第49話「釣竿を作りたい!」

 アユムは街の中心地を抜けて職人たちの工房地区を進む。

 工房地区の端、一本線を引くように公園で遮られた先にある、特に音を発する工房地区。

 その一番手前にラーセンの工房はあった。


 「師匠が逃亡したぞ!!!」

 「川だ川を探せ!」

 「湖も行け!」


 行こうと思った工房が今まさに蜂の巣を突いたような騒ぎになっている。

 アユムは公園のベンチ脇に木材を降ろすと、先に座っていた老人に一礼し腰を下ろす。


 尚、このタイミングで説明して置くがタロスは大型木材加工の職人である。いわば木製の神殿から大型家具製造までがタロスの領域で、暇つぶしと趣味で弓を扱っていたりする。

 ラーセンはどちらかというと木細工である。これは神殿の装飾から始まり木製小物、特にラーセンの場合は魔石と細工のからくりが非常に評価の高い職人である。そして趣味は釣りである。それが高じて魔法道具を組み込んだ釣り具を開発し釣り好き貴族から一目置かれている。


 「………少年、珍しい木材を持っておるのう」

 「そうなんですよ。34階層まで行って伐採してきたんですよ」

 「ほう………そこまで行けるとは少年、強いのう」


 老人は笑いながら木材を見つめる。その瞳に鋭さが宿っている。


 「僕はそんなに強くないんですけどね………」


 苦笑いを浮かべながらアユムは頭をかく。

 老人は合わせて笑う。


 「謙遜謙遜。お主が強くないのであれば、強者と縁を結べているのであろう。それもまた冒険者の強さよ。素直に誇ると良い」


 ここでようやくアユムも気づいた。

 この老人背中が曲がっておらず、手にしている杖だが短めの棍であった。

 そしてその棍が知らない木材で作られている事にも気付いた。

 そこで空気がピンと張り詰める。

 老人の雰囲気が変わる。

 白髪の小柄な好々爺風の老人から、下手をすれば一睨みで中級冒険者を殺せてしまうほどの物騒な雰囲気が漂う。


 「ありがとうございます。でも、いいんですか? お弟子さんが探してますよ? ラーセンさん」


 そのアユムの一言で場の空気が霧散する。


 「かっかっか、愉快愉快! タロスの坊主から愉快な子供を送ると聞いていたが、ここまでとはな。まさかの拾いものよ」

 「誉めてます?」

 「勿論じゃ。そしてその木材で釣竿を作ってほしいのじゃろ?」


 ラーセンは子供のような笑みを浮かべて立ち上がると、アユムの持って来た木材に手を当てる。


 「しかし、死ぬ前にもう一度こいつに出会えるとは思わなかったぞ」


 そこでアユムは何かを察して言葉を紡ぐ。


 「36階層に釣り、行きます? 僕釣り初心者なので、道具だけ逸品でも釣れないと思うんですよ」


 ラーセンは笑いを止める。

 じっとアユムを見つめて口を開いた。


 「この爺にダンジョンへ潜れと?」

 「潜れますよね?」


 「突然ぽっくり逝ったらどうしてくれのじゃ?」

 「それは運命です。むしろ本望ですよね?」


 「ひどい発言じゃと思わんか?」

 「思いません。それが職人であり趣味人の本懐です」


 問答中にドンドンと悪ガキとしての本性が湧き上がってくるラーセンがついには笑い始める。


 「いいのう! いいのう! こやつわかって居る。餓鬼だがよいのう! 安心せい、儂が死んでも恨み言は言わせん。子供たちも『やはりそうなったか』と苦笑いするじゃろうしな」


 ラーセンは一頻り笑うと手荷物棍をアユムに放る。

 アユムはそれを受け取ると杖を凝視する。

 タロスの元、色々な木材を見てきたがこれはどれとも違う。文献もそれなりに読んでいるが、これは知らない。


 「神樹の枝じゃ」


 これまたすごい名前が出たとアユムはうっかり取り落としそうになるも杖を握り締めて持ちなおす。


 「かっかっか、驚いたか?」


 無言な上、高速でうなずくアユム。

 神樹とは地上に肉体を持つ最も高位の神の事である。

 その体は巨木だが神の肉体ゆえに、【伐採不可能】と言われる木だ。


 「無論、謁見した際に頂いてきたものだ」


 二重の驚きだ。地上で最も高位の者に謁見したとあっさり言い放ったラーセン。アユムはこの好々爺然とした老人を心の底から敬わなければならない、そう感じた。


 「加工もされたんですか?」

 「うむ、全盛期の全力をもってしても少しづつしか削れんかった………だが、やり切ったぜ」


 ラーセンは懐かしむように目を閉じ、そして目を開くと冒険者としての野心を含んだ眼差しでアユムを射抜くように見つめる。


 「まぁ、それを平然と持っているお前も十分可能性あるのじゃぞ」


 野心を含んだ魅力的な眼差しは、再び被った好々爺然とした顔に隠れる。


 「はぁ……」


 自分が手にしているものが伝説級の代物であることは理解しているが、持つ者に何かしらデメリットをもたらすとはあまり思えなかった。それほどまでにこの杖に触った時から、杖から伝わる神々しい感覚をアユムは感じている。


 「適正なければ。もしくは儂の許可が無ければその杖は、まず幻影をみせ儂に戻すように促す。それに対抗すると持つ腕に根を張り養分に変える。それらレジストするとその杖自体を媒介にして神罰の光を実行する……らいいぞ」


 笑いながらサラサラと語るラーセン。アユムは無言で杖を突き返す。

 ラーセンがそれを受け取る寸前の事である。


 「師匠! 発見しました!!!」


 18・9ぐらいの黒髪の青年が二人を発見して叫ぶ。そして……。


 「貴様! 杖を盗んだのか!」


 黒髪の青年は一気に火が付いたように大音声をあげると爆発様な音を立てて突っ込んでくる。その手には1.8mほどの棍が握られている。


 ラーセンは止めようと思ったがその手を止める。面白そうだなとやはり悪ガキの笑顔で二人の対決を見学することに決めた。


 一方アユムは返却しようとしていた杖を受け取り拒否されて咄嗟に杖を短槍の様に構える。


 「貴様ごときが、神の杖を構えるなど言語道断! 死を持って償え」


 黒髪の青年は棍を振るう。アユムにめがけて魔法を纏った棍を。


 アユムも見様見真似で魔法力を杖に纏わせようとしたが結果それはできなかった。そしてそれをする必要もなくなった。


 アユムが杖に魔法力を込めると黒髪の青年が持つ棍は乾いた音を立て2つに折れ、黒髪の青年自体も突然現れた光の壁に弾き飛ばされる。


 「ほほほ、能力まで発現させたか。愉快愉快」


 アユムは早くこの危険物引き取ってくれないかなと考えながら、ひとまずラーセンの弟子たちにラーセン共々丁重に案内されるのだった。

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