第28話「OSHIOKI作戦開始」
コムエンド市民御用達の湯屋がある。いわゆる銭湯だ。
豪華絢爛な複数浴場を持つ施設ではなく、大き目の浴槽が1.5mほどの深さで真ん中に設置され、周りには桶が置かれていて洗ってから入浴する。少し熱めが好まれる市民の心の拠り所である。
「でだ、どうやってあのドワーフをとっちめるかと言う話だが……」
ランカスを中心に語り始める。60超えたドワーフの割に鍛え抜かれた筋肉が存在感を示している。
「我らのうちだれか1人でもいれば問題ないだろ?」
熱さにたまりかねて師匠たちの中でも若手(40)で百拳の異名をとる元格闘家フェルノ、現パン屋(婿)が浴槽の縁に腰掛け、足先だけ湯を楽しみながら言う。
「ふむ。それだともし、16層以下の魔物をまとめてティムしてきた場合15階層で抑え込めなくなるしな……」
「だが我らとて仕事がある」
そう。今までは各職人原材料調査などの名目で滞在可能だったが、その素材を取得できる15階層が今、グールガンの結界に侵されている。14階層側までは浸食していないが16階層側特に手を入れている畑や食事処まーる、素材庫、風呂などが使用不能だ。
「だな、しかもあの対モンスター用の結界を対人向けにも転用しているとはな……ソロ冒険者の極みと言うやつか……」
グールガンが仕掛けた結界は2種類ある。
1つ目は強者よけの結界。これに関しては術者の存在の力レベルを超える強者が侵入したできない様にする術である。この結界変に弱者も弾く仕様にしていない為強固な結界になっている。そもそも強者の力を転用しているので保持コストも低く結界の破壊も困難である。通常モンスターのみに対する機能で、人に対しては高額な魔石が必要となる為利用する者がいない。
2つ目は弱体化の結界。これに侵入した者に外部魔法力が反作用として行動阻害する。魔法には反応しない。これも通常モンスターのみに対する機能で人に対しては高額な魔石が必要となる為利用する者がいない。
上記結界の二重設置である。ソロ冒険者という事もあり、ダンジョン内での対冒険者警戒を込めた結界という事なのだろうと予測される。
一言言って非常に面倒である。
「おいてきた使い魔によれば、昨日18層の魔物を3体連れて戻ってきたそうだ。結界装置は結界外からの魔法攻撃を警戒して埋め込まれている様だな。柱と大地に手を当てて魔法力をチャージしているとの事だ」
熱いのが苦手なのに無理をして張り合っているギュントル(ゆでだこ筋肉)が現状を報告する。
「あそこは食料が豊富だからな……風呂もあるし快適ダンジョン攻略ってか」
ジロウが忌々し気に呟く。折角用意した弟子の店を1日で奪われてご機嫌斜めである。
「がう(あのお湯熱い。きっと熱い。確信を持って言える熱い。だから入りたくない)」
アユムはアームさんをセルと一緒に洗いながらそんな発言を聞いている。なんだろうキャットドラゴンになって真面目な顔をしながらそんな台詞を吐いている。しかも師匠たちの話のながれに何気に乗っているような気もしないでもない。
「アームさんも嘆いている様子だな……」
勘違いです。
「がう……(セル……そこもうちょっと強く……アユム。こいつつかえなーい)」
「任せろ!アユムとお前の場所は必ず取り戻してやる!」
駄猫だまれ。
「はい、アームさん流すよー」
「がう(温くして、思いっきり温くして。振りじゃないよ熱湯嫌だよ)」
アユム。もう氷水掛けていい。
「しっかし、アームさんこれだけこすっても抜け毛ないんだな…」
アユムが温めのお湯でゆっくりとアームさんの泡を流しいると、セルが流れるお湯に毛が含まれていない事を発見し感心しながらつぶやく。
「うん。だから15層でも同じ浴槽に入れたんだよ。ということでアームさんお湯に入るよ」
「がう(だが、断る!)」
「うん。はいろーね」
「がう(アユム! アユムの笑顔が少し怖い!! わかった10数える。10になったら出る)」
アユムに引きずられて渋々湯船に向かうアームさん。
「アームさん。見なよ。権兵衛さんはあんなにも堂々と。しかも師匠たちの中で馴染んでるだよ?」
アユムが指す方には、手拭いを頭に乗せ熱めのお湯堪能する権兵衛さんがいた。
肩まで浸かって目を細め、口が緩んで魂が抜けだしそうな顔をしている。
「ボウ(筆談できるようなったのに。会議をこんなところで行うとは思わなんだ。だから俺は楽しむことにした。アームよ。湯上りに火照った体で食べるものと食感が変わって面白いかもしれぬぞ。特に冷たい飲み物をキュっとな……。想像してみるがいい、十二分にあったまった体。心地よい風に吹かれて涼む中、そっと出される冷たいジュース。十分に体を温めた者だけが味わう、喉越し。俺は酒がいいな……)」
アームさんの喉からつばを飲み込む音がする。先ほどまでイヤイヤだった表情が一変する。まるで聖戦に向かう騎士の様に使命感を帯びた表情で湯につかる。
キャットドラゴンが湯につかることで大量の湯が流れ出す。現在、師匠達によって貸し切りの湯屋なので迷惑にならない。少しばかり湯がもったいないがそこを責める者はいない。一昔前であれば激怒される行いだが、現在はさほど問題ではない、魔法でお湯を生み出しているのだから。
「がう(1・2・3・4)」
「アームさん。こっちこっち。首まで浸かると熱いよ。少し縁に体乗せると楽になるよ~」
「がう(そっち行く~。えっと、1・2・3……)」
お約束の様に10まで数えるアームさんが都度都度邪魔されて結局最後まで入っているのだがそれはそれである。
「とりあえず。15層の結界対策をしないとな……モルハス、冒険者組合から調査員をだせるか?」
「もちろん出せるさ。このダンジョン都市でダンジョンを殺そうとしてる奴が先行してるなんて放置出来ないからな」
結局色々な話が上がったがとりあえず冒険者組合が動くこととなりお風呂を上がった。
湯上りの休憩所。40畳はあろうかと言う畳敷きの間で各自だらけ始める。
アームさんはキンキンに冷えたオレンジジュースに舌鼓を打ち。権兵衛さんはエールを頂いている。つまみの豆も出され、そろそろ肉、そして宴会に発展しそうである。
「……」
「……」
そこで1人と1匹が運命的な出会いを果たす。
チカリは夢遊病患者の様に浴衣姿でアームさんに近付く。
アームさんはゆっくりと上半身を持ち上げるとチカリを見下ろす。
差し出されたのはチカリの右手……………………に握られているあたりめ。
アームさんは潤んだ瞳でそれを見つめる。そしてゆっくりと顔を降ろしチカリからあたりめを受け取る。咀嚼する。強烈な磯の香、芳醇な旨味と十分な歯ごたえ。そしてオレンジジュースを飲み込む。
ぷはぁ
誰もがその吐息に注目した。皆その様子に心を奪われる。
アームさんはチカリに頬擦りすると無言で背中を見せる。乗れと言っているのだ。
チカリは躊躇しない。天井の高い宴会場としてもつかわれる休憩所でチカリはアームさんにまたがる。
後日この様子を見ていた宮廷画家アルホースが、王宮献上用の絵画として書き上げた。
その後数百年の及んで国宝として飾られることになるそれはタイトルをこう記されていた。
『幼女と聖獣』
献上した後チカリが王宮に来ない事を願い続けたアルホースだったとか。
そしてその後宴会があった。
「酒よ! 酒を持ってきなさい!!」
「がう(海産物よ! 海産物を持ってきなさい!!)」
3時間後。魔王メアリーに捕縛されるまで2人は暴れるのだった。
--翌朝
早朝ダンジョンに向かった権兵衛さんがほどなくしてダンジョンマスターからの手紙を携えて帰ってきた。
マスターの手紙は簡潔に言うと以下の通りであった。
『兵糧攻めが良いと思う』
「ボウ(母上からの指示だ)」
「がう(なぁ、俺『にゃあ』と『がう』どっちが似合うと思う?)」
「ボッ(それよりもチョーやべっす。街の外でチョーイケてる娘をみかけたっす)」
手紙の事が師匠たちに伝わるまでしばらく時間を要したのだった。
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