第34話「人類の敵とか言われました」
日が暮れて、闇が支配する街。やがて最近導入された街灯にちらほらと明かりがともり夜の街が顔を見せる。
アユムは街を歩く。隣には権兵衛さんとアームさん、アームさんの頭の上にぴょん太乗っている。
ランカスを始め師匠たち10名はアユムの後ろに続く。
ダンジョンの入り口に向かうと人影が見える。
「……なぜここに居らっしゃるのでしょうか……」
「貴方の力になると申し上げました」
昼間に合えばしどろもどろになってまともな会話ができない相手賢者の娘を前に、アユムは堂々と胸を張り問う。
「そうですか…… では不躾ながらご助力、お願い申し上げます」
「承りました」
賢者の娘が何故このタイミングでと思考を走らせたアユムだが、初めからわかっていたのかもしれない。ぴょん太の存在だ。見た目通り麗しのご婦人ではないのだ。アユムはその事情を飲み込んで尚、賢者の娘の笑顔が美しいと思った。
隣に立つ騎士クレイマンはアユムに済まなそうな表情を向ける。
アユムは軽く礼を取り、ダンジョンを進む。
10階層に到着すると、そこにはここ数日その場から動かないワームさんがじっとエレベータを見ていた。ここ最近20階層での戦闘が激化し、その犠牲となった理性あるモンスターの亡骸が運ばれてくる。ワームさんとしてもその亡骸に思う所はない。ただ、彼女が居ないか確認しているのだ。今朝もまたいなかったことに安堵し10階層の土壌改善にいそしむ。
「ボッ(アユム。決着をつけに行くんっすね)」
「うん。」
「ボッ(俺はいけないっす)」
「うん。」
「ボッ(でも、頑張ってほしいっす。負けたら承知しないっす)」
「うん。」
走り寄ってくるワームさんを抱きかかえるアユム。土に汚れるが気になどしない。
「どっこいしょっと、わしは一緒させてもらいます。当然やな。なぁアユム」
「うん。イックンの出番だね」
そう言われると巨大イカ、イックンは恥ずかし気に頭っぽい所をかく。
「せや、お弁当に団子もろてこ♪ あれ美味いよな~」
勝手知ったる10階層。イックンは料理職人と軽い談笑をかわしつつ木箱を抱えて戻ってくる。
「わしのお手てで美味い料理作ろうとか冗談が過ぎるわ! ……でも興味あるな……」
そのまま彼らは15階層に向かう。
15階層に到着するとそこはすっかり荒れ果てたフロアになっていた。
初めに植えたトウモロコシは伸び切って、そして変色ししおれている。リッカも同じだ。ムフルの木は師匠が選定してくれているので無事。ジュルットはしおれている。
ショックである。
更に食事処まーるは強力な魔法により爆散している。冷凍保存庫も同様だ。
苦々しい思いを奥歯にかみつぶしてアユムは16階層へ向かう。
15階層の中央まで来たところでアユム以外の足が止まる。
結界の前にはアユムだけだ。
そこでアユムは16階層へつながる階段。その前の門柱に倒れ掛かっている白いドワーフと、事切れている彼のモンスターを見つめる。
白いドワーフ事グールガンもそれに気づき、愉快そうに嗤う。
アユムは無言で大きく膨らんだ布袋をグールガンの前に投げ込んだ。
その際に一瞬だけ触れた結界がアユムを拒むように発光する。
グールガンの目に驚きが浮かぶが、気にせず布袋にしがみつき袋を解き放つ。なぜならばこの袋からいい匂いが漏れていたからだ。
肉の塊が出てきたのでかぶりつく。煮物が入っていたので飲み込む。懐かしのジュースの味に舌鼓を打ち、硬いパンを思いきり噛みちぎる。
グールガンの食欲が満たされるまでそれは続く。アユムはそれを黙って見ていた。
「ふあ~~~、喰った喰った。……アユムよ。これは最後の晩餐ってやつか?」
グールガンの言葉にアユムは何も返さない。言葉を返さない代わりに結界を掴むと無理矢理に腕を突っ込み引きちぎる様に腕を振る。
地中から何かがはじけるような音がこだまする。
「それが答えか………俺が何者か知ってやってるんだな………。なぁ、今更だが平和的に俺と一緒に神さんの所に来ないか? 最初はアームさんだけでいいと思ったんだが、アユム。お前の方が価値ありそうだわ。きっとここでチマチマ農業してるよりいい目を見れるぞ?」
アユムは見つめ返すだけでその瞳は何も揺れない。
「……ああ、少しも揺れてくれないか……ティムできると思ったんだがな……しょうがない」
そこでグールガンは全身から光を放つ。やがて光はグールガンの体から離れ宙を漂う。光が抜けたグールガンは抜け殻のように力を失いその場に倒れ伏す。残された光はやがてグールガンと同じドワーフに。違う所は白銀の鎧をまとい、手には槍、背中に天使の羽をつけていた。
「天使グールガン。神の御使いとして人間アユム、モンスターアーム、お前らをもらい受ける」
存在の力を増したグールガンにアユムは……あまり何も感じなかった。正直言うと賢者の娘の方が威圧感は上である。万が一アユムがグールガンに敗れたとしても彼女がいればすべて問題なく終結するだろう。
十二分な保険だが、アユムもそれに頼る気はなかった。
「イックン」
「おうさ、わしを必要とするなら真名をよびや」
後ろに控えていたイックンが前に進み出る。アユムの横に並ぶと腕を一本差し出す。
「ああ、イクス」
アユムの声に反応したイックンはその姿を純白の大剣に変換する。
『モンスターとか思たか? 残念やったな、ここのダンジョンマスターの上司である神さんが派遣した神剣や!』
天使グールガンは宙に漂いながら腰が引けている様だ。
「神剣………」
それ以上言葉はなかった。アユムもグールガンもただ黙って睨み合っている。
互いの呼吸を読み合い、油断なく腰を落とす。
その一瞬を誰もが待ち望んでいたその瞬間だった。
た~ったららたた~たらったら~たったったったったったった 、チャンチャン
どこからともなく軽快なラッパが吹き鳴らされシンバルで締める。
そして15階層の脇に一条の光が湧き上がり。そこに誰も見たことのない成人女性と5歳くらいの幼児が現れる。簡易テーブルと椅子をどこからか取り出すと今更ながらに素顔であることに気付いて周りをキョロキョロと見回す。あまりにも残念な感じがしたので全員あえて見なかったことにして視線を逸らす。アユムもグールガンも構えを解いて距離を取る。
「うん、ばれてないですね」
「ばれてないばれてない、今のうちにマスク被っちゃおうよ」
「いいですね! 謎のマスクマン! 燃えます!!」
幼児がパンパンと手を打つと黒と白のマスクが何もない空間から生み出され、二人は急ぎそれを被る。
そして、『初めからかぶってました』と言わんばかりの堂々と胸を張り。そして声も張る。
「その勝負! 私たちが執り行わせていただく!」
幼児が叫ぶ。成人女性は腕をクロスさせると足を一歩外側に踏み出しポーズを決める。
「そう、私は美しき女傑! マスク・ド・ホワイト!」
続いてノリノリで幼児の方も同じく反対方向に踏み出しポーズを決める。
「私は可愛らしい幼児! マスク・ド・ブラック!」
二人の背後に爆発が巻きおこる。
巻き上げられる枯れ果てたリッカ。悲嘆にくれるアユム。同乗の視線を向ける天使グールガン。
しばらくして静寂が包む。しらけ切った場に師匠たちはテーブルを持ち出しお茶を入れお菓子を食べ始める。アームさんも権兵衛さんも賢者の娘もご相伴にあずかる。
「やったねブラック! 決まったよ!」
「はいなのです! ホワイト格好良かったのです!」
ハイタッチをするブラックとホワイト。
アユムの手の中で涙目になる神剣(笑い)。
「はい、中継はいりまーす」
何処からか20代ぐらいの若い男性の声がかかる。
「5.4.3.2.……………」
すうっと音がするように幼児が深呼吸するといつの間にマイクっぽい棒を手に何かを始める。
『さぁやってきました! 地上バトルのお時間です! 天界800万の暇人ども! みってる~~? 今日は名前を伏せてるけど可愛さをあざとく振りまく私! マスク・ド・ブラック』
そしてまた先ほどのポーズ。
『同じく、美しき天界の宝 マスク・ド・ホワイト!」
彼女も同じポーズ。そしてアユムはここで嫌な予感がして、意味もないのだがむなしげに手を伸ばす。
はい、爆発。そして巻上げられるリッカの残骸。
元気とやる気をなくすアユム。もはや神剣を大地に刺して体育座りである。
師匠ズとグールガンも含めて同情の視線が痛々しく刺さる。
『ブラック! 今日は何やら下界で騒ぎらしいよ!』
棒読みである。
『ホワイト! 最近話題のダンジョン作物を作ってる農家さんを巡って愛憎劇があるみたいだ!』
棒読み2号である。
君たち……向いてないよ?
『まぁ大変!』
通販番組の外人でももっと自然にやるわ!!
『だから今回僕たちが介入することになりました!!! もりあがってるかーーーい? 天界の皆!!!』
その唐突な客あおりは何? ん? 別次元に居るの世界の声だから客の反応が見えるだろうって?見えますよ……パブリックビューイングに集まって盛り上がってる神様とその眷属たちが……。見なかった方が良いでしょ? こういうのって大概夢を壊すんだよ……。
「あの~、僕達一応決着をつけるところまで行こうと………いろんな手続きや画策も張り巡らして……」
「アユム。あきらめろ。あの2人に絡まれては無理だ………」
涙目で突っ込みを入れるアユムと、そんなアユムの方にそっと手を置き慰めるグールガン。
あ、これアレだ。共通の敵を得て仲良くなるパターンだ!
『………という事で将来有望なアユム君争奪戦を開催します!! 』
テーブルの上に上がりこぶしを振り上げた幼児はやり切ったいい笑顔をしていた。
汗を軽くぬぐって席に着く2人はアユムとグールガンを見て手を差し出す。
暗に【舞台は整えた! 雰囲気出してどうぞ!!】と言っている。
アユムが【何の空気ですか!】と神剣を大地にたたきつけたのは無理からぬことだった。
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