第44話「ドラゴンはどら焼きがお好き」
34階層。南西のエリアにアユムとマールそしてドラゴンブルーがいた。
ドラゴンブルーは護衛兼お目付け役である。
初めてアユムたちが35層に訪れてから12日が過ぎていた。
途中一度地上に1週間ほど帰っていたので実質5日間。35階層から上の階層で探索していた。
「ドラゴンブルーさん、ここやっちゃってもいいですか?」
マールが最終確認のためにドラゴンブルーを見る。
やっちゃっていいか? と聞かれたのは壁の事である。
ただの壁ではない。隠し部屋につながる壁であり、どこかのスイッチになっているブロックを押すと壁が開く構造になっているのだ。
「ぎゃ(どうぞ……………)」
ドラゴンブルーの本音としては仕掛けブロックを探してほしい。なのでドラゴンブルーは無意識で仕掛ブロックに視線を送り続けている。だがアユムもマールも全く気にしていないので気づきもしない。
「良いらしいんで、カウント0でやります!」
アユムは一応自分のメイン武器である片手剣を振り上げカウントを始める。
「5」
マールは後ろに下がり、持ってきた鉄製の荷車の荷台を整える。
「4」
ドラゴンブルーはやはり仕掛けブロックを見つめている。
(ごめん。君の役目は気付いてもらえそうにないよ……)
同じダンジョンの構成物としてドラゴンブルーは仕掛け扉を憐れんだ。
「3・2・1・ 秘剣 光線剣!!」
ドラゴンブルーすら目で追えない動きで振るわれるアユムの剣は、複雑な軌道をえがく。その剣先からは強烈な光が放たれている。そして光は明らかに壁の継ぎ目を打ち抜いており、アユムが剣を鞘に収めると小さいが重たく落ちる音が鳴り響く。
「アユム次ね」
マールから手渡されたのは鉄扇であった。アユムは剣をマールに渡し、代わりに鉄扇を掴むと一呼吸。
構えをがらりと変えて、次の技に備える。
ドラゴンブルーはその姿に思わず見とれる。アユムから感じるのは洗練された【武】であり【舞】であった。片手剣の構えから想像できない、本当に同一人物かと思えるほど艶やかな舞を舞いそうな、優しくも華のあるそんな構えに劇的に変化したのだ。
「5・4・3・2・1・ 奥義 旋風演武」
気流の流れがアユムの持つ鉄扇にあつまり、そこから先が激流に変わる。強烈な風の力で面に圧力を加えられた壁は、次目を先ほどの剣技で斬り離されてた為、周りと接着する力も薄く、やがて現状を保てづガラガラと瓦解して行った。
アユムたちの前に隠し部屋が現れる。
中には黄金に装飾された輝かしい宝箱が彼らを出迎えた。
「アユムー、一個づつもってきて。積めるだけ積んじゃおー」
宝箱を無視して彼らはオレンジに輝くブロックを運ぶ。
「スキンの魔法って便利ですよねー」
「そうだね。でも、アユムも便利だよ。きっと『一家に一人アユム!』の時代が来るよ! 絶対!」
ドラゴンブルーは思った。楽しそうだけど折角の出番。一世一代の見せ場を迎えた宝箱の姿を見てあげてほしい。ダンジョン機能とは言え数百年この時の為だけに磨かれ続けたその努力を。『ああ! 宝箱だー!』『ひゃっはー! おれたちはやったぜー!』的なリアクションをしてあげてほしい。と切に願うドラゴンブルーだった。
(同僚よ。持って帰って師匠達に手渡すから。きっと師匠達は驚くはずだから! きっと)
尚、アユムとマールはスキンの魔法の効果で薄く光っている。これは周囲の熱エネルギーを魔法力に変換するスキンの魔法の特徴である。術者の生活環境に環境を合わせる魔法、具体的に言うと内外の気温差を魔法力で埋め、その魔法力で魔法を維持する術である。師匠達が懸念していた様な『合わせる環境を間違えてさらに劣悪な環境に術者を追いやる』ような事態にはなっていない。その辺り人の常識からかなり逸脱した師匠達をもつ2人ならではの、常識外の環境適応能力の高さがまるで術にまで反映しているようだった。
熱エネルギーを保ちやすくする石を大量にゲットしたアユムとマールはホクホク顔で35層に帰る。運びきれなかった石は通路脇に積み立てて置いて、後日取りに来ることにした。
「ドラゴンブルーさんそれは?」
「ぎゃ(宝箱です! すごい奇麗ですよね!)」
ブルーの目が怖かった。アユムとマールは苦笑いを浮かべながらこう返す。
「おお! すごい! マールさん奇麗な宝箱ですよ!!! (チラチラっ)」
「ああ! アユム凄いね! ドラゴンブルーさんすごいの持ってきたね! おめでとー!(棒)」
……ドラゴンブルーは空気を読んだ。
乾いた笑顔を張り付けながら荷車を押す。腑に落ちないドラゴンブルーだった。
35階層に戻ったドラゴンブルーはその理由を知る。
「ほら、あいつら宝石商とか装飾師の弟子もやってるから目が肥えまくってんだ。これだって箱自体宝物級だとは思うけど……、お眼鏡にかなわなかったようだな。……なんかすまん。許してやってくれ」
なんとなく納得したドラゴンブルーは食料のお代として師匠達に宝箱を提供する。
それは、領主オルナリス経由で国王に献上されコムエンドの名声をさらに高める結果となった。
だが、師匠達を含め殆どのメンバーが『あんなのでそんなに騒ぐものかね』と言ってしまった為、アユム含む弟子たちの価値観が相当に狂い始めたのだった。
「俺達100階層まで行ってるからな。すごいものは見慣れてる」
……。
ちなみに、持って帰った石を調理器具として使って、最初に35階層の料理場で作られたのは……どら焼きであった。
「ぎゃ(美味しいです! 暗黒竜先輩とレッドの分は絶対に残りませんね。かわいそうに……)」
「ぎゃ(おいしいの! こんなおいしい物食べられないなんて、暗黒竜先輩かわいそうなの。でもお残しは勿体ないの。心を鬼にしなければならないの!)」
北方から【少量】入手した小豆はこうして皆の胃袋に消えた。
「がう!(美味い! もう一個!)」
この後、非常に迂闊なおネコ様がうっかりダンジョンマスター向けの報告書に、どら焼きが美味かった旨を報告してしまい。ダンジョンマスターに大変僻まれるのであった。
「ぎゃ(15階層の子になりたいの!)」
暗黒竜先輩にも迂闊な子から伝わってしまい盛大にいじけられる。
マールが次のスイーツを持ってくるまで口をきいてもらえなかったらしい。
・・・
・・
・
ここまで読んでいただき誠にありがとうございます。
では、本編……ごほごほ。後書きをどうぞ。
天使見習い「しまった! こいつ超級モンスターになりかけていやがる!」
悪魔見習い「ダメだ! ダンジョンコアが融合してる! 神様! 神様に救援を呼ばなければ!」
ダンジョンマスター(若手)「通信が! くっそ、超級なりかけの癖に通信妨害までできるのか!」
人食いダンジョン討伐一行は最終フロアで苦戦していた。
見てわかる様に神に近い種族とは言え若手の集まりである。この程度のモンスターが『超級』なわけもなく。神々の眷属と上級ダンジョンマスターの見立ててでは『ダンジョンコアの暴走』で上級のモンスターに毛が生えた程度である。つまりは彼らでも十分に討伐可能なモンスターであった。と言うかこれ以上に強力なモンスターを管理しているダンジョンマスターは、実は上級ダンジョンではざらにいたりする。
見た目はまるで3mほどある巨大なカブト虫である。
巨大なカブト虫が羽ばたくと戦闘に慣れていない天使と悪魔が弾き飛ばされる。
天使見習い「くそ! こんな時にグールガン隊長が居てくれれば!!!」
悪魔見習い「ぐはっ! い、いうな! あの人は今家庭が大変なんだぞ! あの放送以来娘が目を合わせてくれないらしいぞ!」
ダンジョンマスター(若手)「馬鹿な!! 最低限父親扱いしてもらっていたはずなのに!!」
巨大なカブト虫の角に赤い光が宿る。光線発射の兆しだ。
天使見習い「グールガン隊長から伝授させた防御結界を張る! みんなこっちだ!」
悪魔見習い「はっ! 分かった! あの、外海で! 『うほっ! 漢オトメだらけの漁業大会♪』に参加中の、あのグールガン隊長の結界なら安心だ!!」
ダンジョンマスター(若手)「大丈夫かな……この人たち。一応、地上安定課の実行部隊員なんだよね………」
ダンジョンマスター(若手)が結界に入ったことを確認して天使見習いは結界の出力を上げる。その時だ。巨大カブト虫からチュインチュインと恐ろしい音と共に激しいエネルギー流が発射されたのは。
天使見習い「ぐっ! 強い!」
悪魔見習い「加勢するぞ!! 悪魔ちゃん先輩から俺も結界術を習っている! ……へたくそだから加勢になるかわからんがな………」
ダンジョンマスター(若手)「さすが! ………高位種族はさすがだ………」
10数秒のやり取りの後、激しい光を放ちエネルギーの激突が止まる。お互いの間に疲労と無駄に散った魔法力が漂う。
天使見習い「なんてこった!!!!!!」
悪魔見習い「………すまん。もう俺たちは立ち上がる力もない………」
ダンジョンマスター(若手)「逃げましょう! ………くっ、回り込まれた! ………」
万事休す! 3人がそう思ったその瞬間!!
暗黒竜先輩「がお(邪魔! 角の生えたゴキブリがえらそーにしてんじゃない!!!)」
ドラゴンレッド「ぎゃ(だから、ピンチになるのを見計らってから登場するのは止めようって言ったじゃないですか!?)」
暗黒竜先輩に蹴り飛ばされた巨大カブト虫はフロアの端に飛んでく。
南にダンジョンコアの台座があるとすると。
北に入り口たる階段があり、そこの暗黒竜先輩達がいる。
西に3人の人食いダンジョン攻略部隊。
東に蹴り飛ばされた巨大なカブト虫。
天使見習い「お前らなんで来た! 危ないから上層をお願いしただろう!!」
悪魔見習い「………まて、叫ぶ前に逃げるぞ」
ダンジョンマスター(若手)「だめだ! あのカブト虫めっちゃこっちみてます………」
3人がした口火を噛み締め、決死の戦いに挑もうと覚悟を決めた。だが、空気を読まない子たちが大声で叫ぶ!
暗黒竜先輩「がお!(ひとーーーつ! 醜い世界の不純物!)」
ここで全容があらわになった暗黒竜先輩は元の大きさよりかなりコンパクトになっていた2m級の小型ドラゴンである。ただ翼が羽毛であることとその後ろにロケットブースターの様な筒状の外皮が2本背負っている。ブラックの外科手術の賜物のようだ。
さてそんな暗黒竜先輩は右から半円描きゆっくりと手を振る。180度回り切るとポーズを保ち、半ば口を開ける。合間から垣間見られる牙がきらりと光る。
ドラゴンレッド「ぎゃ!(ふた~~~つ! しつこい世界の汚れ!)」
暗黒竜先輩とは反対の左から半円を描きドラゴンレッドも腕を体全体を振る。
同じく2m級のこちらはどちらかと言うとドラゴニュートの様なドラゴンレッドも決めポーズで、牙キラリ!
暗黒竜先輩&ドラゴンレッド「がお!ぎゃ!(退治してくれよう! われら、暗黒竜戦隊!!!)」
ドガ――――ン
暗黒竜先輩たちの背後で盛大な爆発が起こる!
もう一度正確に言おう。暗黒竜先輩たちの背後にある【階段】で盛大な爆発が起こり、階段が崩落する!
天使見習い「逃げ道が!!!!」
悪魔見習い「………お母様。僕は本当にダメな子供でした。先立つ不孝をお許しください……ぐすっ」
ダンジョンマスター(若手)「大丈夫です! きっと彼女たちが何とかしてくれます………たぶん!」
一方決めポーズに満足な暗黒竜先輩とドラゴンレッド。お互いに抱き合って、どこが良かったとか今度はもっと踏み込んで迫力を出そうとか話している。
普通そんなことを待ってくれるのは親切な悪役だけである。巨大カブト虫は先ほど神の眷属見習いたち3人を追い込んだのと同じ技の準備を完了して発射体勢にあった。
天使見習い「あぶない!!!!」
天使見習の心遣いもむなしく、声と発射は同じタイミングであった。
瞬間の激しい爆発に備えて目をつぶり腕を前に出した天使見習いだが、一向に爆発とその衝撃波が到達しない。不審に思っていると隣で防御姿勢もとらずに呆然としている。
悪魔見習い「………ばかな………」
悪魔見習いのその台詞につられて天使見習いも防御姿勢を解きその光景を目の当たりにする。
暗黒竜先輩はその光の濁流を喰らっていた。
暗黒竜先輩「がお(美味しくない! そしてスッカスカ! もっと踏ん張れよ!)」
ドラゴンレッド「ぎゃ(暗黒竜先輩ガンバー。と言ってるうちに後ろに回り込む私。えい!)」
ドラゴンレッドの槍の一刺しはその先端から発せられた光が巨大なカブト虫を貫く。
1撃。
2撃。
3撃。
何の負担感も何く大技を連発するドラゴンレッド。
やがて巨大なカブト虫はその巨体から力を失い倒れ伏す。
暗黒竜先輩「がお(ザコが私に絡むのがいけない! あはははは!)」
ドラゴンレッド「ぎゃ(暗黒竜先輩! 勝利のポーズです!!)」
賑やかに勝利の余韻を楽しんでいる暗黒竜先輩たちを横目に人食いダンジョン攻略部隊の3人は腰が砕けたように呆然と座り込む。
天使見習い「これが噂のコムエンドの新種!!!!」
悪魔見習い「………なんて力だ」
ダンジョンマスター(若手)「………あのダンジョンマスターにだけは逆らってはいけませんね………」
彼らが呆然としているうちに、暗黒竜先輩達は討伐対象であるダンジョンコアを見つけられずに右往左往している。
暗黒竜先輩「がお(やばい! お母様に怒られる!)」
ドラゴンレッド「ぎゃ(暗黒竜先輩はそう言う病気だからいいじゃないですか! 私なんて普通の趣味ですよ! 痛いの嫌だし怖いし、あの冷たい視線きついっす!)」
暗黒竜先輩「がお(おまっ! あれは別格! 最初はご褒美だけど、途中から違うから! 私も嫌だから!)」
ドラゴンレッド「ぎゃ(あ、そうだ! コアは無かったって事にでっちあげましょう! そうしましょう! 万事解決!!)」
後ろにダンジョンマスターが笑顔で立っていた。
そのお顔には青筋さんも立っていた。
暗黒竜先輩達の明日はどっちだ!
(おしまい)
ブラック「今の自分に満足できない子はいませんかね……悪魔とか天使とか……被検体が少ないので、随時募集中です♪」
(いや、だからおしまいだっての!)
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