閑話「そうだ! 狸で遊ぼう!」

 朝タヌキチが目覚めると何時も師匠たちの布団の中にいる。

 このレンガ造りの家は野宿に比べ数段快適な生活である。

 自分に用意された寝床も暖かく草の間で身を丸めて寝ていたころに比べれば別世界だ。何より敵を警戒して熟睡できない野生ではない。快適である。

 だから野生の緊張感から解放されたタヌキチは熟睡すると、夜間人肌の温もりを求め師匠達の布団に潜り込む。たまに踏まれで叫び声をあげるが人間の体温は非常に暖かく気持ちいい。

 しかし、タヌキチは腑に落ちない。


 「キャウ(せっかくなら、マールさんがいい!)」


 2階の女性部屋があるがそこは強固な扉と男除け結界が張られている。一度マールの後ろについていったタヌキチだが入り口ではじかれてしまった。寝ぼけて2階に登った時は覚悟無くなく踏み込んだため、気絶して朝を迎えてしまった。


 「エロダヌキ」


 こんなにも可愛い(自称)のタヌキチに不名誉な二つ名が付いた。


 「キャウ(遺憾の極み!)」


 自然の流れである。

 同じノリで女湯に突撃などするから……。


 「キャウ(オスならば、やらねばならぬ時がある! それが運命(さだめ)! 愛・戦士!)」

 「こんにちは! ブラック屋です! ニュータイプ希望者がいると伺いました! 改造手術いかが?」


 変な幼児神が降臨した。


 「キャウ(あ、それなら世界の声が希望してました! なんかたまに『ララァ!』って叫んでますし)」


 ちょ! こら! そんなこと言ったら。


 ピッピッ


 神様からこの仕事始めた時に渡された端末が鳴る。


 『僕ブラック。今天界にいるよ!』


 べたなのキターーーーーー!

 慣れない手つきで返信する私。『仕事中なので、連絡しないでください。そして、その話は嘘です。狸ジョークです』


 さて、朝のタヌキチに視点を…………。

 

 ピッピッ


 いや。あの。おかしくない? 俺、世界の声よ。いわば第三者視点よ。

 そう不条理に悩まされつつも端末を見る。


 『僕ブラック。今そこから直線距離で南西1kmのところにいるよ!』

 『分かり辛いわ!』


 気を取り直してタヌキチを…………。

 

 ピッピッ


 …………お願い仕事をさせて…………。

 相手は高位の神様。無視はできないので私は端末を見る。


 『僕ブラック。今君の口座と自宅端末をクラックしたよ!』


 OH! 最近のお子様過激!


 『犯罪やん! 通報しまs』


 そう打ち込もうとしたところで手を止める。

 ……いつからそちらに? ブラック様。


 「比較的初めから」


 笑顔の幼児。戦慄!


 「大丈夫。痛くないですから。気づいたら新しい自分なのです。ワクワク感を持っていきましょ~♪」


 じわじわ寄ってくる幼児の手から逃げ出そうとしたが。


 【神様からは逃げられない!】


 天界の結界に阻まれました。そうだ、上司の禿(創造神)に……そこで私の思考は暗転(ブラックアウト)した。ブラックだけに。


 「脳に深刻なダメージがあるみたいなのです! 緊急オペなのです!!」


 …………っは! 私は何を! …………そうだタヌキチの様子を見なければ。

 世界に意識を送るといつもより広範囲を詳細に見通せるような気がしたがきっと気のせいに違いない。


 ピキーン


 『考えるのではないのです。感じるのです』


 …………取り敢えずタヌキチだ。

 彼は今二度寝の微睡の中にいるのだが、そろそろしびれを切らしたリンカーにたたき起こされる。

 時刻は4時。ダンジョンの照明が薄明りになる時間帯。


 道義に着替えてリンカー師匠の後を追うタヌキチ。

 一歩外に出ると、朝の冷たさが身に染みる。


 「「「「コケ!(師匠! 兄弟子おはようございます!)」」」」


 巨大鶏4人衆が2人を出迎える。

 鶏というと朝叫ぶものでは?


 「コケ(そんなはしたない真似するとでも?)」


 ちなみに4人衆はすでにマールに卵を納品済みである。

 彼女らの登場によってマールのレシピの幅が広がった。何より菓子の類がぐんと増えた。15階層の女神達と呼んでいい。


 さて、彼らは朝の鍛錬をこなした後畑に出向く。これも修行の一環である。

 鶏たちは生まれながらに風魔法をまとった翼を巧みに使い作物を整えていく。

 タヌキチは今日は芋堀である。高速の抜き手で次々芋を掘り起こしていく。


 「コケ(………とうきびエリートはここまでできるのか! 追いつけない。さすが兄弟子)」


 ワームさんたち向けの食糧と備蓄庫に運び込むものとマールに納品するものを手早く分けて運ぶ。ひと段落すると朝食になる。


 鶏たちは彼女たち専用のご飯を。タヌキチは昨日の余り物をいただく。

 皆、美味しさに笑顔である。


 その後昼前まで修行と称して16階層で鬼ごっこをする。

 野生のモンスターに出会うが人間ではないので反応してこない。なので『巻き込まれた一般人』の想定し、鬼からかばいつつ戦う。鬼も危害を加えないようにだが、相手の意識を向けるような攻撃を向ける。


 「キュウ!(空に逃げるのは卑怯っす!)」

 「コケ(なんとでも言うがいいのです! 見ろ! 兄弟子がごm………)」


 鶏四天王のうちの一人がセリフを言い切る前にタヌキチは地面をける。


 「コケ(馬鹿な! 届きはしない! 逆に隙を見せるだけだというのに!!)」


 まさかの尊敬する兄弟子の愚挙に目を丸くした四天王だが、次の瞬間戦慄する。


 ダン!


 何もない空中を蹴ってタヌキチはさらに飛翔した。


 「コケ(馬鹿な!!!!!! 何を蹴ったというのだ!!)」

 「キュウ(なければ作ればいい)」


 コッコ達も後で知りさらに驚愕するのだが、この時タヌキチは『何もない空間を蹴った』のではなく『風魔法で生成した、圧縮された空気塊を足場にした』のだ。

 難しい技術を何気なく披露するタヌキチ。エロタヌキだが紛れもない天才であった。


 こうして昼前まで彼らの修業は続く。

 昼間に15階層に戻るといいにおいが漂っている。

 お食事処マールでは人間とモンスターがナイトウさん経由で談笑している。

 常連のモンスターになると言語を操る。

 人間もここまで来れる冒険者だけあって偏見が少なく、神様公認の実験施設である旨師匠達から説明されると『なるほどそんなこともあるんだな』と諦めたように納得する。

 世の中不思議であふれている。小さなことで驚いていては冒険者。それも上級などしてはいられないということなのだろう。


 そんな光景を横目にタヌキチたちはお風呂に向かう。石造りの建物で巨大な大衆浴場にまで進化している。


 バリっ!


 入り口でタヌキチだけ弾かれる。


 「コケ(エロダヌキ)」

 「コケ(エロ兄弟子)」

 「コケ(エロとうきびエリート)」

 「コケ(エロの権化)」


 痴漢に冷たいのは万国共通のようで。

 ただ一人微笑んでいるのはタヌキチの女神マール。彼女は店をセルに任せて鶏たちと一緒に風呂に向かう。


 タヌキチもヒョイとリンカーに持ち上げられて男風呂に向かう。

 命の洗濯。タヌキチの場合は欲望の洗濯になる。つまりはここでリセットされる。


 風呂を上がると各階層のモンスターと冒険者に交じってお昼を食べる。

 午後からは彼らと一緒に狂ったモンスターを刈るのだ。

 最近5~15階層を見るアームさんは外出がちで、16~20階層を見るムウさんは20階層の農業にはまっていた。なので15階層にくる冒険者と知性を得たモンスターたちで狩りが始まる。


 通常モンスターの場合は、モンスターたちは力を貸せないが狂ったモンスターについてはなぜかモンスターたちは場所を把握している。なので通常モンスターを極力避けながら(本当であればモンスターたちも、存在意義として狩ってほしいのだが、自分たちのように知性を得る可能性もあると思うと回避している)狂ったモンスターを退治する。


 タヌキチたちはそれに同行し手助けをしながら技を盗む。

 そして夕飯後、本日の成果をリンカーに見せ修正される。そして基礎トレーニングをみっちりこなして風呂に浸かり、タヌキチの一日は終わるのであった。


 バリっ


 メアリーさんの部屋の前で狸が焦げている。

 懲りない。だがそこがタヌキチ!


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