第45話「ねぇ。いつになったら下行くの?」
「すごかったですよ! 33階層。砂漠エリアで知らないダンジョン作物が3種類も!」
まずい。酸っぱい。苦い。色とりどりのフルーツを手にアユムが笑っている。
ここは35階層火炎宮殿。
炎をモチーフにした荘厳な神殿。
中に入ると雰囲気ぶち壊しのちゃぶ台。
そしてちゃぶ台の横に『お食事処まーる 火炎宮殿支店』。
「ダメ! 雑すぎる! 食材の声を聴きなさい!!」
「ぎゃっ!(了解ですなの! 姉弟子!)」
いつの間にかドラゴンイエローが弟子になっていた。
今回一緒についてきた元双剣使い、現料理人、中年太りしたおやじ事、師匠ハインバルグにドラゴンイエローが頼み込んで弟子にしてもらっている。
いい機会として店を立ち上げさせ、教育係にマールを指名。その為、店も【まーる】の名を冠している。『きちんと指導してみろ』というハインバングルの意図である。
指導方法が感覚派なのはしょうがない事だ。ハインバングルは弟子の作業をじっと見つめて間違ったら無言で殴り飛ばし、再度やらせる肉体派だからだ。
ちなみにマールも肉体派修行をしたのだが、ふとしたことから治療したメアリー医師にばれ、ハインバングルはお説教を賜った。お説教(肉体言語)だったのは内緒の話だ。
さて、ここで謎の女性メアリーについて語っておこう。
メアリーは今年で50歳を迎える。身長160cmと冒険者をする女性の中では比較的小柄だ。
冒険者には総合的な体力を求められる。魔法の才能等は賢者が代々女性であることからもわかる様に、女性の方が魔法に関する感性が鋭いと言われている。だが、冒険者には回復にしても攻撃にしても女性魔法使いは少ない。
そこには2つの理由がある。
1つ目は、単純に冒険自体について行けないからである。
如何にレベルが上がり体が作り替えようとも、男性冒険者も同様にレベルが上がる。つまるところレベルの恩恵が体力差を埋めることができないのだ。そこで数的に多い男性冒険者の体力に合わせてパティーの行動範囲が広がる為、多くの女性冒険者は基礎能力の問題で冒険についていけなくなる。
地上の安全な場所での仕事、治療院や魔法組合の魔法研究部署では女性の方が多いのが現実である。
2つ目の冒険者をする女性が少ない理由は性的な事だ。
男と女がダンジョンと言う密閉空間にいるとよからぬことが起こるからだ。
多くの女性冒険者志望者はそれでやめてゆく。
近年平和を手にしたこの国でやっと、防止策として記録魔法道具を貸し出し、性犯罪を犯した冒険者には重罪を課す法律が整備された(メアリーの夫、エスティンタルの影響が大きい)。
だが、メアリーの現役時代はそれが無かった。だから冒険者を続ける女性は好色であると揶揄されていた。
それでもメアリーは尊敬し信頼する男性先輩冒険者のパーティーを信用し所属した。周囲の好機の目に耐えながらも冒険を続けた。メアリーはダンジョン探索が章にあったのか、変な噂を立てられても悪ガキの様な笑顔で軽くかわせていた。
しかし中層を超え、ある野営地でメアリーは……信頼していた先輩冒険者に襲われる。
パーティーメンバーが気付いたときには事を終えた後だった。
乱れた着衣で涙するメアリー。その裸を見ない様にマントを被せたのはハインバングルだった。
沈痛。そんな無言の続くパーティーの中で一言目を発したのは……被害者のメアリーだった。
「おう、立てコラ………」
知的美人のメアリーが発した言葉に一同戦慄する。
次の瞬間、メアリーがこぶしを握る。そして先輩冒険者は目を閉じる。
殴打。回復魔法使いのメアリーの軟弱の拳が先輩冒険者を打ち抜き、力を抜いて罰として受け入れていた先輩冒険者は勢いそのままで倒れ込む。そしてメアリーはマウント乗り、殴り続ける。
殴る。メアリーの拳が壊れる。先輩冒険者の頬が腫れ上がる。そして両方を回復魔法で修復する。
それは幾度繰り返しただろうか、冷たい眼差しでそれを繰り返すメアリー。ただただ打撃音と回復魔術の発動音だけが野営地に響く。
1時間ほどして正気に戻ったパーティーメンバーが、何とかメアリーを先輩冒険者から引きはがせた頃、先輩冒険者はすっかり怯えきっていた。
その後メアリーは女性だけの冒険者パーティを立ち上げた。
そしてそれからたった3年で幾つかの偉業を成し遂げた。
女性冒険者で始めて35階層を踏破した。
対人結界を開発した。
痛覚遮断魔法を体得した。
回復魔法を活用した体術を編み出した。
女性で初めて、単身でのクレイジーパンサー討伐を成し遂げたのも彼女だ。
結婚を期に惜しまれつつ引退したが、その後も女性冒険者の地位向上に苦心した。
そして今は気ままな老後を謳歌している。
さてそんなメアリーに再びお説教(肉体言語)されるのが怖くて弟子育成をマールに振ったハインバングルは、ドラゴンブルーとアユムと3人でお茶の最中である。
お茶請けはハインバングル制のクッキーである。このクッキーはマールが一口食べて悔しそうにしていた逸品である。
「ぎゃ(あんな真面目なドラゴンイエロー初めて見ました………)」
「アユムよ。そのフルーツ本当にうまくなるか?」
「行けます! でも、どこで育てようかと……個々の端っこに実験農場作れないかな……」
悩み始めるアユムを眺めながらハインバングルはちゃぶ台の上の手紙に気付いた。
『君たち本来の目的地は36階層じゃなかったっけ? ダンジョンマスター』
アユムにその手紙を渡すと数分首を傾げ、マールに相談に行く。
そして30分ほど2人して頭を悩ませ、ようやく本来の目的を思い出すのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます