第60.5話「格闘大会2日目午後の部2」

 時刻は13時。見上げると青く澄み渡った空。一歩会場に踏み出すと音声魔法道具によるアナウンスがコロシアムに響き渡る。


 『クラス20準決勝、第二試合。東より入場はアユム選手』


 事務的な口調のアナウンスに会場が沸く。足を止めて見回すと会場はほぼ満席である。通路の壁際に寄りかかりながら見ているものもいる。

 アユムは組織委員に促されて会場の上に立つ。

 会場はざわめきが納まらない。半分は雑談である。残り半分はアユムの話をしている様だ。

 会場に立ち、多くの観客の視線を意識してしまいアユムの背に再び緊張が走る。平然となどしていられない。ドキドキが止まらない。アユムは自分を落ち着かせようと深呼吸をしていると、会場から大きな歓声が上がる。


 『クラス20準決勝、第二試合。西より入場はヒルカ選手。ヒルカ選手は昨年度優勝者です』


 ヒルカが反対側から入場してくると一部観客が立ち上がり野次や声援をヒルカに投げかける。

 アユムと向き合うと苦笑いを浮かべていたヒルカの表情が一気に引き締まる。


 「…………」


 ヒルカは普段は優し気なイケメンである。ヒルカはその場で上着を脱ぎ組織委員に手渡す。鍛えられた筋肉があらわになり、一部から黄色い歓声が沸く。

 アユムはそのヒルカに合わせて魔纏を纏う。そして右拳に青い光。左拳に赤い光を宿らせて相対する。

 クラス60の中堅選手が見せる様な複合技である。


 ヒルカはその脅威を正確に理解して、そしてほほ笑む。


 ヒルカは魔纏を使えない。クラス40へ上がりそうな選手である。未熟な魔纏は使えるが今、この相手にその様なものはかえって不利になる。


 『では。クラス20準決勝、第二試合! 始め!!』


 アナウンスが会場に響き。アユムとヒルカは腰を落として向かい合う。

 頬を伝う冷汗と互いの殺気でヒリヒリする感覚が会場を飲み込む。

 手に汗握る睨み合い。

 状況は一方的にヒルカの不利に見える。

 素手のヒルカに対して、アユムは武装として魔拳、防具としての魔纏を纏っている。

 魔纏はリーチの差を補い、魔拳は攻撃範囲を把握しずらくしている。


 睨み合いは互いに細かいフェイントを入れつつ円を描くように回る。

 それは互いに立ち位置が反対になった時の事だった。

 アユムの視線に貴賓席が目に入る。

 アームさんをチカリに奪われて、少し涙目のアリアンナがアユムを見ていた。

 アユムの心に対抗心が沸く。アリアンナの視線が『その程度? 口だけ庶民』と言っている様に見えたからだ。


 一歩前に出るアユム。一歩後ろに下がるヒルカ。

 そのままじりじりと追い込むアユム。コロシアムでは場外負けもあるのだ。何故打ち合いに応じようとしないのだろうか。

 普段ならその疑問に足を止めるアユムだが、会場の雰囲気に、この緊張感に、何よりアリアンナへの対抗心にアユムは惑わされていた。

 追い込んだヒルカを確実に一撃見舞おうと拳を伸ばすアユム。

 「狙っていたよ!」

 だが、ヒルカの声がアユムの背後から聞こえてきた。

 攻撃の為に前のめりになっていたアユムは一瞬愕然としながら咄嗟に前へ進む勢いを横へ後ろへ逃がそうとするが、その前にヒルカの掌底がアユムの背中を押す。

 止められない勢いが追いた。その場で転がり落ちなかったアユムは褒められるべきだろう。

 だが、前のめりのまま会場縁まで進み、つま先立ちで何とか止まるが予想通りヒルカの追撃がアユムを襲う。アユムはとっさに魔纏を左右に伸ばしヒルカの一撃をその場で堪える。

 覚悟した一撃は思いのほか強い衝撃としてアユムの体に駆け抜ける。

 場外落ちを回避したアユムは反撃の一撃を回し蹴りという形で返す。ヒルカに当たると思われたその蹴りは空を切る。


 向き直ったアユムは体の芯に残るダメージが、想像以上に重く圧し掛かるのを感じており、その表情は暗い。

 対してヒルカは先ほどの一撃で決まると予測しており、余裕の表情だが反撃までもらうとは思っておらずこっそり背中に冷たい汗をかいていた。


 再び睨み合いが数分続く。圧倒的不利に回ったアユムは回復に努めようとするが、その都度ヒルカが行動を起こそうとする。その為ダメージは残ったままだ。


 対してヒルカは決定打を持っていなかった。必勝パターンにアユムを嵌めたのだが、残られてしまった。完成度の高い魔纏を使うアユム相手に、手数だけで勝敗を決める技をヒルカは持っていない。規格外の新人アユム。全く持って厄介な相手だとヒルカは策略を巡らす。


 そして決め手のないまま試合は続く。

 攻め手に出たのはアユムである。幾度かわされ反撃をもらおうとも不屈である。


 10数度目のアユム攻撃でついにヒルカはかすり傷を負う。


 「ああ、そう言う事ですか………」


 息が上がり辛そうなアユムがいう。

 そして、『幻影でぶれていた』ヒルカの本体めがけて拳を振るった。

 ヒルカは未熟な魔纏を使いアユムをいなす。


 観客から歓声が沸く。

 試合が動いた。


 攻撃防御共に強力なアユムが暴風の様に攻撃を振り回す。それは的確にヒルカを捕えており、ヒルカは受けることはできず、かわすもしくはいなす。その度にアユムに攻撃を加えるヒルカだが、その表情は攻撃しているヒルカの方が辛そうだ。


 そして………。


 「ありがとうございました。勉強になりました」


 回復に成功したアユム。息も絶え絶えなんとかかわすヒルカ。

 アユムは絶対の自信をもってヒルカにその台詞を送る。


 次にアユムは加速した右こぶしを振るう。

 それは確実に当たるとヒルカに覚悟させるが、当たる直前にヒルカは気付いた。

 『幻影か………』

 次の瞬間、腹部を襲う激痛に意識を刈り取られながらヒルカは満足げに笑みを浮かべていた。


 アユム勝利のアナウンスが会場に響き、歓声が沸く。

 同時にアユムは術を解いて、その場にへたり込んだ。


 (やばい。決勝戦まで1時間半か……)


 体の芯に残るダメージは回復魔法では戻らない。

 失った魔法力も戻りはしない。

 寝て少し回復するだろうか。


 (まいった。甘く見ていた。師匠達に鍛えられて調子に乗ってた………強い。本当に強い)


 ヒルカを送った救護班とは別の救護班の肩を借りてアユムは退場する。

 そのまま救護室で眠りに落ちた……。


 「………………アユム選手。アユム選手」


 肩を揺らされアユムの意識は徐々に覚醒する。まだぼんやりとする意識のまま組織委員に手を引かれコロシアムを進む。


 「呼ばれたらお願いしますね」


 そう言われ、アユムは意識を覚醒する。

 そして自分が対戦相手を確認していない事に気付いて苦笑い。

 クールビューティーのヒルデ選手か小柄なビーバー選手かどちらっだろうかとアユムがのんびり考えていると場内アナウンスが響く。


 『クラス20決勝! 東から入場してくるのはビーバー選手だ! 大会最小の黒ずくめがついに決勝まできた!』


 オルナリスの楽しそうな声が響く。準決勝の事務的なアナウンスも良かったがこれもこれでよいなぁとアユムは思った。


 『次だ! 西から入場はアユム選手だ! まさかの大番狂わせで俺にお小遣を追加してくれた狂戦士! ついに決勝まで登ってきた!』


 通路を抜けて会場へ。クラス40の準決勝を挟んでいるので会場は熱狂に支配されていた。どの顔も笑顔だ。


 アユムはビーバーと向かい合う。相も変わらずビーバーの表情は見えない。


 『紳士、淑女ども! クラス20決勝開始するぜ!』


 オルナリスの言葉に観衆から「おおおおおおお」という地響きのような声援が続く。


 アユムは魔纏を展開する。相手も同じような雰囲気を感じる。

 アユムは先ほどのダメージが抜けきらず、積極的な行動を控える。

 つまり、先に動いたのはビーバーだった。


 一気に距離を詰めるとラッシュを開始する。

 魔纏と魔纏がぶつかり合う音が会場に響き、会場の真ん中で激しい打ち合いが行われる。


 アユムはここで違和感に気付く。そしてその違和感をついて蹴りをビーバーの背中に叩きこむ。


 黒ずくめがボロボロになりながらも堪えるように踏みとどまるビーバーにアユムは言い放つ。


 「その衣装で僕に勝つ気なの? 弟弟子」

 「………」


 ビーバーから驚きの空気が湧き上がる。

 試合中にもかかわらず、無警戒にビーバーはオルナリスを見た。


 『ビーバー、正体をさらすことを許可する』


 自信に満ちたオルナリスの声にビーバーは少しうれしそうに黒ずくめの服を一枚一枚脱いでいく。


 「キュ!(待たせたな! 兄弟子)」


 人型の魔纏を身にまとったタヌキチが小さな前足を上げる。

 どよめく会場にオルナリスの声が響く。


 『ビーバー選手改め、リンカーの愛弟子。狸のタヌキチだ!! 俺が参加を許可した動物枠! レベル21は確かだぜ!』


 観客のざわめきが続く中、アユムとタヌキチは頬が緩むの止まらない。


 「いいねぇ。この大舞台で、君と戦えるのは嬉しいね」

 「キュ!(こっちこそ、ここで負けたら弟弟子に勝ちを譲ったとか言えないよ! ここからは実力の勝負だ!!)」


 アユムも頷く。先ほどから何故だか回し蹴りが多かった。これはタヌキチの尻尾アタックを前提とした連携攻撃だ。だから隙が見えたし、アユムも違和感から正体に気付いた。


 ざわめきが納まりかけた時にアユムとタヌキチはこぶしを合わせる。


 それを合図に激しい攻防が再開される。

 最小の魔纏で済むようになったタヌキチは自由自在に伸びる魔纏で変幻自在の攻撃を放つ。

 死角から攻撃された魔纏の尻尾による攻撃を振り返らずにつかんだアユムはそのまま力任せに本体のタヌキチごと場外に放り投げる。


 咄嗟に魔纏を解いたタヌキチは空中に放られたまま無防備な体をさらす。そこにヒルカとの一戦で特殊な掌底を学んだアユムがその一撃を叩きこむ。


 勢いを増して場外へ飛ぶタヌキチだが、場外の空中で。まるでそこに地面がある様に空中を蹴って会場に戻ってくる。


 「凄い器用だね」

 「キュ(もっと隠し玉があるよ。僕を、とうきびエリートをなめない事だね)」

 「舐めてなんていないさ! 楽しもう! 全力で!」


 今度はアユムがタヌキチに飛び込む。強烈なアユムの蹴りを上空に飛んでかわしたタヌキチはその場で空気を蹴りアユムに拳を向ける。その拳はアユムにかわされるも裏に回りまた空気をけり真下に向かうと、アユムの足元をのばした魔纏の尻尾を振り回し薙ぎ払う。

 不意を突かれてらアユムはその一撃をまともに受けて会場に転がる。

 追撃に入ろうとしたタヌキチから不意に力が消える。

 瞬時に体制を持ちなおし追撃に備えたアユムも不思議に思い構えを解く。


 悲しそうなタヌキチの表情が、何故だかアユムにはわかってしまった。


 「どうしたの?…………」

 「キュ(何でもないよ。何でも………)」


 2人は魔纏を纏い仕切り直したが、精彩を欠いたタヌキチは空中殺法を繰り広げながらも追い詰められて行く。


 「馬鹿にしてる?」

 「キュ(違う。違うんだ。違うんだよ……)」


 泣きそうなタヌキチの顔。

 だが、タヌキチの動きは戻らない。やがて魔法力が切れタヌキチの魔纏が解除される。

 そしてアユムの攻撃をかわし続けてながら会場際まで追い詰められついにタヌキチは場外になってしまう。


 『勝者アユム!!!!!』


 激戦の勝者に会場は湧き上がる。

 アユムも笑顔で拳を突き上げ、歓声にこたえる。


 (タヌキチ君。どうしてなんだ……きっと後で教えてくれるよね)


 心躍る戦いから一転してタヌキチが精彩を欠いたため、不完全燃焼のアユムは複雑な感情のまま優勝という状況を受け入れざる得なかった。こうしてやるせない気分でアユムは会場を後にしたのだった。


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