第23話「白い魔獣2」
「プゥっプゥプゥ~♪」
いつもの様にアユムたち一行は15階層を目指していた。一見和気藹々である。
いや、2名を除けば、昨日賢者の娘が学会の下見に訪れた事を話題として楽し気に話しながら進んでいる。ダンジョンだというのにピクニック気分に見える。
「本当にきれいな方でしたね……」
「あれで化け物みたいな歳とかじゃねーのか」
「あら、失礼ね。あの方はまだ23歳のはずよ」
「うひょー、女盛りだね!」
「お、アユム。いっちょ前に赤く成ってやがるのか?」
「ひゅーひゅー」
「おっし、女についても教えてやるか!」
「ダメよ。アユムはこのままがいいの! 保護欲を掻き立てるの!!」
なんとも平和である。
そんな平和に乗り切れないのが2人。
まず、この人。
「がう(……あの~、頭の上に載られると……)」
「プゥっプゥプゥ~♪」
アームさんは恐る恐る頭の上に載って何気なくバランスをとっているウサギに声もかけるも鼻歌にかき消される。
なぜ、アームさんはこんなにも低姿勢なのか?
「プゥ!(敵発見! デストローイ!!)」
うさぎはそう呟くと、一気に加速する。
ぐぎゃあああああ
遠くでモンスターの悲鳴が響く。
ぺったん、ぺったん、ぺったん。
上機嫌のウサギが【風魔法】でモンスターの死体を浮かべながら緊張感のない足音で戻ってきた。
ウサギは師匠たちの方にモンスターの死体を放り投げると自分はするするとアームさんの頭の上に収まる。
アームさんに拒否権など存在しなかった。
「プゥっプゥプゥ~♪」
アームさんの頭の上で歌う白いウサギ。彼は先日アユムと一緒に騎士クレイマンにお説教いただいたあの最強の動物種ハンターウサギのぴょん太であった。
なぜ彼がここに居るのか? 先日の一件だが普通に考えれば要人警護に対する妨害をしたアユムと任務を放棄したぴょん太。二人とも反省を促すためにも牢に放り込まれてしかるべしな状況なのだ。領主の屋敷に連れていかれた彼らは何故そのようなことをしたのかを正直に話す。その話に一番の反応をしたのが誰あろう賢者の娘だった。彼女は言う。
『後日再び学会当日ここに来る。そのときに自慢のダンジョン作物を食べさせてほしい』
そのために人員も貸し出そうと。そういってぴょん太を貸し出してくれたのだ。
蛇足になるがクレイマン部隊と賢者の娘は所属する国が違う。だが、力関係は明白である。賢者の娘が白だと言えば黒も白になる。そんな関係なのでクレイマンが何か言えるわけもなく……。
「プゥ(まじか! ダンジョン作物喰いに行っていいのか! ラッキー!!)」
クレイマンも本人が乗り気なので何も言わずにぴょん太を送り出してくれた。
今日から10日。レンタル期間で楽しむ気満々のぴょん太はアームさんの頭の上で上機嫌に歌い続ける。
「がう(ウサギ怖いよ……)」
ハンターウサギとは何か?特にアユムたちが住む地方では冒険者から『孤高の戦士』と尊敬を集める存在である。
なぜか? それはハンターウサギが村の生活を脅かすモンスターを専門に単体で狩る動物であるからだ。
とある村の救援に呼ばれた騎士団は見た。
剣と盾の武装をした猿型モンスターがハンターウサギに為す術無く蹂躙されてゆく様を。
ウサギが軽く鳴くだけで猿の頭が飛ぶ。
高レベル討伐モンスターを意図も簡単に屠ってゆくウサギ。彼はモンスターの肉を軽く唾むと満足して去ってゆく。
森の平和を守る孤高の戦士。最強の動物種ハンターウサギ。
それだけであればアームさんが怯えたりしない。
本人から確認していないが、戦闘を見る限りレベルが上がっていた。
そもそも通常のハンターウサギよりもぴょん太は小さい。
アームさんは戦闘を見るまでもなく、一目見た瞬間に悟った。
存在進化を果たした特別種だと。
ハンターウサギの存在感を超越したぴょん太。それを野生で感じ取って怯えているのだ。
「がう(頭の上は危ないと思うのです……聞いてます?)」
「プゥ(信頼しとるぞ、猫助)」
「がう(アームって名前があるのに……ぐすっ)」
落とさないようにびくびくしているアームさん。少し可哀そうである。
さて、もう一人のノリきれて居ていない人だが。
「おい、セル! 解体するの手伝ってくれ!」
「はい!」
そう元アユムのパーティメンバーのセルである。
「僕も手伝います!」
セルと並んで作業を手伝うアユム。バツの悪そうな顔で作業するセル。
師匠たちは苦笑いを浮かべなら二人の若者を見守る。
セルがコムエンドに到着したのは、アユムが先日地上に戻ってきた日と同じ日だった。
セルはコムエンドに到着して冒険者組合の酒場でアユムを見つけ、そこで戸惑ってしまった。
情熱だけでここまで来たが、自分にかける言葉があるのだろうか。
その日から、セルのアユムを尾行する日々が続いた。
(今日こそはちゃんと謝罪をするんだ……)
言い出せないで物陰でもだえるセルを、尾行しニヤニヤしている師匠たち。
そんな構図が5日続いた。
耐えきれなくなったのはセルの師匠であるジロウだった。
音もなくセルの背後に回り込むと、頭を押さえつけてアユムの前に連行した。
そして……。
「アユム。馬鹿弟子がすまない事をした!」
ジロウはセルの頭を掴み強引に頭を下げさせた。
セルの視界に同じくらい深々と頭を下げるジロウが見える。
「すまない。アユム。ごめん。師匠。ごめん…」
セルは掴まれたままの頭に、ジロウの大きな手のひらに熱を感じた。
暖かい熱だった。アユムに責められたらどうする。そもそも自分を殺しかけた奴らの一味を許すのか。セルはそんなことを考え、声を掛けられない自分が嫌だった。自分が嫌いになると心が冷めて行く。アユムへの罪悪感と言い訳を頭の中で繰り返す。それを冷静な自分が見ていて嗤う。どんどんと心から熱が失われていく。それを師匠のこの手が劇的に変えた。情けなくて、うれしくて、セルは泣いた。
「セル。お帰り」
アユムの言葉にセルは頭を上げる。泣き顔を見られることなど気にしていない。
アユムはいつもの様に笑顔だった。セルは…自分の心を縛っていた何かがほどけていくことを感じていた。
「エリエフッドまで行ったんだって? 良い種あった?」
いつものダンジョン作物マニアっぷりに笑いが漏れた。
「ああ、ルームリスのダンジョンまで行ったんだ。土産は何種類かあるぜ」
自然に笑えた。気づけば師匠たちは誰もいなかった。いつもの調子でいつものように二人は語らう。
「セル。あれ以来アユムを意識してやがるが……そっちの趣味か……」
モンスターの解体を終えそれぞれ荷物を担いだところで、冒険者組合長のモルハスが真面目な表情でセルに問う。もうちょっと若者の心を察してほしいと切に思うセルとその一行は、着実に15階層へ向かう。
そして14階層。15階層へ降る階段の前で全員が足を止める。未熟なセルとアユムは何事かと戸惑っていると。
「プゥ(おいおい、いつまでついてくるんだ? 潰すぞ…)」
ぴょん太の殺気にダンジョン自体が反応したように見えた。
彼らが来た道からすごい速度でダンジョンの照明が消えてゆく。
だが、それはアユム一行まで行きつかない。
そう、白い閃光が走った。
アームさんの頭の上で寝そべっていたはずのぴょん太がそこに居た。
全長2mはあろうかと言う白い猫型モンスターを踏みつけ、今しがたダンジョンの照明が落ちたところに。
「プゥ(けっ、骨のねぇやつだ)」
白い猫型モンスターから降りるとぴょん太は面倒くさそうにアームさんに向かう。
その姿に師匠たちの間に戦慄が走る。
「なんでここでなんだ……」
誰かが漏らす。
「もう少し様子見をすると思ったのにな……」
悔し気に誰かが言う。
「誰かが持って帰って調査しなければならないな……」
そう言うと師匠たちは一斉に彼を見た。
コムエンド冒険者組合組合長モルハスを。
全員の視線を受けてモルハスは自分の後ろを見る。希望を込めて。……誰もいないのだが。
モルハスは師匠たちの方を見ない。見たくない。
「あきらめろ組合長」
「仕事だ組合長」
「大人としての責任だ組合長」
「黙って帰れ組合長」
モルハスが少し涙目になる。そして叫ぶ。
「やだ!」
「こいつ!駄々コネはじめやがったぞ!50にもなって大人気ねー」
「落ち着け組合長。社会的責任とか組織的責任とかあるだろ?」
「そうだ。お前が味わうはずだった料理は俺たちが責任もって味わってやる。安心しろ」
予想通りの反応にモルハスが切れた。
「お前ら! お前らだってやだろ? 目の前に美味しい物食べられるフロアがあるんだぜ? それを直前で帰るなんて……やだ!」
てこでも動かんと主張するモルハス(50)。
「しょうがない。サラ……お前も一緒に……」
「お断りします。嫌です」
冒険者組合専属冒険者。組合長の護衛であるサラはそれだけ言うと階段を下りて行った。
……組合長の護衛? 護衛ってなんだっけ?
「かーっだめだなこりゃ。しょうがないダルタロスお前がついていってやれ」
いきなり言われたダルタロスは飲食業協会の代表である。今回はダンジョン作物の試食に来ている。
「うん、やだ。モルハス、お前は一人でその猫もって帰れ!!」
モルハスとダルタロスは長年同じパーティーに所属し親友である。
「親友でも譲れないものがある……」
ダルタロスの目に本気の殺意が宿る。
結局、『お前ら依頼の時は覚えてろよー』と負け犬の遠吠え……もとい捨て台詞を吐いてモルハスと師匠達に買収されたサラが白い猫のモンスターを担いで地上へ戻っていった。
2人を見送りながら誰もが思った。あれはワイルドキャッツが原型になっている。と。
黒猫型モンスター、ワイルドキャッツ。鋭い牙で攻撃。トリッキーな動きで冒険者を翻弄する。9層のモンスターだ。
ワイルドキャッツのレアモンスターは白ではない。
彼らを襲ったのが新種のモンスターであることは確かだった。
このモンスターをもってダンジョンに確実な変化が認識されたその最初の例となるはずだ。
師匠達はそう考えながら階段を降りる。
降り切ったあたりですっかり忘れるのだが……。
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