第46話「最近話題の筋肉講座」

「キュウ!(せいっ!)」


 タヌキチの気合の籠った声と共に突き出された拳は、積み上げられたレンガを吹き飛ばす。


 「キュウ!(はっ!)」


 続けざまに女性が構える板を蹴る。板は簡単に二つに割れる。


 「キュ~キュウ(ふ~)」


 ギャラリーに向かって向き直り構えを解くとタヌキチは道着を正し一礼する。


 「どうですか、皆さん! ただの狸も、たったの一か月でこの筋肉!」

 「キュウ!(僕の筋肉を見ろ!)」


 筋肉? を誇示するタヌキチと女性。


 「リンカー道場では只今門下生募集中です! 1か月契約ですとなんと! たったの800ルム!!」

 「キュウ!(お安い!)」


 手を口に当て驚く仕草のタヌキチ。

 ここはコムエンド中心部の広場。定められた数の屋台のみ出店を許されるこの場所で現在一番人が集まっているのはこの『リンカー道場、門下生募集!』と書かれた立札を立てた【見世物】だ。

 ちなみに800ルムとは成人1人が5日食べて行ける金額である。尚15歳で成人となり、国の事務職に就いた若者の初任給が凡そ7000ルムである。


 「高っ! そして胡散くさっ!」


 野次馬からヤジが飛ぶ。

 タヌキチのデモンストレーションでぐっと客を掴んだのだが、必ずこういう輩がいる。


 「キュウ!(おう、くそ野郎! 表出ろ! 筋肉で語ろうぜ!)」


 煽り耐性のないタヌキチはいきり立っている。

 だが、一般的にみると。


 「かわいいー!」


 マスコットキャラでした。


 「はい! 今入会するとなんとタヌキチとお揃い! 肉球鉢巻きをサービス!」


 タヌキチの欲に並ぶ女性ことリンカー道場師範マナマスからの押しの一言だが、女性陣は喰いつかない。それもそうだろう汗くさい、泥くさい、男くさいの代名詞【道場】であるからだ。だが同じ女性として、そのような反応にもリンカー道場師範マナマスは自信満々であった。


 「当道場では私を含んだ10名の女性師範による懇切丁寧な指導があります! そして何よりタヌキチ君やコッコちゃん達と一緒に踊るように楽しめる講座も毎日開催!」


 マナマスの言葉に反応して裏に隠れていた鶏四天王が飛び出してくる。

 タヌキチと向かい合うようにしてリズムに乗って拳を突き出す鶏たち。


 「キュウ(はい、1! 2! はい、ターンして上段蹴り! はい、1! 2! ステップ踏んで! いい感じィ!)」

 「「「「コケ!(兄弟子! メスが見てると気合が違う! さすがエロエリート!)」」」」


 すっかりとうきびが抜けたエロエリート、タヌキチ!

 そんな言葉も、意味も伝わらないやりとりだが人間たちには好評でどこからか歓声が沸く。


 「かわいいー!」


 想定内である。黄色い声援と『あれなら楽しそう♪』という声。


 「かわいいー!」


 想定外である。冒険者らしき筋骨隆々の男たちによる野太い声援。『あれなら楽しそう♪』。……本当か?


 「はいはい、皆さん押さないで! 入会希望者はこっちでお願いします! 半年契約ならお得の4500ルムだよ! 300ルムもお安くしますよー!」


 「待て待て待て! 皆、騙されるな! こんなもんすt……」


 ヤジを飛ばしていた商人風の男が横から口を挟もうとした瞬間、タヌキチの光速アッパーが閃く。


 「キュウ(営業妨害とは無粋な……)」

 「「「「コケ!(兄弟子! メスが見てると気合が違う! さすがエロエリート!)」」」」


 鶏のせいで台無しである。

 だが、そんなやり取りは人間には理解されず。タヌキチは満足気なマナマスに抱えられて契約テーブルに据え置かれる。


 「撫でていいですか」

 「キュウ(構わないぜ(キラリッ)お嬢さん。僕に惚れると……)」

 「かわいいー。獣臭くない!」


 獣言葉は通じません。


 「でしょ。こっちの鶏ちゃんたちも毎日お風呂入ってるので清潔ですよ」


 鶏たちも人気である。

 キャーキャー言われているが、その客のほとんどが男性である。

 まぁ。メスですしね。彼女ら。……間違ってはいない。


 さて、先ほど妨害しようとした男だが、リンカー道場の美しき乙女たちに連れられて騎士詰め所に連行されていった。営業妨害である。


 「今や、女性も筋肉をつける時代! でも、筋肉ダルマみたいにブクブクになりたくない! さぁ、そんなあなたに贈るリンカーメソッド! お試し一か月からでも構いません! 女性への指導は全て女性が行います。そして! 熱血指導など不快な指導も致しません! 皆さん、これからの時代は『美しく強い』者が勝者の時代です! ぜひリンカー道場へお越しください!」


 マナマスが言い切ると列は少しづつ増えていく。女5、男3、漢オトメ2。の割合だった。


 そんな光景を歯ぎしりしながら見ている男が1人。


 「なぜだ! 細マッチョなぞ外道! 筋肉は美しく偉大なもの。その権威は大きさにこそあるのに!」


 筋肉魔法使いギュントルであった。

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