けてきたのはエルフの聖女だったんだが心当たりないのか?」
「……」
「僕が言えた義理じゃないけど、お前は周りを見た方が良い。欲していたものは既に手の中にあるのかもしれないよ」
「……」
史上最後の聖人とその弟子である聖女たちの美談は大陸中央で有名の話である。
弟子たちも、【エロかったけど、偉大な師匠だった。エロかったけど】と伝えている。
「…………ちょっ! エロはいらなくね?」
あ、こっちの声に気付いた。
「男がエロくて何が悪い!」
「いや、そう言うのはかくしてなんぼじゃん!!!!」
「ねぇねぇ、もう、その思春期トークは済んだかな?」
タヌキチ達が目を向けると軽く上げられた右腕、人差し指だけ上に向けている。その指の先には美女二人分の直径にまで成長した光の玉。
「まさかの! 元気玉!?」
「ちがうよー、東京のプロサッカーチームのマスコットキャラクターと同じ名前の技だよー。いくよー、ドドン……パ!」
美女はそう叫ぶと人差し指をタヌキチ達に向ける。すると光の玉は高速でタヌキチ達に向かう。
「「いやマスコットの方は! ドロンパ! てか狸つながりだけど、強引!!!」」
2人の声が揃い。そして、いつの間にやら抱き合って最後をまつ。これまでの様に苦痛もなく、一瞬で消えられる。
最後の瞬間、タヌキチが黒タヌキチを見ると先ほどの話しを思い起こしてか、上機嫌で笑っていた。
タヌキチは今回も満足して超級モンスターとしての生を終わらせた。
・・・
・・
・
「・・・・・・・・・たぬきち・・・・おーい・・・たぬぽん・・・・おーい、F●東京」
「それはドロンパ!」
タヌキチは、いや海狸(かいり)は机の上に伏せていた上半身を勢いよく起き上がらせ、親友である啓介にツッコミを入れる。突っ込んでおいて海狸(かいり)なんとも感慨深いツッコミである。
海狸(かいり)はハーフである。母親がアメリカ人であるがその特徴は一切受け継いでいない。海狸(かいり)の下に2人妹がいるがそちらにはしっかりと受け継がれている。日本的な美人要素として受け継がれている。
タヌキチはいい意味没個性である。
「居残りで勉強してるかと思ったら寝てるし……」
メガネ少女の穂香(ほのか)があきれたような口調で海狸(かいり)を見下ろす。
その横で啓介が笑顔である。
「……カイ、なした? 顔が変だぞ?」
何かを察した啓介が海狸(かいり)の顔を覗き込む様に見つめる。いつもなら変に照れて視線を外す海狸(かいり)だが、今日は視線を外さない、何かを決心したように、堂々と啓介を見つめ返す。
「お前ら、陰で僕の事をタヌキチってよんでるだろ」
不意の話題にギクリとする2人。海狸(かいり)の名前の由来は、母方のファミリーネーム、ビーバーにある。ビーバーの日本語読みをそのままもらったのが海狸(かいり)。狸を名前に入れており。本人も外人要素もないハーフで、のほほんとしている。その落ち着きっぷりからタヌキ、タヌキっち、タヌキチとなった。本人に言うと非常に機嫌が悪くなるので陰で呼んでいたりする。
「その名前、気に入った。堂々と呼んでくれていいよ」
海狸(かいり)のあまりの変わり様に、2人は目を白黒させ驚く。しかし、タヌキチは2人のことは気にせず続ける。
「僕はタヌキチ。これから農業を勉強する。そこから商売起こして本当の意味で百姓を目指すよ。日本の農業勉強して、アメリカの爺ちゃんとこでも勉強して、やれることやってやる!」
(そして、僕はアユムが驚くような美味しいものを作って見せる!)
やる気をたぎらせるタヌキチを横目に2人は相談する。
「農業ってタヌキチみたいな根性なしじゃ無理じゃね?」
「うん。無理だと思う。今のうちに止めなきゃ。と言うかこの勢いだと大学もそっち系選びそうだよね」
「うっわ、どうやって止めようか……」
「どうしようか……」
頭を悩ませる2人が目に入って居ないタヌキチは妄想の世界に旅立つ。
妄想の世界で、目を丸くしてタヌキチのトウモロコシにかぶりつくアユムがいる。
タヌキチにとってアユムは初めてできたライバルであった。
こうして、タヌキチの将来を案じる親友たちと、お気楽癒し系タヌキチの愉快な日々が始まるのだった。
(2章完)
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