第62話「やつはいるんだ! いつもそこに!!」

 「キュウ(何かが起きている気がする!)」

 タヌキチは強く主張した。頭に小さなアフロを乗せて。もちろんカツラである。

 「がう(それは主に君の頭で起きてると思う!)」

 「ちょっ、アームさん。そこ気になってたけど触れなかったのに……」

 「ボウ(アユム、あえて空気を読まないのがアームという奴だ)」


 格闘大会もつつがなく終わり、祭りの後の休みの期間を利用して師匠達が15階層に集っていた。戦闘系の師匠達は昼から宴会とかしている。逆に生産系の師匠達は15階層の施設の改造や、アユムの作業をみて色々指導を入れている。特に今回一番多く弟子を引き連れてきた、酒蔵に婿入りした弓使いグランはタヌキチがミミックから仕入れたアッライムというこぶし大のブドウ。以前から話題に上がっていた作物を利用して酒造りに励んでいる。


 色々と師匠達の指導を受けながらも、アユムは自分の本業、畑の世話をする。畑に入るとやはり何故だか土に作物に力を感じない。モンスター達に言わせると『体を駆け巡る衝撃が若干薄らいだ』とか。アユムも『甘味が薄くなった』と認識している。


 だが、その作物たちもアユムがお世話を始めると打って変わって元気になる。

 それまでの作物は料理や調味料の原材料に回して、今日とれたての作物で夜間宴会を始めた。

 そして、子供グループ内でタヌキチのあの発言である。


 「がう(冗談はさておいて、自分も何か変な感じはある。明日当りお母様に聞きに行ってみるよ)」

 「ボウ(確かに。変な感じはするな。……しかして、タヌキチよ。動物であるお前が何故そんなことが分かる?)」

 「キュウ(それは僕が特殊な『人間』だからだよ)」


 タヌキチがそう言いきると、アユムとアームさんと権兵衛さんは優しい表情になる。


 「キュウ(いやいや、なんでそこで『可哀そうな子』を見る目になるの? 可笑しいじゃん。こんな小さくてかわいい狸が、こんなにも人間みたいなことするなんて。あと、この尻尾もおかしいと思わなかった?)」


 そう言うとタヌキチは尻尾に魔法力をこめ魔法剣のように振るう。


 「がう(中二病患者?)」

 「ボウ(特殊ではあるが十分に動物の範囲だ)」


 一同、賢者の娘の護衛、ハンターウサギのぴょん太を思い出す。『あ゛? 気やすく回想に出してんじゃねーぞ! 屑が!』。あの子も動物枠でした。


 「キュウ(やだ、何そいつ。こわっ)」

 「がう(タヌキチ、しっ。神王国では『壁に耳あり、障子にメアリー』っていって、陰口叩くと本人に伝わっちゃうから気をつけなさいってメアリーさんに怒られるらしいよ)」

 「ボウ(若干間違っているが、噂をすると賢者の娘とセットで来そうだな……アユムは喜びそうだ)」

 「キュウ(どういう事?)」


 ゴシップに喰いついたタヌキチとアユムを見ながらウキウキのモンスターズ。

 すっかりタヌキチの悩みよりアユムの憧れの女性の話になる。

 その話は周りにいた新参のモンスターを呼び込んで盛り上がっていった。


 「アユムー、封印解いてやるからこっち来い」


 師匠達の中から助け船が出される。


 「何だ。封印してたのかヒュルバン?」


 呪術ヒュルバンは青果店の店主である。籠一杯のダンジョン作物をお土産に上機嫌だ。


 「ああ、リンカーが『技術、特に戦闘経験の薄いアユムは圧倒的な戦いをしがちだ。だから力を封印する』って言ってな。……なぁ、そうだよな? 最近寡黙キャラが薄くなったリンカーよ」

 「……一言余計だ。だが、事実だ」

 「マジか。あの試合見て。うっかり地獄の特訓入れてやろうかと思っちまったぜ」


 不穏当な発言と頷く多数の師匠達。思わず逃げ出したくなるアユムだが、そんな事不可能なのはアユム自身一番知っている。


 「あんたら、まーたアユムで遊んでるのかい?」


 そこに現役最年長冒険者。齢60を超えてなお一線級の実力を持つ魔法拳士オーノルが孫でもあり愛弟子でもある残念イケメン、肉屋サントスを引き連れて現れる。


 「そんなこと言って、ばーちゃんさっきまで『お、またアユムで面白そうな修行かな? サントス。あんたも鍛えてもらえ』とか言ってたじゃん。とばっちり来なくてよかったけどさ。てか、アユム封印状態で優勝したのか、すげぇな………」


 話は封印の話に戻りまたその場でわいわいと会話が続く。

 ここで封印について話しておく。


 封印については大きく2種類に分かれる。

 1つ目は、存在自体を封じる封印。これは主に神の眷属たちが実刑を受ける際に使われる高等術である。人類はその存在を知ってはいるが実行できるものは少ない。

 2つ目は、力の封印である。これに関しては一番有名なのがレベル神殿の神官が施すレベル封印だ。

 これは『レベル上昇で肉体変化している肉体を一時的に機能停止させる術』である。レベルシステム導入時に神々の間で施された安全装置と言っていい。大陸西部では高位冒険者になると少なくとも『街中では』2段階封印することが義務付けられている。町人の平均レベルが5~10程度の所でレベル100越えの冒険者が居れば、それは安易に犯罪に走ってしまう。と思われることを回避したいという思いからなのだとか。ちなみに、アユムたちが住むこの国では『犯罪者はレベル停止』という神官が行える最大級の封印が成される。


 アユムについては2つ目の封印とアユムの体内で巡る力に呪いをかけ発動を妨げるようにしていた。

 その後やっぱりこっちでも酒の肴になったアユムは2時間後位にようやく封印解除されるのであった。


 「がう(でね。その時賢者の娘がアユムに微笑んだら、アユム真っ赤になっちゃって。言葉もしどろもどろだしさ、なんかかわいいよねー)」

 「キュウ(いいなぁ。恋してるな。僕も一回、賢者の娘様見てみたい)」

 「ボウ(やめておけ、あの娘は………とにかくやめておけ………)」


 絶世の美女と言われる賢者の娘を想像してタヌキチは頬を緩める。この可愛らしい動物なら抱き上げてその豊満なボディーに密着できる等。うん。本人目の前に居なくてよかったね。


 結局彼らはその後タヌキチとアームさんたちが感じた不安な気持ちについて真面目に考えることをやめた。

 まるで祭りの余韻が漂う宴会は、最近15階層まで足を延ばし始めた冒険者たちを巻き込んで朝まで続いたのだった。


 翌朝。


 「がう(お母様。お土産持ってきたよー。でもあれでしょ? どうせ昨日はこっそり混ざってたんでしょ? ならここで、俺も一緒に……)」

 「ボウ(アーム、ろくでもない事を言う………)」


 マスタールーム。ダンジョンマスターが常駐する部屋。ダンジョン管理の要であるこの部屋。


 「がう(不在?)」

 「ボウ(いや、書類が散乱しているが、重要書類が無いぞ……これではまるで……)」


 権兵衛さんはそこで言葉を切る。

 『いや、まさか』と言う思いがそれを打ち消した。


 まるで、このダンジョンから逃げ出した様な、慌てて重要な物だけ持ち出した様な、マスタールームはそんな荒れようだった。

 

 「がう(うん、これお土産は持ってかえってみんなで食べよう!)」

 「ボウ(だな。書置きだけ置いていくからアームは先に戻ってくれ)」


 権兵衛さんはマスタールーム残り、部屋の状況から下唇を噛み締める。そして戻ったらタヌキチと真面目に話をしようと心に決めて、まだ母の香りが残るマスタールームを出るのであった。



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