第33話「賢者の娘」
今日という日を迎え、このダンジョン都市コムエンドは清貧な空気に包まれていた。
街の中心部、噴水公園広場。
この場は再び貴人を迎えようとしていた。
すでに正装に身を包み槍を手した騎士たちが馬を降りて居並び、白のローブに黒字でコムエンド魔法組合の紋章を刻まれた正装に身を包む魔法組合のエリートたちも、儀式用の杖を手に彼の御仁の到着を待っている。
騎士たち同様に賢者の娘の護衛クレイマンとその隊員たちも公園を囲うように待っている。何故かお揃いの法被を着ている背中に『ク』と一文字ある。お祭りか?
だが、そんなことは些細な事である。
民衆はただ待っていた。あの美しき賢者の娘を。
美しき賢者の娘が正装で現れるその一瞬を。
ざわめきが小さくなったタイミングを見計らい広場に光があふれる。光の中から現れたのは神王国の王より賜ったと噂される巫女服。上は白、下の袴は赤、千早は白をベースに水色の鳥が誂えられている。そして髪は後ろに団子でまとめられ品の良い黒のかんざしが刺さっている。
日本人からすると外国人のコスプレだが、それを知らぬコムエンドの民衆は光と共に現れた女神に息をのむ。
その光景をアユムはクレイマンの隣でアームさんとアームさんの頭が指定席になったぴょん太と共に見ていた。
「プゥ(アユム、見た目に騙されるな……っていっても無駄か……)」
「がう(ぴょん太、あのおねーさんから甘い匂いがする! 絶対おやつ持ってるよ!!)」
無駄に鼻の良い駄猫竜であった。
「プゥ(最近大陸西部で流行ってる羊羹っての持ってると思うぜ)」
「がう(ほーほー、頂きたい!)」
アームさんが希望に満ちた視線を賢者の娘に向けると彼女は一瞬アームさんたちを見てほほ笑んだ。
「プゥ(だめだ、俺たちのアユムが完全にポンコツになっちまった!)」
「がう(アユムー、お顔真っ赤だよ? どうした?)」
かわいそうなアユム。賢者の娘、アリリィ・ザ・アイノルズ、またの名を『大陸西部最大の危険物』。思うような見た目に伴った奇麗な中身はしていないのだというのに……。
ん? なにまた久しぶりのお手紙ですか?
『彼女のファンは天界にも居るので取扱注意せよ……心優しき神より』
恋愛神様あざーっす。また今度踏んでください(切実)。
さて、彼女に魅了された民衆とは違い護衛のクレイマン部隊は彼女を守る陣形を整え、領主オルナリス夫妻に迎えられる。笑顔でかわされる挨拶だがオルナリスの表情は硬かった。握手一つで相手の力量を把握できる達人だけに賢者の娘の力をここで把握して密かに怯えていた。対してオルナリス夫人は堂々としたもので賢者の娘を馬車へとエスコートし石化しかけていた主人に密かに活を入れて領館へと向かった。
彼女たちが広場を去るとため息が連鎖的に起こりどよめきに変わる。
「すごかったね!」
アユムが意味もなく手を上下に振りながら興奮気味に話す。
アームさんもぴょん太も若干引き気味だ。
「プゥ(アユムもこの後ダンジョン作物の献上があるんだしすぐ会えるだろうよ。今からそれじゃ、直接会ったら気絶しちまうぞ? 気絶したら貞操の危機だぞ?)」
「がう(アユムー、羊羹! 羊羹もらいにいこー! あのおばちゃん! お菓子のおばちゃんらしいぃぃぃぃぃぃ)」
【アームさんを雷精が襲った。白い毛に静電気が発生した。】
「プゥ(ががががが、アーム! この馬鹿猫! さっさと謝れ! シャレにならん!!!)」
「がう(ひぃぃぃぃ、ごめんなさい奇麗なおねーさん! ていうかなんで俺のモンスター言語理解できるの?しかも、この場に居ないのに……)」
「プゥ(最強の魔王を土下座させた女だぞ? できない事の方が少ないと思うぞ……)」
「がう(羊羹のおねーさんごめんさい。羊羹のおねーさんごめんさい。羊羹のおねーさんごめんさい)」
頭を抱えて震えるアームさんと、そっと頭を降りてあきれるぴょん太。
そしてアユムはと言うと。
「すごい! こんな事までできるの? あんなにきれいなのにすごいよ!」
恋は盲目。所詮アユムは13歳なのだ。
程なくしてアユムたちは兵士に連れられて領館へと向かった。
通されたのは料理場、アームさんとぴょん太はチカリとメアリーに連れられて別室に向かった。もちろん衛生面での影響を考慮しての事だ。
「アユム………」
賢者の娘の噂を聞いて居るハインバルグは不安そうなまなざしをアユムに向ける。
アユムも不安である。あの奇麗なお姉さんに食べてもらうのだ、口入れた後気を使われて固い笑顔などなられたくはないのだ。かわいらしい男の意地と言うやつである。
うん、本当はハインバルグ師匠の懸念が正しくてまずかったら料理人に氷の視線を向ける人でした。兄が料理人なので賢者の娘も料理ができる。加えて彼女の父は有名な農家である。味のハードルは高い。
そして何より護衛の中でも重要な役割を担っていたはずの小隊長をダンジョン作物調達のために派遣しているほどなのだ。中途半端なもの。期待に応えられない物を出した暁には……国が消えかねない……。
「ハインバルグ師匠。胸を張ってください。師匠のお菓子は間違いなく美味しいです」
アユムの笑顔に押されてハインバルグは初めの料理をのせて歩き出す。
領主と賢者の娘が会談を行っている間に到着すると護衛騎士に止められる。その後伺いを立て扉が開かれた。
大きな部屋に大きな机をの手前に領主オルナリスとオルナリス夫人、そしてチカリとメアリー。机を挟んで賢者の娘と他の椅子を片付けてアームさん(蝶ネクタイで借りてきた猫状態)と、アームさんの頭の上にぴょん太が乗っている。さすがお食事処inモフモフのモフモフ担当、すでにお客様の心をつかんでいる様子。
「アユム殿、御久しゅうございます」
賢者の娘が上品な笑顔でアユムに笑顔を送る。
「はっはい、おっつおっ、お久しぶりでございます」
しどろもどろのアユムを見て心配で口の端がピクピク震えるオルナリスとチカリ。賢者の娘と一緒に『仕方ない子ね』と余裕の笑みを浮かべるオルナリス夫人とメアリーそして賢者の娘。
「では早速、ダンジョン作物を食べさせていただけますか? 実は私、今回これを楽しみに参りましたの」
賢者の娘は口に手を当て上品に笑う。
「あらあら、そんな冷たいわ……」
「リィは私達と会いたくなかったという事かしら?寂しいわぁ」
落ち込む振りをするオルナリス夫人と悲しむ振りをするメアリー。
賢者の娘とそれなりの仲である為いえることだ。
「あら、お2人は楽しみでなくて?」
「楽しみよ」
「もちろんじゃない」
化けの皮が剥がれました。
(こえーよ。この3人こえーよ)
ハインバルグ師匠の心の声である。
(オルナリスの野郎他人の振りしてやがる!流す気だな!覚えてろよ………)
オルナリスへの怒りが少し溜まったところで一品目が配られてゆく。
白い皿の上に茶色に染まった小さめの芋が2つ盛り付けられている。
「一品目はビビジルトの神王国風煮付けにございます」
アユムが説明する。要するに『里芋の煮っ転がし』をご想像頂ければ間違いない。
各自フォークを動かし、まずは刺して感覚を楽しみ、切り分けて口に運ぶ。
反応は上々である。賢者の娘は笑顔を崩していない。きっと問題ないのだと信じて、アユムはビビジルトについて説明を挟む。賢者の娘はうなずきながらゆっくりともう一口食べて何か頷きそこでフォークを置く。
かすかな不安がアユムとハインバルグだが、続けてバルリのスープを運ぶ途中。
「猫ちゃんにも御裾していいかしら?」
「にゃあ」
うずうずしている賢者の娘と期待のまなざしを向けるアームさん。
「はぁ、大丈夫ですよ……」
正直『猫の餌レベルだ』と言われているようなものだが、アユムやハインバルグにとってはアームさんはすでに人レベルの味覚と礼儀を持った駄猫だ。特に違和感なく応じる。
というか、アームさん『にゃあ』? くっ、あざとい。
ビビジルトを口に含んで至福の表情のアームさんを横にバルリのスープが配られる。
バルリの種を乾燥させて香辛料代わりにしているので深い香りと後味の残らないさわやかさが同居するスープに、味を吸い込んで柔らかく変質したバルリが口の中で簡単にほぐれる。
このスープは賢者の娘も残すことはなく、残りを期待していたアームさんが愕然としていた。
次に運ばれてきたのはリザルトドラゴンのステーキ。ステーキソースは15階層で唯一無事だったムフルから作り出したタレだ。
「この地方でリザルトドラゴンを食べることになるとはびっくりですわ。あとこのソース……素晴らしいわ」
賢者の娘は半分たべたところでアームさんを見る。
「にゃあ」
精一杯媚びを売るキャットドラゴン。
切り分けられた肉を一切れフォークに刺しアームさんの顔の前に持っていく。アームさんは当然口を開くが視線は肉である。肉が口に近付いて、アームさんの頭の上に差し出される。
「プゥ(おう、シャバ憎。いつもてめぇばっかだと思うなよ!)」
「がう(さっ、さーせん! ぴょん太先輩!!)」
上下関係あったのね……。ちなみにハンターウサギはモンスター専門の肉食獣です。
二人のやり取りに笑いが漏れる。
そして最後してメインがお茶と共に配られる。
黄色い甘味である。
ようするに団子であるのだが、今回はもう一工夫している。
「……餡子ね」
「はい、15階層の実験農場で作っていた生き残りで作成しました……」
正直、水飴づくりも含めてアユムには悔しい思い出である。
「見事ですわ」
笑顔の賢者の娘。
アユムはその賢者の娘をじっと見つめる。
「褒美を与えます。近日中必ずあなたの力になりましょう」
それだけ言うとアユムにほほ笑む。
「楽しみにしておいてください」
その日アユムはすぐに領館をでた。
満足感と共に冒険者道具を整え、その連絡を待った。
冒険者組合で座って待つアユムに駆け込んできたランカスが告げた。
「来たぞ」
そこに普段の柔和なアユムはいなかった。
冒険者アユムがそこに居た。
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