第41話「漁業に手を出したいが20階層よりも下」

 「賑やかになったもんだ……」


 ランカスが自慢のヒゲを撫でながら呟く。

 畑は広がっていない。しかし、働くモンスターの数が多くなった。それはひとえにしゃべるスケルトンの役割が大きいだろう。作業を手伝う冒険者や師匠達とモンスターの間を繋いでいる。その容貌から初めは驚かれるがその仕事と真面目な性格から誰しも彼女を信頼し頼りにしている。


 そしてランカスはその恩恵でできた余裕をもってお食事処まーるの一席にどっかりと腰を下ろし、リッカジュースを煽る。

 ジュルットの収穫を終えたランカスはマールの下料理の仕込みを手伝い現在すべて終わり悠々自適であった。


 「どうぞ」


 マールがそっと差し出のはジュルット揚げである。

 それはジュルットから糖分抽出した後、油でサッと揚げ、軽く塩を振ったものである。

 食物繊維豊富なジュルットだが揚げるとパリと言う音感とサクッという心地よい食感を提供してくれる。振られた塩はイックンが36階層以降で見つけた良質の岩塩である。風味と旨味が際立つそれは最高の……酒の肴だ。


 「酒が欲しいな………」


 つぶやくランカスに苦笑いのマール。


 「グールガンさん、あんなことなければあそこでお酒仕込んでいたんでしょうね………」


 木の食器を水魔法で洗いながらマールは建設予定地である空き地を見る。


 「言ってもしょうがないが……。惜しい男を亡くした」


 亡くなっていません。現在国の端っこで男どもに囲まれながらワイワイやってます。あ、うん。漢(おとめ)どもに囲まれてワイワイやってます。はい、情報は正確に伝えます。


 「でも、この間タヌキチ君が持ってきてくれたダンジョン作物でワインが作れるかもってアユムが言ってましたよ?」


 言われてランカスは先日食べたこぶし大のブドウのような作物を思い浮かべる。

 甘味とほのかな酸っぱさ食べごたえあった。期待大である。ランカスは一人で納得すると待ちきれない思いと共にリッカジュースを飲み込む。


 「あー、ここと入り口でエレベータがあればな……」

 「ですね」


 10階層と35階層の貿易を知るとそうつぶやかざる得ない。さらに中級の冒険者であれば10階層は比較的楽に来れる階層なので、地上と10階層の物資運搬が実現しつつある。

 故に、現在グルンドでは10階層からもたらされる35階層付近のモンスター素材で沸いていた。

 勿論高価な素材の為領主の管理下に置かれているが、早速話を聞きつけた遠方の商人が、珍しい食材を求める料理人が、希少素材に目を輝かせる研究者が、グルンドの街に集まり活況を生んでいる。

 その為、領主オルナリスは非常に多忙であった。

 ……。

 失礼。間違えました。領主オルナリスの妻は非常に多忙であった。


 領主オルナリスは『鋭い眼光で商人を睨んでいて。合図したら睨むのやめて』と置物扱いされていた。

 普段から仕事していればそんなこともなかったのだが、度々抜け出すオルナリスは信用を、そして発言権を失っていた。

 オルナリスの息子たちはそんな父を反面教師として領内の職務に精を出している。


 「ここからだと、ダンジョン作物も輸出できるのにな………」

 「香辛料とか調味料とか、酵母とか色々仕入れられるんですがね……」


 15階層で必要なものは現状、師匠達が1週間に1度やってくるので、そこでピストン輸送しているがいかんせん人力では限度がある。


 ちなみに地上直通エレベータについては、一度アユムがダンジョンマスターにおねだりしたことがあるいのだが、ダンジョンを構成する結界の構造上とあと単純に修正する力の問題で不可能と回答があった。


 「勿体ない事だ………」


 トウモロコシ畑をみてランカスはつぶやく。

 生で食べられる生きの良い物をトウモロコシ粉に加工するのは少し勿体ない。

 ランカスはそう思いながらもトウモロコシ畑に視線を向けると、白い鶏と狸と人間が熱血している光景が目に入る。


 「お前らのトウモロコシにかける情熱はそんな物か!」


 リンカーが叫ぶ。

 鶏たちは初めての作業に悪戦苦闘中だ。

 そんな中タヌキチだけは違った。


 「キュウ(見ろ! これがとうきびエリートの速度だ!!)」


 食べごろのトウモロコシを高速で収穫して行く。タヌキチが駆け抜けた後には収穫時のトウモロコシは残っていない。因みにこのダンジョン作物であるトウモロコシはアユムの品種改良の結果、甘さを大幅に増したが実を付けるまで大幅に時間が増している。そうは言ってもおおよそ一か月毎日実をつける。地上の作物では考えられない成長速度である。


 「「「「コケ!(とうきびエリート、マジパないっす!!)」」」」

 「お前ら! 手が止まってるぞ!!」


 タヌキチは背負い籠を降ろし収穫ゾーンにトウモロコシを積むと余裕の表情で後輩たちに告げる。


 「キュウ…(お前ら、自分の速度で成長しな……無理すると……怪我するぜ)」


 そう言ってウィンクである。


 「「「「コケ!!(タヌキチ先輩カッコいい! あたしの産んだ卵たべてほしい!!)」」」」

 「……うむ、やる気出たみたいで何よりだ」


 いつも寡黙なリンカーがよくしゃべっている。どうやらこの収穫作業も一種訓練と化しているのかもしれない。


 ランカスはタヌキ無双のほほえましい光景から隣のリッカ畑に眼を移す。そこにはフルプレート着用のまま中腰でリッカの種付けをしている、ナイトスケルトンのナイトウさんがいた。

 ナイトウさんと言えば先ほどランカスがこう声をかけた。『フルプレートで農作業は大変だろう。脱いでやらないのか?』するとナイトウさんは3歩ほど後ろに下がり腕を抱いて『……エッチ』とつぶやいて骨を紅潮させた。


 何を言っているのかわからない。

 そう私も骨を紅潮とか意味が分からない。


 だが、それは恥じらう乙女の様で一瞬にして15階層の女性陣の支持を受けた。特にワームさんと同種の雌が ないとうさん を慰める。不思議な光景である。


 「そのとばっちりで急きょ作業服作ってるんだったな、ルーゾン」


 高速で手を動かすルーゾンからは返事が返ってこない。

 普段から無口な男ルーゾンは元暗器使いである。暗殺者をしていたところ何の因果かエスティンタルにつかまり冒険者をすることとなった。

 そして、器用な手先とそのキャラクターには合わないファッションセンスで今では他国に高名が轟く服飾師であった。

 ルーゾンに発注すると『王族でも数年待ち』が普通のルーゾンが今せっせと骨向けに服を作っている。どうやら彼のインスピレーションを刺激してしまったようだ。骨が。

 ワンピースぽいがすでに数着出来上がっているが、ルーゾンは今も一心不乱に別なものを作っている様子だ。


 ランカスは『はぁ』と一つ大きなため息。


 「しょうがないですよ。女の子はいくつになっても、何になってもおしゃれにこだわるものですから」


 空気を読んでマールがお代わりのリッカジュースを運んでくる。

 一緒に置かれたのはイカ焼きのようなものだった。


 「10階層のイックンがこの間お土産にくれたリトルクラーケンっていうイカです」


 醤油を垂らして香ばしい香りを漂わせていると、何処からともなくアームさんが現れる。

 最近食べすぎをアユムから怒られたのを気にしてか、『頂戴』とは言わない。


 誇り高き15階層フロアニートは胸を張り作業している者どもを見回す……。……途中でチラチラとイカ焼きに視線を送るアームさん。


 ランカスがイカ焼きを頬張ろうとすると絶望を目に湛え、よだれが漏れるアームさん。

 ランカスは思った。


 (かわいい……)


 なのでランカスはアームさんに見えせ付けるように大きな口を開けてイカ焼きをかみちぎる。

 イカ焼きは口に含むと醤油の香りが鼻先まで突き抜ける。そして噛み締めるとイカの歯ごたえと同時に旨味の汁があふれだす。アツアツと口の中で熱と旨味を楽しみながらランカスは自然と笑顔になりながら咀嚼する。


 ランカスの表情を見ながらアームさんは『そうだろう。そうだろう。うまそうだもんね』と悔しそうに頷く。

 ランカスはもう一口噛り付こうと思ったがそこで止める。

 そして手元にあったナイフでイカを2つに分ける。

 アームさんはその動作から全てを察した。

 アームさんはランカスに正面から向き直るとじっと見つめる。

 見つめ合う2人。やがてランカスからそっと差し出されるイカ焼き。

 アームさんは丁寧に会釈をするとそっとイカ焼きを頬張る。

 一回噛むと天を見上げる。

 旨味を極限まで味わったら大事に咀嚼し始める。一噛み毎に溢れる海の味わい。アームさんは今それを満喫している。


 「幸せそうですね」

 「ああ、さすがお食事処ま~るinモフモフのNO1を誇る駄猫竜様……」

 「海の幸っていいですよね……36階層行ってみたいですね」


 見計らったようにマールが言うとランカスは思わず苦笑いを浮かべる。

 そう、ランカスは以前の100階層踏破者である。当時中層以降攻略できなかった冒険者たちが意地となり、大赤字覚悟で100名以上の大パーティーを組み、艱難辛苦を乗り越えて100階層に至り、ダンジョンマスターに面会している。その結果彼らの名前はダンジョンの入り口に設置されている石板に踏破者として表示されている。コムエンドとその周辺では有名な話である。

 だからこそランカスは知っている。30階層以降の激しい環境の事を。


 知り合いの弟子から、敢えてのおねだりである。

 何より。


 「料理の可能性を見出したい!(師匠だけその知識持ってるのずるい!)」


 そんなこと言われては否定しずらかった。

 ランカスはとりあえず他の師匠達と夜話し合う事をマールに告げてこの話を終わらせた。


 そして夜。


 「いいですね! お魚釣りに行きましょう!!」


 アユムの好奇心にも火をつけてしまった。

 ランカスは少し後悔しつつも、現役の頃の想いを取り戻し気づけば上機嫌になっていた。その為ランカスはアユムとの夜訓練で思わず力を入れすぎてしまった。結果として出発が1日遅れてしまったのだった……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る