第48話「さぁ交渉だ!」

 「キュウ(兄弟子、木材もってどこ行くんだ?)」


 タヌキチは朝のランニングをアユムと一緒に済ませるとリンカー道場の湯で汗を流してアユムと一緒に木材を担いで歩いている。


 「ん? タロス師匠の所だよ。釣竿を作ってもおうかと思ってね」


 ダンジョンマスターに指摘されて思い出した、36階層攻略に向けた釣り具作りだ。うん、ダンジョンとして攻略する気が無い様です。


 「キュウ(なるほど……ところでそのタロスさんのお家はどちらで?)」


 タヌキチの問いにアユムは山を指をさす。


 「あそこ」


 コムエンド北西部そこから山に向かって一直線に伸びる道がある。主に山の良質な鉱石と石材、木材から加工品を作る工房群だ。

 昨今魔法道具の発達により工具が進化し、そして進化した工具は騒音を発生させた。高速で正確な作業ができる代わりに音が出るのはしようがない。

 なので、最近は街中の土地を売り払い山に大規模工房を持つ職人が多い。

 ランカスやシュッツ、そしてタロスらが主だった職人達だ。


 「キュウ(遠い……)」

 「大変なら僕1人で問題ないよ」


 アユムはタヌキチの木材を受け取ろうと手を伸ばすが、タヌキチは無視して進む。


 「キュウ(むっ。兄弟子。あそこまで競争っす。負けねーっす)」


 それだけ言うとタヌキチは駆けだした。


 「キュウ(根性! さぁ、俺の筋肉たちよ! 出番だー!)」


 自分の何倍もある木材を軽々抱えて走るタヌキは民衆の注目を浴びる。


 「キュウ(見ろ! 俺の筋肉を!!)」


 一方、距離を開けて歩くアユム。


 「あ、違います。アレの飼い主とかでも仲間でもないです。珍しいですね。狸が木材担ぐなんて」


 言葉が分かるだけあって他人の振りを貫くようです。


 1時間後。タロス工房前。


 「キュウ(……道に迷った……気づいたらどこに居るのかわからなくて道場までもどちゃった…………)」

 「お疲れ様」


 ニコニコしながらアユムは水魔法で水を作り出してタヌキチに飲ませる。

 汗だくのタヌキチはゴクゴクと音を立てながら飲む。そして。


 「洗おうか」


 アユムはそれだけ言うと水をぬるま湯にしてタヌキチに降らす。汗や臭いを軽く落とすと軽く温風魔法で乾かす。タヌキチは腕を伸ばして温風に吹かれながら360度回る。意外な可愛さに道行く通行人がほっこりしている。

 

 「キュウ(さんきゅ! 兄弟子……気持ちよかったわ……)」

 「じゃ、タロス師匠の所に行こう」


 タヌキチとタロスの事務所にお邪魔するアユム。


 「釣竿?」


 タロスはアユムたちが持って来た木材を眺めながら、『ああ、アユムに木材の目利きを仕込んでおいてよかった』と思う。


 「ふむ」


 34階層にある灼熱の森。ここに自生する木々は竹の様に柔軟性のある木材である。

 タロスは自身34階層に赴いた際に心引かれた素材だが、当時持って帰るられるわけもなく、後ろ髪に引かれる思いで置いて来た木材だった。その後、職人を始め忙しい日々を過ごしていてすっかり存在自体忘れていたのだが。

 唐突に弟子が持ってきたのだ。聞けば10階層と35階層のエレベータができたとか。交流があるとか。


 (大きな波が来ているようだな……このままだと乗り遅れてしまう……かな?)


 タロスは悩んでいる振りをしながら、どうやってこの波に乗ろうか、どうやってダンジョン中層からの貿易素材で取り扱ってもらうおうか、そのためにはどこの誰に話を根回しをしょうかと悩んでいた。


 「………釣竿なら、ラーセンだな。どれ紹介状を書いてあげよう」


 エルフのタロス柔和な笑顔で手紙を書き始める。

 話についていく気のないタヌキチは助手のサチさんの膝の上で丸まって寝ている。このエロダヌキは無防備にも至福の表情をさらしている。

 アユムはタロスの諸々の態度に何か気づいたらしく、笑顔の練習をしている。


 「さて、アユム。これをもって、この地図の場所に行くといいよ」

 「ありがとうございます」


 「さて、あの木は良い素材だな」

 「ですよね。僕も師匠に教えていただいていましたから、発見した時は驚きましたよ。咄嗟に釣竿を作るために持って帰ってきちゃうほどに………」


 ハハハハとお互い笑いあってお茶を口に含む。


 「そうかそうか、教えておいてよかったよかった。ところでどれぐらい伐採してきたんだ? 余りそうならぜひ譲ってほしいものだが……」

 「あはははは、余る予定はないですね。釣竿は本数も必要ですし、試作もいりますからね……」


 『大変だな、ハハハハハ』と笑いあいながらお茶を口に含む2人。


 いやな空気に気付いたタヌキチは起き上がってサチさんに抱きつく。怯えてる様子だ。

 サチは平然としながらタヌキチを撫でる。


 「でも、師匠がラーセンさんを教えてくれましたから、1本ぐらいならご提供できますよ……」

 「おお、それは助かる。でも、ちょっと少ないな……。ああ、そうだ。今後の貿易とか考えてるのか?エレベータに乗る許可を得ているのはアユムと同行者だけなんだろう?」


 「今の所、次の入荷は考えてませんね。今の所は」

 「…………」


 タロスから笑顔が消える。

 暗に『いくら出せますか?』と問われているようなものだ。

 正直、モンスター素材の輸送だけでは最近エレベータに空きが出ていることも事実である。しかしその空きスペースもアユムの特権を利用して木材は運搬する者の15階層に搬入させて色々と木材加工をしようと企んでいた。なので、お世話になっている師匠がほのめかしてきたとしても……、あまり譲りたくないという本音もあった。


 「「あはははははははは。」」


 お茶を片手に一見賑やかな笑いが起こった。


 「頼む。職人としてあれで色々したいんだ。譲ってくれ、大目に」

 「……しょうがないですね。師匠がそうまでいうのでしたら……。ちなみにどれぐらい出せますか……」


 スッとタロスから紙が差し出される。

 アユムの想定よりも数割低い。


 「倍でどうでしょう」


 香辛料とか部品関連の費用を頭の中で算盤を弾いてアユムが回答する。


 「………………」


 タロスは思った。『高っ』と。普段仕入れている木材の10倍。だが、希少価値をつけて販売していれば…………。


 「わかった。この値段でどうだ」


 通常木材のアユムの希望額の7割の価格を書いてみるタロス。

 黙って笑顔のまま席を立とうとするアユム。


 「まてまて、これならどうだ」


 8割の価格にしてみたタロス。

 悩むアユム。しかし、アユムの心は納得済みである。いわゆるポーズというやつである。


 「部品が必要になれば、こっちの仕入れを使っていいからどうだ?」


 アユムは笑顔でうなずいた。

 そしてお茶菓子を食べて去っていった。


 去ってゆくアユムを見送りながらタロスはつぶやく。


 「強くなったなぁ………」


 隣に立つサチの腕の中でタヌキチが小さく鳴く。


 「キュウ(気付いたら置いて行かれた!)」


 その日はタロス師匠のうちの子になったタヌキチは翌朝マナマスに引き取られるまでサチさんに甘えていた。


 「「「「コケ!(帰るよ! エロエリート!)」」」」


 翌日鶏四天王に担がれて運ばれるタヌキチがいた。


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