第18話「魔物さんによるアユム君観察日記」

 ダンジョンマスターの朝は早い。何故ならば最近観察対象の農家が早いからだ。

 ダンジョンマスターと言うと皆さん何だと思うだろうか?

 個人的には稼いだポイントでコーラとポテチをボリボリしながら、たまに端末でダンジョン管理してるニート……ごほごほ、もとい、自宅警備員の偉い人バージョン!


 ん? お手紙ですか? はぁ。今読めと。仕事中なんですけどね。

 ビリビリ……

 『世界の声様。喧嘩なら高額買取キャンペーン実施中です♪ 可愛くて働き者のダンジョンマスターより(加虐)愛をこめて♡』

 ……。


 世界の声とは物語の進行役である。第三者視点の俯瞰した目での物語を記録するのが使命である。公明正大な立場にて私はここに声を大にして言おう!!


 ここのダンマス働き者!!


 しかも一見カッコいいキャリアウーマンですが普段はかわいい女性である!!

 そしてダンジョンを2つも運営するやり手の彼女は多忙であった……。


 ちらちらっ。(これでいいよね……もうあの子いないよね……)


 ん?またお手紙ですか? 嫌な予感しかしませんね。

 ビリビリ……

 『やりすぎ♡(反語)が透けて見える。やるならさりげなく! それが大人の接待術!!』

 ……。


 ……ダメ出し来たよ……メンドクせーよF2層※……。

 うん、そうだ気にしない。気にしたら負ける!!いろんなことに!


 ※視聴率調査等で使われる世代区分。35歳から49歳までの女性のこと。アラフォー……ごほごほ、首を絞めるのは反則です……ぐ、ぐあぁ。


 はい、という事でダンジョンマスターは朝早くから報告を受けている。

 まずは朝から一緒に畑仕事をしている権兵衛さんから。


 『アユム観察報告 X月Y日午前


 今日は芋の世話をしました。最近トウモロコシへの魔法力供給がうまくいっていたので自信を持っていましたが、地中への魔法力供給は難しいです。難儀しているとアユムがそっと手を添えてくれました。いい匂いがしました。


 一緒に農作業をしていて思います。アユムは女の子だったら、俺はここに居られないほど照れるだろうと。同じオスであってよかったと深く思います。


 芋の世話の後、ムフルの木の収穫を行いました。ここでは、マールが手伝ってくれました。ですが作業中ずっと【女湯を作ってくれないから大変だ】と愚痴っています。確かに毎回自分とその部下たちがカーテンを持って立つのは大変です。母上、改善を要求したいと思います。


 さて、ムフルの森を清掃しているとサントスが大あくびをかきながら起きてきました。そして俺をみて驚きます。もう少し慣れてほしいと思います。サントスはしばしボーっとした後、朝風呂へ向かいました。もう少し仕事をしてほしいと同じフロアの従業員として思います。


 落ち着いたところで朝食の時間となりました。マールの料理もいいですが、やはりアユムの料理は最高です。

 母上も【じょしりょく】なる力が上昇するそうなのでアユムに教わってみてはいかがか?

 アームとワームを含めて母上の事をマールとアユムに相談したら【いつでも……、いつでもいいですよ。優先しますよ】と大変優しく言っておりました。ぜひ、我らが母上が更なる高みを目指すためにもご一考いただけませんでしょうか。


 朝食が終わり俺も仕事に帰ろうとしたところで、師匠たちのうち2人が大荷物をもっていました。地上に戻る様です。何やら【一週間で得る想定の素材が一日で得られた】との事。それを聞いていたサントスが泣いていましたが、始めの見積もりが緩すぎると思いました。何故ならば未処理の素材が山となっているからです。お土産にチーズを購入してきてくれるようです。楽しみです。


 以上、30階層フロアボス 権兵衛』


 読み終わったダンジョンマスターは静かに立ち上がり30階層を目指す。

 途中反抗期に入った35階層の暗黒竜が、絡もうとしたがひと睨みで負け犬みたいな声を出して逃げていった。


 「ボウ(ん、母上。しばしお待ちを部下たちの管理作業がすぐに終わりまするので……ん? 報告書ですか? ……はぁ日記に見える? 仕方ありますまい、臨場感を出すためには日記スタイルが良いと思いましてな)」


 往復ビンタ。


 「ボウ(母上! お怒りを、お怒りをお納めください。確かにおいしいものを俺だけ食べましたが! …ああー! 誰ぞ誰ぞある! ご乱心じゃ! 母上がご乱心じゃ!!)」


 ダンジョンマスターの怒りが収まるまでしばらくお待ちください。


 30分後、ダンジョンマスターは肩を怒らせて帰宅する。

 途中の35階層で小さく丸まっていた暗黒竜がダンジョンマスターが入ってくると小刻みに震えて土下座を始める。大名行列?


 ダンジョンマスターは自席に戻ると、もう2枚の報告書を手にする。

 15階層の駄ネコとスパイとして送り込んだ18階層のチャラ虫である。


 ダンジョンマスターは怒りに震える手で紅茶を持ち、少し心を安定させる。


 『アユム観察報告 X月Y日お昼


  最近アユムとお昼寝ができなくて寂しい。


  15階層フロアボス アーム』


 ダンジョンマスターはふっと諦めた様に笑う。冷酷な笑みだった。

 だが、もう少し続きがあったので読むことにした。


 『追伸:アユムから燻製肉とリッカジュースを送るように言われましたのでお届けします。じゅる。』


 ダンジョンマスターが視線をやると報告書が置かれていたテーブルの横に樽と肉の塊があった。どうやら我慢できたようだ。


 『駄猫へ。命拾いしたな。アユムに感謝せよ』


 最後にダンジョンマスターは問題児の報告書に目を通した。


 『アユム観察報告 X月Y日午後


  出勤すると権兵衛さんがまとめてくれた美味しいものにかぶりついたっす。

  ある程度食べたら地中に潜り土を育てたっす。


  最近何か忘れているような気がする。

  ダンマス何か知ってません? 知ってたら教えてほしいっす。


  最近知ったんっすが俺たちの出す糸高級品らしいっす。ちょうど今回服飾の師匠が来ているらしいので落ち着いた頃合いを見計らって糸を提供しました。大変喜んでいたのでもっと出したっす。


  ここからはちょっと私信になるのですがよろしいでしょうか……。


  私最近気になる子がいまして。その子を食事処まーるに誘いたいのです。

  昨日食したジュルットを2人で食べたいと思います。


  そう考えると最近頭がぼーっとします。

  色々な想像をしてもだえる日々です。ああ、私にもう少し勇気があれば……。

  そう、話しかける勇気があっても、断られる勇気はないのです……。


  私の心を占領する彼女。

  私と目が合うと赤くなってすぐにそらしてしまう彼女。

  なぜ彼女はこんなにも私の心をかき乱すのでしょうか。


  会いたい。

  話したい。

  触れ合いたい。


  大事な彼女。だから私は貴女を奪いたい。

  でも、大事な貴女に強制はしたくない。


  貴女に嫌われるのが心の底から恐ろしい。私はこんなにも弱くなってしまった。

  私の体は今、貴女への愛と言う猛毒に犯されている。


  本当に、どうしたらいいのか……私は……。


  親愛なる母上、ご多忙中大変恐縮でございますが、何卒不出来な息子にご助言いただけないでしょうか。


  18階層のナイスガイ ワーム』


 ダンジョンマスターはワームさんの報告書をそっと閉じ、ソファーにもたれかかり薄く笑みを浮かべこっそり泣いた。


 芋虫に負けた。


 あ、え、ちょっと槍投げてこないで!!


 ダンジョンマスターは異次元にいるはずの世界の声に怒りをぶつけるとすっきりした表情でワームさんに手紙を書く。


 『今度2人で潜入指令出すのでお相手を教えなさい。……誰よ? 教えなさいよー(ニヤニヤ』


 ダンジョンマスターの朝の休憩時間はこうして過ぎてゆく。

 一応2つ目のダンジョンの作成業務もあるので仕事前にしか見られない。


 落ち着いたところでダンジョンマスターは思う。


 (世界創造以来変わらなかったダンジョンの在り方が今変わろうとしている…)


 そしてダンジョンマスターは一枚の手紙を手にする。


 (私も変わろうかな……)


 『ダンジョンマスターお見合いイベント! のお誘い!!』


 ……変な男に引っかからないでね……。

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