第19話「食事処まーるinモフモフ!」
それは開店2日目の夜の事だった。
「私は思うの。外の上級冒険者にもここに来てもらえばもっと素材の運搬ができると」
マールが意気込んでいる。ダンジョンマスターが女湯の仕切りを作ってくれた為、仕事後の一息がつけるようになって次なる一手とやらを提案してきた。
「美味しい仕事と美味しい食事! いつもの日常に飽きてる金持ち……ゴホゴホ。高位冒険者を招致できないかな?」
「値段設定はどうするんだ?」
師匠のうち商店をコムエンドとエリエフッドで数店舗持つジロウが興味深げに反応する。
「地上の3倍を考えてます。正直アユムの野菜だけでその価値があるわ」
「あ、お野菜美味しいですよね!うん。いいと思います」
野菜を褒められてホクホク顔のアユムが何も考えなしに賛成すると、ジロウは笑顔のまま大工のアンソンを呼びアユムを修行に連れて行ってもらう。
笑顔でドナドナされるアユム。
「来る人たちに調味料とか持ってきてもらって、これも高めに買い取ればそんな損をしてる感が無いと思います」
「ふむ。モンスター払いはどうする?」
「難しいと思います。モンスターたちが持ってくるのは16階層以降の価値の高い物なので、それと比べると同じものを出すのは不公平感がでるというか…そもそもモンスター1匹で1食っていうのが高すぎるっていうのもあるし……」
初日は捌き切れない客足だったが2日目から客が減った。
アユム経由でワームさんに聞いたところ『そもそもそんなに頻繁に狂化するモンスターはいないし、みんなあんな贅沢は10日に1度ぐらいがちょうどいいと満足して帰ったっす。野菜無料サービスの件はみんなに伝えておくっす』と不満もないけど贅沢は頻繁にはいらないらしい。
ワームさんが言う通り客は減ったが全くゼロにはならない。今までゼロだった15階層からすると賑やかと言えば賑やかである。
「モンスターに貨幣経済を教えることもできんし、そもそもモンスターが倹約家という驚きの事実もあるしな……てっきり本能に任せて毎日来ると思ってたよ……」
「はい、アユムの野菜無料サービスにも遠慮がちに来るのが新鮮でしたね……。うーん、このままだと罪悪感が……、でもモンスター向けの価値なんてどうつけろと……はっきり言って、ぜいたくな悩みですよね、これ」
「食事札を作って適宜枚数を決めるか……」
「そこですかね……」
「ねぇねぇ、それって地味~に俺の仕事増えてません」
食事を終えてぐったりしていたサントスが非難の声をあげる。
「がう(どうした? 頭? 悪いの?)」
サントスの落ち込みっぷりにアームさんもさすがに気になったらしくそっと頭を寄せて慰めている。
どうやら駄が付く者同士通じ合うものがある様だ。
「ジロウさん、今ピーンときました……」
「うむ、俺もピーンと来た」
サントスはアームさんに寄りかかりその赤い毛並みをなでる。
最近お風呂好きになったアームさんはサラサラの良い毛並みである。
「モンスターたちには素材代として食事を複数回、ゆくゆくはちゃんと評価する事にして。人間はどうしても街の価格と比べてしまう。それは……」
マールの言葉をジロウが引き継ぐ。
「真新しい感がないからだ。内容が抜群でもそこに金を落とすものがいるか。高位冒険者であればダンジョン内での粗食にも耐性がある。だったら……」
マールとジロウお互いに視線を合わせてほくそ笑む。
「「新しい価値をつければいい」」
その瞬間アームさんは怖気を感じて、丸まってサントスの枕になっていたが、ビクリと起き上がる。そして前後左右を入念に警戒する。
「毎日奇麗に洗われてモフモフな毛並み」
ジロウのセリフに警戒を感じるアームさん。
「あの警戒感のない間抜け顔で人にすり寄って癒す。巨大だから体重を任せて甘えることもできる……」
まーるのセリフは今のサントスの事を示している。
アームさんはここでこの怖気の発生源がジロウとマールであることを認識した。そしてそっと耳を倒し顔をそむけた。
耳はマールに持ち上げられた。顔はジロウに抱えられた。何故かアームさんは逆らってはいけない衝動に駆られる。それは最近消えかけていた野生だった。
「アームさん。良いお話があるの♪」
全力でイヤイヤを表現したいアームさんだが、体が動かない。
「お前さんのその魅力を見込んでお願いがあるんだ」
そっとジロウに撫でられたアームさんは、『こいつら良いやつかも……』と錯覚を始める。
「言うとおりにしてくれれば、寝転んで皆に愛想ふりまくだけで美味しい物、食べられるわよ……」
アームさんは判断した。
「がう(大将、姉御。俺に何でも言ってくれ!)」
顔が緩みまくっている。
静かな笑みを浮かべるマールとジロウ。
暗闇の中修行していたアンソンとアユムが本能的に逃げ出した程の黒い笑みだった。
「がう(寝てるだけで美味いもの食えるようになるなんて! 最高だーーーー!)」
翌朝。
「じゃっ、じゃあ、行ってくるよ。みんな」
足早に5階層に上がってゆく一行を見送る一匹に、蝶ネクタイ装備の上ブラシで入念に毛並みを整えられたお猫様がいらした。ピンと背筋を立てて座っている。
「がう(なんか今日ははやかったね……)」
「ボッボウ(うむ。急ぐようでもあったのであろう……ぷっ)」
「お、やっぱりいた」
権兵衛さんに『何故笑った』と問い詰めようとしたアームさんに言葉を、階段の上から降りてきたアユムの師匠オルナリスの言葉が遮る。
竜人であるオルナリスが階段を下りてくるとその巨体の影に隠れて確認できなかったが他の冒険者もいるようだ。
人数にして8人。
「さっきアユムとすれ違ったよ。あ、こいつら俺の部下と……このドワーフは冒険者だ」
「オルナリス、本当にこいつら言葉が通じてるのか?」
オルナリス以外皆疑心暗鬼である。確かにオルナリス一人いれば、クレイジーパンサーとエンペラーオーク同時に相手にしても勝てるだろうが……勝てない彼らは不安で仕方ない。
「がう(よろしく白髭ドワーフ)」
「ボウ(よろしく頼む皆の衆)」
その不安もアームさんたちがお辞儀をして互いに一方通行だが、オルナリスと会話が行われたことで払拭された。そして彼らは15階層を目指した。
―――アームさんと別れたアユムたち
「ジロウ、最後の蝶ネクタイは反則! どこの貴族の飼猫だよ」
アンソンは腹を抱えて笑い転げている。他のメンバーもおおむね似た反応だ。
それもそうだろう。1匹で1つの砦を破壊しつくすというクレイジーパンサーが、身なりを整えていいところのお猫様然としていたのだ。ギャップがすごい。
地上に至るまでアームさんのネタで持ち切りだった一行の中で、アユム一人だけ浮かない顔だった。
「師匠。ドワーフって歳をとっても白髪にならないはずですよね……」
あの白い髪は違和感が形になっていたようにアユムには感じられた。
「アユム、気にしすぎだ。そう言う事もあらぁ。きっと」
肩をバンバンと叩かれて地上に上がるアユムだが、やはりどこか後ろ髪惹かれる気分だった。
だが、少し考える。師匠たちほどのレベルの人間を違和感案く欺ける者って存在するだろうか。と。
アユムはダンジョンの入り口を振り返り、少しため息をついて再び前を向いた。
やるべきことは多い。何もできないことであれば止まらない方が良い。
そう結論付けて前を向いた。
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