第26話「白い魔獣3」

【かすかに息をしていたストーリが現れた!】


 >たたかう

  にげる

  見なかったことにする


【注意】

 ほのぼのでは無いですがこの回だけです。引きづらないでとりあえず27話まで見てね♪


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 白い魔獣と目があった。

 アユムはそれが何なのかを直ぐに悟った。

 権兵衛さんが咄嗟に止めに入るも、アユムはそれを手で制して白い魔獣に近寄る。


 一歩近寄る。


 3mほどある巨体のそのきれいな毛並みが元の赤色にもどり、目の色も赤に戻る。


 更に一歩近寄る。


 毛が、目が、白く染まる。そして通常のモンスターの様に人類への殺意に染まる。


 そのモンスターはまるで明滅するように赤と白を繰り返していた。


 赤は悲哀。

 白は殺意。


 不安定なモンスターは不安定な表情を繰り返し、アユムが牙の届く距離に近付こうとするとモンスターは赤い状態で逃げるように16階層への階段へ駆けだす。そして白に変わって振り返る。


 がぁおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!


 怒りをはらんだ咆哮。


 それでもアユムはアームさんから目を離さない。

 いつもの様に見詰める。

 手に持っているのは使い慣れた鍬だけ。

 凡そ武器と呼ばれるものは手元にない。


 アームさんはクレイジーパンサーと言う種族のモンスターだ。

 全長3mを超える豹だ。美しい毛並みと鋭い瞳。警戒の為半ば開かれた口から垣間見られる鋭い牙が、肉食獣であることを、捕食者であることを本能に伝えてくる。何よりこのモンスターの恐ろしいところは、水魔法を自在に操ることだ。水魔法で相手の行動を阻害し高速移動で相手をかみ殺す。単体最強に属するモンスター。今、そのモンスターとしてのアームさんがアユムと対峙している。


 豹変、という言葉がある

 豹の毛が見事に生え替わる様を指して、大物(豹)は過去の過ちに気付き即座に変わることが出来る事を指している。本来良い意味の言葉だ。


 今のアームさんの事を指す言葉だ。

 アユムと出会い明確な自我を持ち、知性に目覚め、穏やかな生活に満足したアームさんが一変する。モンスターらしい、階層主らしい人類の敵としての本能に、本来あるべき姿に一転して戻る。


 アームさんはバネの様にしなやかな筋肉を弾けさせアユムへ向かう。

 白いアームさんはアユムを敵と捉えて猛る。


 反射的に逃げる様に横へ転がるアユムの視界に赤と白の激突が映る。

 それはまるでアームさんの心の中の対決の様に見えた。


 「しぶといな。早く俺のモノになれば楽になれるというのに……」


 白。白髪のドワーフ、グールガン。

 赤。15層階層主アームさん。


 拳と額が衝突し一瞬停止したグールガンを水の檻が囲う。アームさんの水魔法だ。

 全方位からの水の刃がグールガンを襲う。


 グールガンは全身に魔法力を身にまとい、それらに抗う。

 水圧に押されさらに体が硬直しているように見えるグールガンをアームさんが襲う。

 水の檻の間からアームさんの牙が肉薄する。


 危機的な状況のはずだ。だがグールガンに笑みが浮かぶ。


 「ぐるっ」


 屈辱的な鳴き声を上げアームさんはアユムの元へ飛んだ。


 肉を斬る音がアユムの耳元に届く。アームさんに押し倒される形で転倒するアユムは、生暖かい血を大量に浴びていた。そう、アームさんが負った傷から噴水の様に湧き出した血を。 


 ヤレヤレとばかりにゆとりをもって歩くグールガン。


 「おいおい、邪魔するのかい? ハンターウサギともあろうものが」

 「プゥ(あ? 誰に向かって物言ってんだ?この卑怯者が)」


 風を纏い空中に漂うぴょん太がグールガンを風魔法でけん制している。


 「ここは俺が時間をかけて仕込んだ結界の中。分かって行動してるか? モンスターの天敵ハンターウサギよ?」

 「プゥ(知ってんよ! その程度のハンデ覆してヤンよ!)」

 「くくく、強がってるのかな?でも強がってはいても『アユムの師匠たちの加勢』を期待してるな?」


 内心ぴょん太は冷や汗をかく。その通りだ。あのいかれた実力を持つ達人たちだすぐに加勢に来てくれると。自分はけん制していればよいのだと。ぴょん太は計算していた。


 「来ないぞ? いや、来れないぞ、が正しいな……。お前たちは油断しすぎたんだ。ここはダンジョンであいつらはモンスター。俺たちは冒険者だぜ。この16層につながる階段がある場所に、『敵対者の行動を阻害する』結界ぐらい張って何の違和感がある?それが敵対者の魔法力を利用してはじき出す結界だったとしても違和感はないよな? 見ろよ、結界の外を。単純だが強力だ。この結界はな、『俺より強いものは入れない』結界でもあるんだよ。護身用の結界だけどな。冒険者には必須だろ?」


 師匠たちが結界の外で強力な術を放っているがことごとく反射されている。


 「……」


 にじり寄るグールガンにじわじわと押されるぴょん太。


 「つまり、お前がここに居るという事は俺より存在の力、レベルが低いってことだ。しかも敵対してるから結界の効果で行動阻害付きだ」


 「なんでこんなことするんですか!」


 つたない回復術をアームさんに施しながら、下唇をかみ切る勢いで必死に耐えながら聞いていたアユムが叫ぶ。


 「……俺の名前はグールガン。孤高のダンジョン殺しグールガン。職業は魔物使いだ。人類に優しい冒険者だぜ」


 グールガンは決め台詞の様に言い終わると指を鳴らす。

 アームさんを治療していたアユムが羽交い締めされる。


 「ボウ(……すまない。アユム……)」


 権兵衛さんの悲痛な言葉が耳元から漏れる伝わってきた。


 「なぁアユム。なんで邪魔するんだ?俺は正しくダンジョン攻略をするだけだぞ?そして俺は魔物使いだ。モンスターを使役する職業だ。そんな恨みがましい目で見られると悲しいな」


 「プゥ(惑わされるな! 何かを狙ってやがるぞ)」


 動いたのはアームさんだった。白ではなく赤い状態でゆらりと立ち上がるとアユムに近寄り、


 「がお(アユム、さようなら……楽しかった……)」


 アームさんは小さな声で囁くとふらつく足取りでグールガンに立ち向かう。


 「プゥ(薬で惑わされ、傷でボロボロ、そんな野郎が何しに来やがった?)」

 「がう(……アユムの事を頼む……)」


 グールガンは依然動かず彼らを見守る。ぴょん太はアームさんの決意に押され渋々後退した。


 「がう(すべてがお前の思惑通りだと思うなよ!)」


 アームさんはグールガンの反応を待たずにソレを解き放った。

 ずっと恐れていたモンスターとしての自分。

 ずっと目をそらしていたモンスターとしての可能性。


 変化が心に現れる。

 人類への怒り。恨み。まるで行き場のない感情が心に流れ込んでいるようだった。

 アームさんはそこで自分がアームさんではなくなったことを理解した。

 アームさんがそっと流した涙は、心の涙かもしれなかった。


 次の変化は体に現れた。

 体が少し縮小するのが分かる。白い光に包まれて背中から熱があふれてはじけ飛ぶ。


 がおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!


 15層にキャットドラゴンの咆哮が響き渡る。


 純白の毛皮に天使の羽をもつ猫型ドラゴン。鈍重なドラゴンに比べて俊敏に動き。各種魔法を操り強力なブレスを吐く。強力なモンスターがそこに現れた。


 「やっと堕ちたな!可愛い俺のモンスターよ!さぁ、ご主人様にその可愛い顔を見せてくれ!」


 グールガンはキャットドラゴンの顔を見た。超至近距離で。

 気付いたときには16階層の階段わきに設置された門柱にたたきつけられていた。


 追い打ちをかけるようにキャットドラゴンはブレスを吐き出す。

 白炎が瞬き強烈な光がフロアを覆う。


 そのブレスを辛うじて右手で防いだせいで焼け焦げ、苦笑いを浮かべるグールガンを横目にキャットドラゴンは16階層への階段を降りてゆく。まるでここから逃げるように。



 まるで、アユムから逃げるように。



 「くっふふふ、もうひと押しだ。素晴らしいモンスターが手に入る。ああ、今行くぞ」


 グールガンはキャットドラゴンを追って階段を降りて行った。


 自分も後を追おうとするアユムを押さえ込み、権兵衛さんが結界の外へ師匠たちの元へアユムを連れてゆく。


 「くそおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 自分の命が危機に瀕しても出なかったアユムの激情が声にあふれる。

 叫ぶだけ叫ぶとアユムは糸が切れた人形のように意識を失った。


 メアリーの魔法で眠らされたのだ。

 そして彼らは各自苦々しい思いを抱えながら、主を失った15層を離れていくのだった。

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