第63話「釣りとは自分と向き合う者」

「どうするの?」

「いくよ」

「じゃあ、私は……」

「もちろんいくよ。タバサ、俺が付いている。安心してくれ」


イット達はコムエンドの目と鼻の先の山小屋をキャンプ地にしていた。彼らの目的である超級モンスターはコムエンドに出現する。神々の予想である。ほぼ確定事項だ。


 そのためにイット達はエルフを送り込み、コムエンドを調査した。実際に赴いて悪魔ちゃん(アルフノール)と悪魔見習いによる調査が行われた。主に魔法力の流れを調査していた。万が一の時に動けるように神殿との連携もバッチリである。

 一方イット達が滞在しているところは見た目単なる山小屋なのが残念だが、パーティメンバー5名で問題なく住める広さがある。彼らの悪評轟くコムエンドに向かう必要はなく超級モンスターを監視できるのが利点だ。


 だが……。


 2日前。ちょうどアユムが決勝を戦っていた頃の話だ。魔法力の流れが激変した。

 前日よりイットがアユムを遠目に追いかけていた頃は何もなかった。なので悪魔ちゃんこと巨乳神官アルフノールも油断していた。


 離れていても分かる程にこのコムエンド周辺の魔法力の流れが変わったのだ。離れた場にいても、居眠りしていてもアルフノールはその違和感に気づき、イットをどかしてエルフに入る。

 目の前には先ほどまでエルフ(イット)が拳を握って応援していたアユムの試合が目に入る。アユムは気付いていないが、対戦相手の狸はこの地を流れる魔法力の流れに絡まれていた。本来あり得ないことだ。

 本来ありえないことと言えば異常事態を察知して飛び込んだ神殿から神への交信ができなくなっていた。

 まさに異常事態だ。

 アルフノールがやるべきことはやはり神との交信である。こちらの情報と神界での情報を結合しなければ、超級モンスターなど相手にできるはずもない。超級モンスターとは発生すれば複数の下級神派遣してやっと討伐される代物だ。悪魔ちゃんたち亜神が束になって何ができるか……、勝利を想像することはできなかった……。

 そんな超級モンスターだが20数年前大陸西部で大英雄と賢者が打ち倒している。これは神樹を含む担当神の大きなポイントとなっている。悪魔ちゃんとその神が狙っているのはそれの再現だ。

 大陸西部の出来事を再現するにはまず彼らが挑んだ時の戦力を再現する必要があるだろう。

 まずは賢者と大英雄。

 賢者に関しては悪魔ちゃんの本気とリムが操る(使い捨てになってしまうが)聖女の力で代替が効くだろう。大英雄に関しても、一撃だけであればイットの全てを投げうって再現できるだろう。

 次に彼らの配下英雄級冒険者100名。

 こちらはこの街にごろごろ居る英雄級が対応せざるえない状況が作り出せれば、コムエンドの街が襲われれば大丈夫だろう。

 賢者と大英雄の位置が不安だがそこは神剣使いのアユムに代替してもらおう。

 戦力的にはギリギリだ。それがけにイレギュラーは致命傷である。


 だから……。


 悪魔ちゃんは焦っていた。


(戻る?そんな時間あるか?)


 近場のコムエンド以外の神殿は馬車で3日目かかる距離にある。

 行って帰って1週間。超級モンスターを打つためのチャンスが消えてしまう。

 イット達は強くなったとは言え、まだまだ英雄級とは程遠い。

 彼らの潜在能力を未来の分まで使い果たしてやっと。ギリギリ切り札が使えるかどうかの状況である。今回を逃せば。もしコムエンドが壊滅して仕舞えば、彼らの助力を得て超級モンスターを討ち果たす機会はないだろう。


 なので


 彼らはコムエンドへ向かう。リスクは大きい。だが、得られるものも大きい。イット達のことは悪魔ちゃんの持つ神殿の権限を行使して守ろう。


 こうして彼女たちはコムエンドの土を数カ月ぶりに踏む。

 罪悪感と使命感を胸に。

 ことが終われば彼女たちは『救世主』と『英雄』と呼ばれるだろう。

 


 きっと………


     ☆          ☆          ☆


その頃、ダンジョン36階層では。


 「釣りはええのー。心が洗われるわい」


 ラーセンが晴れ晴れとした表情で釣竿を振る。

 次の瞬間、ラーセンの頭上に影が差す。


 「タヌキチ君。またモンスターだよ!」

 「アユムこいつも毒もち! 倒したら神剣(イックン)で浄化して」

 「キュウ!(こいつ毒々しい色合いのイカ(イックン)、みたいだね)」

 「おう狸! ワシに喧嘩売っとるんか?」


 毒イカの触手攻撃をかわしながらなんとか倒したアユム達だが、休む暇なく次が来た。


 「アユム! 大当たり! こいつの内臓、めっちゃ美味しい! 醤油垂らすと最高よ!」

 「キュウ!(巨大ウニじゃー! 夏場が時期だ! せい! 閃光拳!)」

 「タヌキチ君。食欲絡むと技の冴えが違う! 負けてらんないや! 奥義・烈斬!」


 タヌキチが砕いたところにアユムは片手剣を添えて両断する様に奥義を発動させる。

 巨大ウニはウニウニと動きながら息絶えた。


 「皆の者! ごちそーよ!」

 「ワシ先にいただいとります! うまー! このクリーミーな甘み! 米が欲しいねん!」

 「米って何ですか?」

 「キュウ(できれば酢飯で、うに丼!)」

 「おお、わかるか狸?」

 「キュウ(わかりますよ。兄さん)」

 「あれは2百年前………」


 イックンの語りが入った隙にアユムとマールとラーセンが得物の解体作業に入る。


 「……う、うーん。これ本当に美味しいんですか?」

 「大丈夫よ。神王国では神王が好んで食べているそうよ」

 「うむ、あの方はその為に首都を海の近くに遷都させようとしたことがあったのう……」


 解体、水魔法で洗浄してオレンジの肉をスプーンですくって口に放り込むアユム達。アユムは初め眉を寄せ、次第にその食感と甘味に表情を崩す。マールもラーセンも同じだ。


 「これ狙いで行きましょう!」

 「うむ。では海底の潜って狩ろうぞ!」

 「「「おー!キュウ!」」


 ノリノリで36階層海底に潜ったアユムたちは。そこで扉を発見した。


     ☆          ☆          ☆


 「申し訳ございません。神殿が何と言われようともそちらの皆様が現れましたら領主様に謁見いただかなければ街の中にはお入れできません……」

 「緊急自体なんです。一刻も早く神にご報告せねばならないのです」

 「申し訳ございません。我らといたしましても領主様のご指示としか言いようがございませんので……」

 「神殿を軽視されているのですか?」


 コムエンドに入ろうとしたところで止められたイット達は、かれこれ1時間ぐらい同じような押し問答を繰り返していた。領主は今15階層で宴会中である。多分3日は戻らない。つまりイット達は否応なしにここで3日間は野宿しなければならない。


 しかし、そこに助けの手が伸ばされる。


 「そこまでにしてもらおう」


 変装魔術を解いたダジルが悪魔ちゃん(アルフノール)と門番たちの間に口を挟む。

 「あれ。ストーカーじゃない?」とリムがイットにささやく。イットは今男装中である。どう見ても中世的な顔立ちの男性冒険者のいで立ちであった。仲間すらだまし切ったその変装にイットは自身を持って立っていた。


 「貴方は?」

 「我こそは第四王子ダジル。これが王家の者である証だ」


 右こぶしを突き出しダジルは門番に王家の紋章が入った指輪を見せつける。

 本物であれば一大事だ。偽物であれば重罪だ。

 門番の同僚たちが足早にダジルの馬車へ向かい中を覗くと、居心地の悪そうなエスティンタル、メアリー夫妻が乗っていた。

 門番は仲間が高速でかけてきて情報を伝えられると青い顔になる。


 「紙をくれ、一筆書こう」


 ダジルの言葉で現実に戻ってきた門番は急いでダジルを詰め所へと案内しようとするが、ダジルはそれをそっと手で制して、イットの前に立つ。


 「美しきご婦人よ。ようやくご尊顔を拝見できましたな。今は先日の様に想いを伝えることは致しません。しかし、覚えておいていただきたい。………私は諦めはしない。きっとあなたのお眼鏡にかなう男になって見せます」


 それだけ言ってダジルは一礼すると、案内を受け詰め所へと向かった。

 取り残されたイットは乙女の表情で顔を赤く染め上げている。

 リムはストーカーが王子様であったことにかなり衝撃を受けて固まっていた。

 更に、馬車の中では夫妻対照的な感想を抱いていた。


 エスティンタル「更生が大変そうだ……というか、弟よ。お前も一緒だ」

 メアリー「きたーーー! まさかのイット×ダジル! いいわ! 王妃に良いお土産話ができたわ!」


 その日から『ダジル、男色』が巷で噂になり、ほのかにダジルへ好意を寄せていた女性が複数名いなくなったとかなんとか。



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