第38話「お茶っぱ会議in15階層」
「ここではお茶が育たないと思うんだ」
15階層の復旧工事がひと段落ついて今日は休養日である。
と言っても午後の作業を休む程度である。
ブラック&ホワイトにボコボコにされたトウモロコシ畑とリッカ畑についてアユムはダンジョンマスターを経由して神様にクレームを入れる。すると数日後ブラック&ホワイトが復旧にやってきた。なのでアユムは会って早々に『力でちょちょいっとやらない様に』と告げる。絶望するブラック&ホワイトにそっと開墾するための農具を握らせて放置するアユム。そして夕方様子見に現れ『あれ? まだここまでしか……』と本心で告げるアユム。
アユムの恨みは根深かった。
1週間後、過酷な労働と美味しい食事で何かに目覚め、すっかり15階層の生活に慣れ天界に帰りたがらないブラック&ホワイトだったが、天使から一通の手紙を受けて渋々帰っていった。
「これ、種のなのです。アユム君がもう少し成長したらこれが可能性を生んでくれるのです」
帰り際にブラックはそんなことを言って天界に帰っていった。
アユムはその種を無造作にポケットに入れると農作業に戻っていった。
ブラック&ホワイトは悪い神ではなかった。ちょっとだけ、本当にちょっとだけ周囲を見ていなかったのでした。
騒がしくも活気をもたらした2柱が去って、アユムはグールガンを想う。
「グールガンさん。外海で稼いでるかな………」
グールガンは今、……数年は帰ってこない船に乗っている。
お金はジロウがしっかり回収してくれるらしい。
現在、西方の食に関して最先端の国家と条約を結び、賢者の娘などを介して農業指導、農業技術提供をうけているこの王国に置いて『生きる為の栄養』としての食事から、余裕が生まれたことによって平民も『楽しむため』の食事へとシフトし始めていた。その為、魚の需要は大きい。そしてグールガンは船に乗っている。
アユムはそんなグールガンを少しだけ、うらやましく思いながら作業の手を止めて一息つく。
そこで、何気なく周りを見回したアユムは、14階層から降りてくる階段付近で【それ】と目があった。
「キャウ!(こんにちは!)」
ちょこんとお座りして可愛らしく挨拶するタヌキチ。
癒し系タヌキの演出である。
「……」
アユムはタヌキチの目を見る。
(ふふふ、チョロイ。チョロイ。僕の魅力にやられているな……。くくく。僕が元人間であることを知るがいい。そして僕の願いを叶えるために協力するがいい!! さぁ、今日から僕らは兄弟だ!)
「アームさん。権兵衛さん。Gの侵入を確認。迎撃に移る!」
「がう(了解!)」
「ボウ(任せろ!)」
アユムは小西差していた短剣を抜き放ち、アームさんは眠い目をこすりながら立ち上がる。権兵衛さんは最近すっかりご無沙汰である槍を手に取り3人はジリジリとタヌキチを包囲して行く。
「キャウ?(どうしたの? 僕はお友達になりに来たんだよ?)」
空気を読んで焦るタヌキチ。小首をかしげて可愛いいアピール継続する。……そうお気づきかと思いますが、タヌキは農家にとって害獣(G)です。折角実をつけた作物を食い荒らす敵なのです。アユムは地上での経験で鹿と狸には並々ならぬ恨みがあった。
「キャウ……(あの~、聞こえてますよね? 僕意思疎通できるって聞いてきたんですが? ほら、僕何もしてませんし。作物盗み食いとかもしませんし……)」
「村にこういう言葉があります。逃げる狸は悪い狸だ。逃げない狸は訓練された悪い狸だ……とね。狸は皆、何もしないと嘘を言って近付いてきます……」
アユムの恨み節である。
「キャウ!(いったん引くが、僕は諦めたわけじゃないからな! また、話聞いてもらいに来るからな!!)」
軽く涙目になったタヌキチは14階層の階段へ駆けてゆく。
その姿を見送りながらアユムは思った。
「まさか、本当に悪いタヌキじゃないのかな……」
自問自答。狸を信じてよいのか迷うアユムであった。
「がう(話位聞いてあげても良かったかも。あいつ美味しそうじゃないし)」
「ボウ(今度檻を作って一旦そこに捕縛してから話を聞くのも良いかもしれん。そもそもこのダンジョンにあのようなモンスターは居ないからな。外から侵入した狸であれば何から事情があるのかもしれん)」
「……それも、そうだね。うん。僕も狸と和解する日が来たってことかもね……」
呆然と14階層へ続く階段を眺めるアユム。
本気で害獣が嫌いなようである。
「そういえば権兵衛さん。お茶ですけど。違う場所で育成したいんですがいい場所ないですか? ここだと気温が高くて……」
「ボウ(では22階層がよかろう。安定して涼しい土地だしな)」
お茶に関しては権兵衛さんが部下を配置し、通勤がてら育て始めることとなった。
「がう(お茶の葉って美味しいの?)」
渋い旨味のある飲み物です。調味料にも使えるよ。
「がう(権兵衛、期待している!)」
「ボウ(おっおう、暇そうにしてる熊にも手伝わせるとしよう……だが、アームよ。はじめから美味いもの出来るとか、アユムじゃないんだから期待しすぎるなよ?)」
「もう! 権兵衛さん、僕だってちゃんと実験農場で試作してるんですよー」
ちょっとへそを曲げたアユムだがアームさんになだめられお風呂に入った後、アームさんの毛皮でぐっすりと休むのであった。
―――その頃10階層のイックン。
今日も夕飯はイックンが持ち帰った36階層の魚である。
最近珍しい種類のモンスターを試行錯誤しておろす料理人たちは忙しい反面、楽しみを見出していた。故に晩餐の時間など酒もなしに盛り上がる。酔ったように浮かれて話す。
「そういや昨日の昼頃、ここをタヌキが通っていったらしいよ。イックン」
イックンの隣に座った料理人の言葉だ。昼過ぎにタヌキチを見かけたらしい。
「なんやて、つかまえてタヌキ鍋にしたったらええのに……」
だから興味津々に腕を見るのやめて……とイックンは暗に訴える。
「最近はモンスターの方が美味しいからね。そんなこと考えなかったね」
「てか、奴等雑食やさか。畑無事だったん?」
イックンはふっと思い出して言う。狸は雑食である。動物の中でも弱く捕食者側だ。だから人間が育てる作物などは大変ありがたい餌のはずだ。
「ああ、なんか変に愛想ふりまいて行ったよ。芸したから余り物挙げたらおじぎして喜んでた」
「ふーん。でも、おかしな……ここに普通の動物が通った記録がないんけどな……結界の不備かいな……あーブラックの奴に不良品つかまされた!」
芸をした辺りから何かしら感じたイックンだったが、結界の話で自称天界のアイドル幼児ことブラックの顔を思い浮かべ、タヌキの違和感を気にしない事にした。
タヌキの癖に単独で10階層にこれた違和感も。
動物と認識されなかったタヌキチの違和感も。
全て忘れてピコピコハンマーの姿に固定しようとした幼児への恨み節にイックンの思考は染められていった。
「2匹もとは珍しいことが連続するのかもしれへんな……」
ふと思い出したようにつぶやいたがそのつぶやきは誰にも届かず、イックン自身もすぐに忘れるのだった……。
その頃、タヌキことタヌキチだが。
「キャウ!(害獣違う! 益獣だよ! ていうか人間の知識を見せてやる!! そして僕を愛でたくてたまらなくしてやる! 覚悟するがいい! アユム!!)」
14層のモンスターを魔法の尻尾で薙ぎ払い息巻くタヌキチ。
タヌキチは懲りないタヌキだった。
頑張れタヌキチ! 世界の声的には狸鍋に興味津々だ!
「キャウ……(何だろう、ストーカー被害にあってる気がする……)」
ああ、アームさんとかみたいに神様への伝手が無くてよかった……。
心からホッとする世界の声であった……。
……おかしい。私的に介入したのに、恋愛神のお姉さまが踏みに来てくれない!! なんでだ! ハイヒールで踏んで! ぷりーーず!
「キャウ(変態が暴走している悪寒がする!!)」
お互いに放置プレイ中のタヌキチと世界の声であった!!
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