第51話「えるふっ!」
ルームリスの宿の一室。女子部屋である。
先日のイット、女の子騒動から凡そ1週間が経過していた。
その後結局サムは一人部屋に移り、イットが女部屋に合流した。
エルフの赤子については翌朝には10歳のサイズまで大きくなっていた。なのでアルフノールの部下である見習い悪魔、地上での姿は見習い神官、にエルフの少女を預けてコムエンドへ向かってもらった。
そして到着の連絡が入った。
それは丁度アルフノールが提案した休日の前日の事であった。
休日。
午前中アルフノールは意趣返しとばかりにフリフリのフリル満載のドレスや、可愛らしい系、セクシー系問わずどこから仕入れたのか、……まぁ、もちろんジロウ商会からなのだが……、多種多様な服でイット着せ替え大会を開いた。
ウィッグもあるので女性陣は目の色を変えてイットをいじって遊ぶ。勿論イットに拒否権はなかった。
サム? ああ、扉に耳をつけているのをリムに発見され、地獄を見た。うん、地獄を見た。それ以上は言わない。
この日、女性陣はそれぞれ感情を爆発させた。
普段溜め込んでいたストレスのせいか、各自目が狂鬼に染まっていた。タナスは普段の無口から一転して壊れたように明るく笑い続けた。
リムに至っては『我悲願成就セリ!』とガッツポーズを連発する。
アルフノールに至っては『可愛い』を連呼し、イットが照れる様をニヤニヤしながら眺めていた。
お昼ご飯を挟んでなぜか気力に溢れた3人と、何かを失ったイットが部屋にいた。
「という事で! コムエンド潜入しまーす! やり方を説明しまーす! まずこの水晶に手を置いて魔法力をながし込みます。どんどんと意識まで吸われる感覚がお請うのでそれは抵抗しないでね。こっちで意識を失うと、エルフの体に憑依しています。その様子はこの鏡から共有できます! ここまでで質問は?」
「はい! リスクは? エルフで致命傷を受けたらこっちまで死ぬ?」
「リム君、いい質問ですね~」
悪魔ちゃん。キャラぶれてるよ………。
「答えます! 死にません。影響受けません。あのエルフは正しい意味で生きていません。神様が地上に降臨するための依り代の技術の簡易版です。魔法力を吸収して動力にしていますので、万が一致命傷を受けても、1日あれば完全回復! そして乗り移てる人には何の影響もありません! …………まぁ、死ぬほど痛いけどね……………」
「私は遠慮する………」
タナス離脱。
「面白そうね、私はやってみたい。タナスも乗り移るだけやってみましょうよ」
嫌がるタナスに無理やりに水晶を押し付けるとリム。イヤイヤ言っているが拒絶してるふうでもなく。結局『ちょっとだけよ』とか言いながら、少し興奮したような表情を浮かべ、タナスは水晶に魔法力を込める。
すると、タナスは意識を失いリムに体を預ける形で完全に脱力した。
リムとアルフノールは脱力したタナスをベットに寝かせると鏡をのぞき込む。
『……という事で、私はタナスです』
タナスが乗り移ったエルフは見習い神官を前に事情説明をしている。
『そう何ですか……アルフノール様からはきっとイット様がいらっしゃると伺っていたものですが………』
リムはジト目でアルフノールを見る。アルフノールは視線に気づいて笑顔で返す。
そんな無言のやり取りをしているとは露とも知らず、タナスはエルフの体で鏡の前に立ち色々ポーズをつけたり回ってみたりしている。
正直楽しんでいた。タナスは身長が低かった。それが大きなコンプレックスとなっているがこのエルフは理想の体型である。
体を楽しむだけ楽しんだタナスはハタと気が付く。
『どうやって戻るんだっけ』
再びリムはアルフノールに非難の視線を送る。アルフノールは冷や汗をかきながら『大丈夫!』と根拠のなく胸を張る。巨乳である。
『あ、やっぱり聞いてませんか。戻るときはこちらのベットに横たわって体の力を抜いていってください。そうすると外に向かってつながる糸を感じると思うのでそれを思いきり引いてください』
『はい』
素直に横になるエルフ(タナス)。しばらくしてこちらのタナスが「ひゃう!」とか変な声を上げて戻ってきた。
「……面白いけど。戻ってくる感覚が気持ち悪い」
タナスの感想だった。
「じゃあ、次は私ね」
何だかんだでワクワクが止まらないリムが手を挙げて進み出る。
「皆、楽しそうだな。汚された俺を放置して……………」
一番離れたベットの端で体育座りを続けるイットがポツリと嫌味を漏らす。漏らさずにはいられなかった。
「もう~、そんなイットも素敵♪」
リムは最近ようやくイットの『女ばれ』が起こったので上機嫌だった。
何せ幼い頃からリムがどれだけいっても聞かなかった。だが状況に流されてとは言えイットも『女として初めて認めた』のである。上機嫌もいいところだ。
(イットは昔から奇麗で可愛いのよ。おめかししたら部屋に飾っておきたいくら良いの。私の理想。愛すべき人なの。そして何より凛々しい表情がいいわ♪)
「リム! 僕が先に使っちゃうよ~」
「ええ、どうぞ~。それより私はイットが可愛いの♪」
しばらく待ったアルフノールがしびれを切らすと、満面の笑みでリムが承諾を返してきた。
……うん……。百合の香りがするけど見なかったことにしよう。
「じゃ、いくよー」
アルフノールが水晶に手を当てると意識がエルフに移る。
『あ、次がきましたね。どちら様で?』
『私だ』
アルフノールはノリだけで言ってみた。
『あ、アルフノール様ですね。相変わらずのご様子で』
『……ねぇ、それどういう事?』
神官見習いに突き刺さるエルフ(アルフノール)の視線。決して神の陣営の中で、『お茶目なドジっ子悪魔ちゃん♪』で親しまれているなど本人を前にして言えるはずが無い。何せ本人は『出来る女悪魔(キリッ)』と思っているのだから。
『あ、アルフノール様。姿見はこちらになります』
『なんか誤魔化された気がするけど………本当にイット風のエルフね。僕にも劣らない美少女じゃないか』
『ぷっ』
見習い神官の口から空気が漏れたのでエルフ(アルフノール)は手元にあった木材を投げつけた。
期せずして剛速球となり見習い神官の顔の横を通り過ぎる。
即座に土下座である。
『命だけはご勘弁下さい!』
『いや、そんなつもりないってば。この体が超高性能なだけ。……ってことはイットもっとやれんじゃん♪』
宿でイットが悪寒に襲われ、恐る恐るタナスの横に並び鏡に視線を向ける。尚リムもちゃっかりその横でしな垂れかかっている。
『おお、この体凄い凄い!』
たぼっとした神官服でパンチ、キックなど乱舞するエルフ(アルフノール)だが一向に疲れない。寧ろ調子が上がっているような気さえする。『なるほど英雄候補の体はこんな感じなのか』と納得した悪魔ちゃんは『僕が見てない所でもちゃんと仕事しろよ』と見習い神官にくぎを刺して宿に意識を戻した。
「ただいまー! イット。明日から訓練メニュー3倍ね!」
笑顔のアルフノールと落ち込むイット。
「あれ? アルフノールはあの駆け上がるような感覚なかったの?」
「神託の儀式中あんな感じだから慣れてる!」
胸を張るアルフノール。
「うん。あんた苦労してるのね……」
慰められたアルフノール。悪い気はしないが不当評価な気もしていた。
「次は私が行くわ! イットの体! 楽しみ!!」
何とか絶望から再起動して止めようとしたイットを横目に、水晶にタッチして意識を失ったリム。
しばらくして水晶から『嗚呼、これがイットの体の感触!』とか聞こえてくる。
尚、『じゃ、私おトイレに行ってくるわ!』とリムが叫んだところでイットの嘆願を受けたアルフノールがリムの強制帰還を実行した。
「あと一歩だったのに」
リムが不満顔で起き上がった。その時すでにイットがエルフに向かっていった。リムの再挑戦を防止するためだ。
「イット……これはチャンス?」
そんなつぶやきを聞いたアルフノールとタナスはリムを押さえつけるのに苦労する。そんな間にイットはというと。
『久しぶりのコムエンドだ!』
一人を堪能していた。
横にはもちろん見習い神官がいて万が一に備えている。
『あんまり遠出はできませんからね。今日は初日なのですから』
神殿を出たところでそう言われたがエルフ(イット)は気にしない。
『あと、イットさんを思わせるような行動も控えてくださいね』
『………それはどういう事ですか?』
『女性なのに男っぽい行動取るとか、言動とか。多分、お知り合いならすぐ気づいちゃいますよ』
取り敢えず、エルフ(イット)は肩で風を切るような戦士然とした歩き方を改めた。
『………イットさん。もしかしていいところのお嬢様だったりしますか?』
見習い神官は雰囲気が『ガサツな女』から『楚々としたお嬢様』に様変わりしたイットに驚愕する。
『……お爺様が騎士をしておりますので、自然と………ね。あ、そうだ。私の名前も【イット】ではなく【イトリア】とお呼びください』
『もしかして本名ですか?』
『ええ』
イットは思った。【アユムにならばれてもいいだろう】と、そう思うと不思議と昔の楽しかったころを思い起こし、自然と笑顔になった。
うっかり見習い神官はその笑顔に見惚れてしまった。
そしてその笑顔に見惚れたのは見習い神官だけではなく、道行く人男女問わず思わず見惚れてしまっていた。
その中から一人。勇猛な若者が前に出て言う。
『惚れた! 結婚してくれ!!』
ルームリスの宿でリムが激高して『あの男殺す!』と叫んでいた。タナスとアルフノールは止めるので精いっぱいだった。
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