第50話「王子様は一目ぼれをする1」

「じっさま。ご苦労さん。熱いのにフルプレートで、でーじょぶか?」


 村を守護する騎士イーハンは年中温かい村を守護する騎士である。

 この特殊な村、本来であれば城の奥底で保護しなければならない御方が多くいらっしゃるため、彼らの様に多くの騎士や特殊部隊が潜入という形で村に入植していた。だが表立ってはイーハンとその部下ルスの2人のみがこの村に派遣されている。


 「隊長と呼べ」


 いい加減毎日言っているが、どんどん農家が本業の様になってゆく部下。それにイーハンは嘆息をつくと槍を立てかけ日陰に腰を下ろした。番兵交代の時間直前の息抜きだ。


 「いや~、今年のブドウはいいよ~。ワインに期待だね」


 ルスは着替えの途中なのであろう、待機所から上半身裸で顔を出すと嬉しそうに言う。

 引き締まった肉体が農業だけではなく訓練もしている証である。

 イーハンは鎧に軽い冷却魔法をかけると水魔法で水を飲む。

 一口目呑む。口内で体温を下げるように、脳に水分を認識させるように少し長めに口に含んでから飲み下す。

 イーハンは食事もそうだが飲料も気を付けている。騎士の任務中トイレに走りたくないのもあるが、渇きで判断を誤りたくもない。余計な水分を取らないのも騎士の知恵の一つである。


 「ぷはーーーっ、仕事の後の一杯はうまい!」


 ゴクゴクと喉を鳴らして水を飲みほす部下ルス。


 「…………」


 これでもルスは王都で右に出る者なしと言われた槍の名手であった。イーハンは静かに首を横に振ると立ち上がり森を見る。


 「じっさま。今日も狩りですか?」

 着替えが終わったルスがイーハンの横に立ち森の方角を眺める。

 「……ああ、近付いてきておるようだしな……」

 「ほぇ、すげーなその目。俺もほしいよ」


 イーハンの目は魔眼と呼ばれる眼である。

 単に魔眼と言っても複数種ある中で、イーハンが生まれ持った魔眼は魔法力を見る目だった。

 これは世界の魔法力循環の一端を垣間見るための魔眼である。魔法道具の技師などになれば一躍天才として重宝される眼である。

 だが、イーハンは代々騎士の家系に生まれたため使い方を違う活用法を持たせていた。それは所謂【濁った魔法力】、つまりモンスターの気配だとか、邪悪な気配などと一般的に言われているものを見る為に特化させていた。

 魔眼を体得するには厳しい訓練と、頭が破裂する様な幻覚を何度もさせられるような情報流入と選別を脳に課してようやく体得する能力である。要約すると魔眼とは地獄を数年見続けてようやく手にした力である。

 地獄の訓練もイーハンはこの任務に就くことで浮かばれている、と考えていた。

 イーハンはルスがお茶らけた様子から一転して騎士らしく振る舞い自分の前に進み出てると、交代の儀式を済ませた。その直後自然な流れでイーハンは槍を片手に森へ進む。


 「無理すんなよー。あ、でもお肉は期待してるぜ~。村民一同より♪」


 いつからお前が代表になった!。と叫びそうになったがイーハンは我慢して進む。

 少し進んだところ、イーハンは森の境界の近くで少年と少女を見かける。

 森に興味津々の少年と少年を止めようとして引き摺られる少女だ。

 イーハンは大人の務めとして少年を諫めて村に返した。

 渋々ながらも今度稽古をつけることで少年を納得させる。

 最後少年が『明日2人で行くね!』と叫んでいた。少女が涙目で首を横に振るその姿に、イーハンは自分の孫の映像がかぶる。

 夫婦そろって他国の間者に殺された、イーハンの次男夫婦、その愛娘。

 引き取った時は3歳。甘えたい盛りの可愛い娘だった。

 自分の槍を見て、はじめは怯え。だが何のきっかけだっただろうか……孫娘はいつからか槍を振るう騎士に憧れるようになった。

 そして孫娘はどんどんと男勝りになっていった。年下の少年を従えもはや村のがき大将の様だ。

 神も短く刈り込み、練習用の木剣を腰に刺す。

 10歳超えると胸のふくらみが気になったようで、さらしをきつく巻いていた。


 「もう女であることを受け入れたら良いだろうに………」


 いくらトレーニングしようが体の各所に丸み隠しきれなくなった孫娘にイーハンがそう言うと……。孫娘は熱っぽく語ってきた。


 「俺はお父さん、お母さんみたいに殺されたくない。子供を泣かせたくもないけど…………爺ちゃんを泣かせたくもないんだ。あんな笑いながら泣いてる爺ちゃん見たくない」


 後半の言葉はつぶやいたのだろう。イーハンには聞こえない様に言ったのだがばっちり聞かれていた。やるせない表情のイーハンは聞かなかったことにしながらも、好きな男ができれば変わるだろう……。そう楽観していた。


 「もうそろそろ2年か………」


 呟く。冒険者になると村を抜け出していった孫娘。月に一度近況報告の手紙が届く。今はルームリスにいる様だ。一緒に出たアユムとはコムエンドで別れたようだ。アユムの噂は遠く離れたこの村にも届いている。『冒険者になっても農業してるのか』と皆で笑いあったのは最近の事だ。


 「イトリア…………」


 やがてアユムは帰ってくるだろう。イーハンはその時に孫娘も一緒に帰ってきてほしいと切に願わずに羽いられなかった。



 その頃、孫娘は悪魔ちゃんこと神官アルフノールのドヤ顔を眺めていた。


 「じゃーん。神様からプレゼント貰いました!」


 自信満々にアルフノールが掲げているのは何の変哲もない玉だった。


 「最近成果出てるじゃないですかー。超級モンスターもみんなで頑張ればなんとかなりそうだし。じゃあ、ご褒美下さい! って神託来た時に返答したら貰っちゃいました! まさに神の奇跡!」


 宿の隣にある、すっかり顔馴染みになった料理屋。肉料理が評判で今もメンバーの前には肉が盛られている。

 イットはそんなアルフノールよりも肉が気になる様子で聞いていない。

 アルフノールにリムは、イットには絶対に向けない、氷点下の視線を送っている。

 タナスは興味なさげにナイフとフォークを握っており、サムはその姿をじっと見つめている。


 「で、何なの? その玉」


 唯一聞いていたリムが質問すると『ふふふふ』と自慢げにアルフノールが説明を始める。要約すると1か月限定でエルフに種族変換した分身体を作れると言う代物だそうで。


 「何その犯罪臭が漂う魔法道具………」

 「何言ってるんですか! 犯罪とかに使ったら即座に消えちゃいますよ! 変なこと言わないでください!!」


 アルフノールは興奮気味に言う。この玉はあの老紳士ジロウの助言で色々手を抜いた結果神様も撫でてくれるぐらい飛躍的に彼らを進歩させた結果、神より褒美として賜った物である。つまりこの2か月アルフノールの努力の結晶である。

 手を抜いた結果、アルフノールを除く面々は多くの危機を迎えた。死の恐怖に勝る教訓はない。つまり、死に物狂いで覚えさせたのだ。メンバーはアルフノールが神官の皮を被った鬼教官に変わったと認識している。


 「で、どうやって使うの?」

 「へへへ、これに誰かの髪の毛を入れてー。コムエンドに潜入させます! だって、超級モンスター。コムエンドに出るらしいので!」


 アルフノールの言葉を聞いていない他の3名はアルフノールの『待て』も聞かず既に肉を頬張って至福の表情である。


 一方真面目に聞いていたリムの口角が上がる。

 アルフノールは一瞬禍々しい気配を感じ周囲を見回した。そのすきにリムはアルフノールの手から玉を奪い取る。


 「何するんですかー。かーえーしーてー」


 あまり背の高くないアルフノールはリムが上に持ち上げては玉に手が届かない。


 「誰に使う気だったの?」

 「勿論! この美しい僕が別種族になってみたいという感情を…………あー、何イットの髪の毛を入れてるの? あー、もう反応してる! 折角の僕のご褒美がーーーーーーー」


 玉が激しい光を放ちやがてリムの手に赤子が収まる。


 「………あれ? この子ついてなくない?」


 アルフノールが単純な疑問を投げかける。


 「可愛いわ、これが私とイットの子供なのね」


 アルフノールは色々突っ込みたかったが、まず根本的な疑問を投げかける。


 「この子女の子じゃん。リムの髪の毛入れたでしょ?」


 金髪の女児エルフを指して言う。


 「いやね。もともとイットは女の子よ?」


 沈黙が流れる。

 そしてやがてそこまで無言だったサムが叫んだ。


 「部屋の変更だ! 犯される! 俺の純潔はタナスに捧げるのだ!」

 「部屋割り変更は当り前よ! てか、なんで誰も今まで気づかなかったの!!」

 「おっちゃん! これお代わりお願いします! いつも通り美味しい!」


 カオスの食卓にため息をついたタナスはぽつりと漏らす。


 「どーでもいいから、静かに食べなさい………」


 ごもっともでした。


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