第60話「格闘大会2日目午後の部」

 力と力のぶつかり合い、アユムvsジェルノーの一戦が早々に終わってしまった為、クラス20の準々決勝はバイルとヒルカの戦いのみが残されていた。

 両者ともに悪く言えば地味、よく言えばトーナメントを勝ち抜く為に賢い戦いを展開している。

 格闘好きが見れば生唾ものの一戦だが、横で派手に力比べをした人たちがいるので場を白けさせ、やがて会場にブーイングが響き渡る。なんとも可哀想な2人である。

 しかし、そんな事に左右される様であればこの大会に出るわけもなく、昨年度優勝者のヒルカとそのライバル、バイルは半分ほど客席を埋めた観客のごく一部から浴びせられるブーイングを物ともせず戦いは高度な心理戦を展開していた。

 しばらくするとそのブーイングも格闘に詳しい大人の手によって収められる。


 そんなクラス20の準々決勝の勝者アユムは早足で貴賓室を目指していた。

 少し走ったかもしれない。

 貴賓室を前にして護衛に止められたアユムだが、来ることを予測していたオルナリスに迎えられ貴賓室に向かった。


 「にゃあ(よきにはからえ)」


 と言いつつも、行儀よく座りながらユルフワ系の金髪美少女に深皿にお酒を注がれてそれを舐める様に飲み込んでいるアームさんがいた。


 「にゃあ(ねーちゃん。おかわり!)」


 柄の悪い飲兵衛である。

 しかし、美少女はそれに気づかず、いや気付いていてもいなくても構わないといった体でお酒を深皿に注ぐ。


 「アームちゃん、かわいいでちゅねー」


 一心不乱に酒を飲むアームさんを優しく撫でる、そのスキンシップは次第に大きくなり、最後にはアームさんの白い羽毛に埋もれてしまった。恍惚の表情であった。


 その間、アユムはアームさんが来た理由を聞いた。多方面色々なネゴを取っていた様だ。

 まず、ダンジョンマスターにはお酒をちらつかせた様だ。これにはオルナリス自身アームさんがいることで祭りに花が添えられると協力を約束した。これでダンジョンマスターはアームさんの結界通過を許可したことになる。無論ダンジョンマスターは独断ではなく神に報告したとかなんとか上の方で色々した様だ。


 「にゃっにゃにゃ~(お酒~、美味しい~~♪)」

 「至福ですわ。もうこの子から離れたくない」


 娘の痴態に領主婦人はむしろ目じりを下げて微笑ましく眺めていた。

 この領主の娘アリアンナは15歳にして、貴族として完成されていた。完成された所作。完成された笑顔。完成された教養。そして庇護欲を呼び込む完成……いや、歳相応の未成熟な美貌。

 しかし何の努力もなしで完成する人間はいない。勿論事情がある。


 彼女はオルナリス一家の中で唯一の人間である。

 彼ら家族は彼女を除いて全て竜人かハーフ竜人である。

 彼女だけ人間に生れたのは夫人の不義ではない。彼女が生まれる前1年半、オルナリスと夫人は竜人の国への外交の旅に向かっていた。途中人間の国を通っているが夫婦は新婚旅行の様にべったりだった。

 彼女が生まれた時、周囲が口さがない事を言う者も居たが当のオルナリス自身が『この娘は我が娘で間違いない。見よこの目元は私そっくりだし………』などと言って回っていた。

 そもそも夫人は竜人がいた家系の貴族ではあるが、人間同士の子供である。

 であれば、オルナリスの家系に人間が居たとして何の不思議もない。

 人間と竜人で子が成せるという事は遺伝要素の一部だと考えられる上に、実は竜人の国でも人間が生まれることが多くあった。

 それ故に幼き頃より彼女アリアンナはオルナリスに『1人だけ人間で寂しいかもしれないが間違いなく我が子、我が家族。誇りをもって生きよ』と言われてきた。

 故にアリアンナは伯爵家の令嬢として誇りある姿を見せようと頑張って、頑張って今の姿があった。

 家族は小さい頃から甘えてくれない末娘に一抹の寂しさを持っていた(家族の方が積極的に彼女を甘やかそうとしている)。


 そんな彼女が歳相応にアームさんを前にはしゃいでいるのが、オルナリス夫妻揃って嬉しかったのだ。


 「………似合いの年頃ではあるのだがな………」


 オルナリス夫妻を含めアリアンナには自由恋愛を推奨していた。だが、彼女は『国外でも構いません。お家の有利となる婚姻を希望します』と言って頑として譲らなかった。

 だからオルナリス夫妻は頭を抱える。

 正直、武力でこの領を凌ぐ領はない。34年前の3か国連合による侵攻が再び起こっても、下手すれば伯爵軍単体で蹴散らせるほどの質を持っていた。

 資金に関しても安定した30年あまりの善政を敷いている為、領政府の財政は裕福である。コムエンドのダンジョン産業育成の為武具を大量に発注し、領経済を回すためにモンスター退治の伯爵軍を常備している。食料の備蓄についても裕福な現状をもって冷害、干ばつに対応できるだけの量が備蓄されている。

 政治に関しては、次女が内政で頭角を現し始め、長男は既に外交官として隣国との交渉を行っている。そもそもアリアンナ以外『エスティンタル塾』の卒業生である。政治派閥として深く根を張っている塾の出身者として縁故でのつながりは現在不要である。

 どうしてもと言われるとエスティンタルの次女と一緒に大陸西部の農業先進地域に留学中の三男が留学から戻ってくれば結婚となるので、この国の影の王ともつながりを持てる。

 更に成長業種の元には長女は学者として夫婦ともに師匠の元、そろそろ独立できそうである。次男は領政府と、商家としてのオルナリス家を継ぐための修行中であり長女からのアイディアを形にして商売が軌道に乗りつつある。

 そもそもオルナリス自身があと200年は健在である。不安な部分が無いのが不安な位にオルナリスが治める領地は健全経営であった。

 尚、勿論ではあるが領政府は赤字である。国の政府もそうだが先行投資的な出費がある為、健全性を入出金では測れないのだ。もし不健全であれば国の経済が傾き民が貧しくなる。国政を、領政を預かる者は広く回りを見るのと共に、足元の民の動向を積極的に知らねばならないのだ。

 後……オルナリス家の蓄財は相当なものである。ま、それはそれ。これはこれ。という事である。


 「アリアンナよ、アユムはいい男だぞ。どうだ?」


 オルナリスが直球で聞いてしまった。夫人がそっと近寄ってオルナリスの足を踏む。


 「お父様。何度も申し上げておりますが、私の事はどうぞ政争の具として扱いください。好みなどございません」


 アリアンナのきりっとした発言だが、アームさんの毛に埋まったままである。


 「……今ならアユムにアームさんも付いてくるぞ………」


 アリアンナの至福の表情が固まる。

 オルナリス夫妻は希望を見出している。だがそれは変な方向に進む。


 「この可愛い子の主人がそこの貧相な子供だというのですか………」


 オルナリス夫妻はがっかりしてしまう。

 アユムは貧相と言われてむっとしながら力こぶを見せつける。

 まってアユム、そっちの方向はギュントルがいる。そっちに進んではだめだ。


 アユムのそのポーズにアリアンナはアームさんを撫でながら鼻で笑う。アームさんはアリアンナとアユムにはさまれてどうしていいかわからない顔をしているが、おつまみのお代わりが欲しいらしくオルナリス夫人にアイコンタクトを送っているが、スルーされている。


 「あなたお名前は?」

 「アユム。てか、そろそろアームさんから離れて話してくれない? その姿はみっともないよ? アリアンナ伯爵令嬢」


 普通に考えればアユムの方が不敬罪である。だが、アユムに何かあった場合、現在神界からのプロテクト状態である為、ダンジョンマスターを飛び越えて神の眷属が出てくる。それを知っているのはコムエンドでも一部であるが……。


 「あなた、農家でしたわよね。農家というのは貴族の子弟と同じ態度をとってもいいと学んでいるのかしら。身の程ってものを知ったほうが良くてよ」


 アリアンナは正しい貴族である。地位とはその能力をもって維持されていることを知っている。生まれから特殊な力を持っているわけではなく、民よりも学び、民よりも責任を持ち、民よりも広い視野を持つ。それが貴族であり、その責任は数多の部下の、民の、生活・仕事の上にある。身分に奢ってはその貴族の地位を貶める。身分を砕けて振舞う者もまたその貴族の地位を軽んじ、貶める。責任のある者は、相応の態度を取る義務がある。


 「これはこれは、失礼しました。伯爵令嬢。でも伯爵令嬢、折角僕が名乗った名前を呼ばないのはお疲れだからでしょうか? それとも記憶力が……。あっ。すみませんもう一度言います……」

 「結構よ!」


 アームさんから名残惜し気に脱出したアリアンナはアユムと睨み合う。


 「……なぁ、なんで険悪になってるんだ……」


 オルナリスが夫人にだけ聞こえるように顔を寄せて聞く。


 「あなた黙って。これからが良い所よ」


 オルナリスは『きっと自分がとばっちりを受けるんだろうなぁ』半ばあきらめの境地である。


 「決闘よ!」


 アリアンナがアユムに剣を向け決闘の儀式を行う。


 「きたーーー! いいわ、いいわ。はじめはぶつかり合う2人だけど、ぶつかり合いを通じて心が通じていく展開よ。メアリー様にもお伝えしなきゃ♪ 貴方なにボーっとしてますの!」


 小声で興奮する妻を一歩引いた位置から眺めるオルナリスだが、夫人に小声でささやかれて背中を押される。


 「その決闘、我が認めよう!」


 勢いの良い声だがオルナリスの顔は渋々である。


 「お父様! さすがですわ」

 「え、師匠僕受けるなんて……」

 「逃げる気なのね。やっぱり下賤の方は誇りや責任と言う物が無いですわね」


 扇子を取り出してオホホ笑いのアリアンナ。


 「はぁ? 言いましたね? いいでしょう。受けます。そして僕が勝ったら謝ってもらいます」

 「良いですわ。その代り私が勝ったら、アームちゃんと週に一度合わせてもらいますわ!」


 ……あれ? 令嬢、アームさんをよこせとか言うんじゃないの? あと15階層に行けばいつでも、お食事処まーるinもふもふで働いてるよ?

 

 「良いでしょう! 僕が負けるわけないですからね。伯爵令嬢、精々遊んで上げますよ」

 「うふふふ、やっぱり無知ね、愚か者。こう見えても竜人に最も近い人間でお父様の娘よ。クラス20ぐらい私が出れば優勝よ!」


 2人は息が掛かる位の距離で睨み合う。

 やがて……


 「「ふん!」」


 同時に目線を外す。


 「仲良しだな」

 「仲良しですわね」

 「がお(仲良しだね。あ、このつまみ貰ってもいい?)」


 オルナリス、婦人、アームさんである。すっかりアームさんは保護者側である。

 アームさんが食べ物を顎で指すと、夫人がそっと差し出してくる。


 「そこでよーっく見ててください! 僕の強さを、そして漏らさない様にしてくださいね!」

 「さっき見たわよ! あの程度で私をちびらすなんて、大言壮語も極まったわね!」


 睨み合う2人。やがてアユムはいかり肩で貴賓室から出ていった。


 「にゃあ(うーん、良いお味です。……あれ? アユムは?)」


 置いていかれたアームさん。


 「……プリア。大会組織副委員長から責任者呼んできてくれ……」


 スケジュールを眺めながらオルナリスは側近にそう告げる。

 プリアと呼ばれた中年女性は思わず眉をひそめたが、『承りました』と返して重い足取りで部屋を出ていった。

 これだけの規模の大会を運営する本部である。当日の問題。翌日への対策。関係各所との調整に走り、遊びに来る貴人達の護衛計画や、スケジュール、ルート調整などまで執り行っている為殺気だっている。そこに、もう一つ予定を入れる為の伝令役である足取りが重くてもしょうがない。


 「どうするの?」

 「3日目の最終戦前に入れ込もうかなと」

 「いいわね! ぶつかり合う2人。お互いを意識して、そして……」


 この貴賓室で夫人とアームさんだけがご機嫌であった。

 その後、関係各所をたらい回しにされたプリアが、寝ていたタリンズを叩き起こして帰ってきた。そして話を聞いたタリンズの刺すような視線にオルナリスは冷や汗をかいたとか……。


 「しゃっ!」


 本日はコロシアム内の露店を開いていたマールがアユムの気合に驚く。


 「……どうしたの? アユム」


 アユムには珍しい行動にアユムは目を丸くして仕事の手を止める。


 「マールさん! 絶対に負けられなくなりましたので気合を入れてみました」

 「そっ、そう……頑張ってね……」


 貴賓室から帰ってきたアユムが露店を手伝ってくれたのは1時間近くだった。それでも猫の手も借りたい状況だった助かった。なのでマールは気にしない事にした。


 「サントスさん頑張ってますかね……」


 時間的にそろそろ始まっているはずである、サントスのクラス60の試合をアユムは想う。


 「多分気絶してるかな……起きたらアユムの試合に間に合うかもね」

 「……あ、うん……はい。とりあえず僕は、勝ってきます!」


 圧倒的な敗北への信頼度にアユムはサントスに同情した。そしてすぐに切り替えた。


 「いってらっしゃ!」


 元気よく飛び出してゆくアユムは控室に着くとそこには誰も居なかった。準決勝からは別控室からの入場であった。


 椅子に座り、心を落ち着けるアユム。

 控室のトーナメント表を確認すると対戦相手は前年度優勝者のヒルカだ。


 アユムは大きく息をつき。意識を深く静かな領域に沈める。

 集中していると大会委員がアユムを呼びに来た。


 「アユム選手、出番です。お願いしまーす!」


 重腰を上げ、アユムは高揚する自分を感じながら通路を歩く。

 準決勝の場がアユムを待っていた。



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