第27話「出来れば会いたくなかった」
アユムはメアリーの診察室で目を覚ました。
胸にぽっかりと穴が開いたような喪失感。目から流れる涙は止まることを知らない。
「アームさん……」
思いが声に出る。
「がう(呼んだ?)」
診察室の窓から白い猫の顔が入ってくる。
それはキャットドラゴンと呼ばれる種類のモンスターだった。
アユムは涙を拭いて、頬をつねる。
痛い。
そして恐る恐る尋ねる。
「アームさん?……」
「がう(呼んだ? ……ていうか、美人になりすぎて気付かなかった? えへへ、きれいすぎるっていうのは罪なものだ♪)」
ああ、この駄猫感15階層のフロアニートことアームさんだ。
「アームさん!」
力が入らない体を無理やりに起こして、アユムはベットを降りる。
膝が笑っている。力が入らないからだ。
それでも窓へ進む。そして飛びつく。
「夢じゃない。なんで? どうして? サヨナラとか恰好付けちゃったくせに!」
泣きながら笑顔で怒る器用なアユムの言葉は、読者諸君の言葉でもあろう。
「がう(うん。なんかダンジョン作物のおかげらしい! アユム凄いもの作ってたね!!)」
そこからアームさんが語る。ゆっくりと。
「がう(まずね。あのストーカーから逃げたの)」
「うんうん」
アユムは嬉しすぎてアームさんから目を離せずにいる。
「がう(逃げた先に母上がいてね)」
「うんうん」
「がう(地上に転送してくれたんだ♪)」
「うんうん…うーん?」
アームさんの頭に見覚えのある手が落とされる。チョップだ。
「ボウ(端折りすぎだ……)」
「あれ?権兵衛さん!?」
「ボウ(アユム、起きたか。これから忙しくなる。もう少し休め)」
アユムをお姫様抱っこするとベットに戻す。
「ボウ(まず何から話すべきか……)」
権兵衛さんはベットサイドに腰を下ろすとアユムの頭をやさしくなでて語りだした。
「ボッ(大将!地上の土も中々の味でしたっす)」
「がう(ハインバルグ師匠の本気料理もうまかったぞ!)」
チャラ虫と駄猫がはしゃいでいる。ダンジョンモンスターの地上への修学旅行みたいなノリである。
「ボッ(マジっすか! 師匠の料理で出た歯切れとか頂きたいっす!)」
「がう(知ってるか、海ってでっかい池があって、そこから魚っていう肉と海藻っていう草がとれるらしいぜ)」
「ボッ・がう(地上って天国なのかもしれない!)」
はいはい、よそのモンスターに喧嘩売りに行かないでね。ダンジョンモンスターの引率者はだれだ! 責任もって駄猫とチャラ虫管理しろ!
「ボウ(……うるさい、殴るぞ)」
「ボッ・がう(殴ってから言わないで……)」
大人しくなった二人を置いて権兵衛さんは語る。
まずは、アームさんについてだ。
そもそも、昔からアームさんは自分が狂う事を恐れていた。
今回グールガンに嵌められたのも、その不安から付け込まれたものだった。
進化の秘薬と呼ばれる魔物使いが使っている秘薬がある。
グールガンはその秘薬を食事に混ぜ、接触で塗り込んでいた。
そして進化後の不安定な精神に魔物使いのスキルでティムし、モンスターの自由を奪い武器に変える。
アームさんはアユムとの生活で得た自我が不安定なことを知っていた。そして進化することで完全になくなると思い込んでいた。
思惑通り進んだことであったが、アームさんは最後に意地を見せた。絶対に負けないと、自我を得て経験を踏んで心が強くなっていた。一時の間だけは自分を失わない。そんな自信を持っていた。だから自ら進んで自己新化を望んだ。モンスターの自分を受け入れた。そして進化して意志を奪われずグールガンに一泡吹かせて見せたのだ。
アユムと別れて、モンスターになる自分を見せたくなくて逃げ出して16階層を走り抜けたアームさんは気付いた。キャットドラゴンに自我が定着していることに。
アームさんは考えた。今更戻れないと……。
今の自分でもあのグールガンと正面にやり合っては勝てないと。
考えて考えた結果。彼は母に頼ることにした。そうダンジョンマスターに。
「ボウ(で、撤退準備をしていた我らの前にこいつが転送されてきたという事だ。そのまま全員そろって撤退してきたのだ)」
そこで権兵衛さんは話を切った。
アユムの理解が一杯一杯になっているからだ。
「ボッ(ねぇねぇアユムん! ハインバルグ師匠の所に行こうっす!)」
「がう(魚! 魚! が俺を呼んでいる!!)」
権兵衛さんは思わず苦笑いを浮かべる。
今のアユムにはいいのかもしれない。
「ボウ(ふむ、アユム。メアリー女史を呼んでこよう。しばしまて)」
「え、でも、話せないし……」
「ボウ(ふふふ、文字で可能だ。サントスに言葉を教えてもらったからな)」
権兵衛さんはそう言うと出ていった。
「がう(魚! 魚! 魚~魚をたべーたいー)」
「ボッ(昆布もつけてね! 海藻も!)」
楽しそうに歌う駄猫とチャラ虫。
アユムはホッとする反面、これを失いかけたことが悔しくて胸が痛かった。
強くなりたい。
アユムが初めて感じた感情だった。
グールガンに言われて初めて思い出した。
あそこはダンジョンだった。
アユムは一つの強い意志をもって、メアリーを連れてきた権兵衛さんと駄猫とチャラ虫の5人でハインバルグの店へ進む。
「プゥ(猫、頭借りるぞ)」
途中ぴょん太がさりげなくついてきた。
ダンジョンに戻る為に、今は英気を養う一行であった。
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