第17話「食事処まーる」
「さぁ! 開店だよ!」
気風のいいマールはきっと前世江戸っ子だろう。
マールの店はモンスターが入りやすいようにm16階層から上ってきた階段の近くに配置されている。
開店準備に3日を要した。まず場所を作り、テーブルを作り、皿を作る。
師匠達の宿泊場所に作られた炉があり、いずれ陶磁器の皿が作れるだろうが、今回は時間がなかったので岩魔法で加工した。その為大変重い……。
そもそも、16層以降の階層では虫系や動物系モンスターが多く、さらに下に行けば人型である権兵衛さんの配下であるオーク軍団がいるが、そこから来るのかとも思われていた。だから直において食べる席とテーブル席を半分半分に用意している。
「ドキドキしますね……」
本日開店を権兵衛さんを通じて妖精さん(ダンジョンマスター)に話しているとはいえ、どれだけの客入りがあるのか、アユムは心配でドキドキしている。
「大丈夫! こんなにうまそうな臭いしてるんだ。すぐに来るさ!」
マールは笑顔でモンスター肉を焼き、団扇であおる。
アユム制の現地作成ソースが肉の香ばしい香りを引き立てている。
ゴクリ
漂う香りに思わずアユムの喉が鳴る。
今日の為に大量に絞ったリッカジュースも用意している。
この為だけにチカリから氷魔法を教えてもらっている。まあ、『体で覚えるのが早いよ♪』とか言って攻撃魔法で覚えさせられたのは懐かしい記憶である。
お客様を待つマールとアユムにジリジリとした緊張が走る。
「…………うーん。君たちさ。俺がすでに働いていることは目に入らないんだね……」
開店準備中あまり役に立たなかったサントスがぼそりとこぼす。
彼は肉屋である。加工用の道具を降ろし、そして保存庫をアユムに作ってもらう。
その後役に立たない。
扉の加工もアユムがやったし、畑の管理もアユムがやった。タレの作成も権兵衛さんとアユムがやったし、机やいす、お皿の加工はアユムである。
その間サントスは何をしていたのかと言うと……うん、アームさん枠でした。
つまり、サントスはジュースを飲んでアームさんと遊び、途中思い出したようにアームさんと一緒に狩りに出かけ、帰ってきて気まぐれに肉を加工し、焼き肉にして食べる。その後風呂に入ってアームさんを丸洗いして寝ていた。ほぼ寝ていない二人とは対照的な男であった。
「がう(へい三下! 肉、早く早く! 焼き肉!!! じゅるり)」
「ていうかなんで虫系狩ってくるんだよ……これ素材は大したものがないぞ……」
サントスの言葉に固まるアームさん。
「がっがう(え、でもそれレアモンスターだし……)」
「サントスさん。そのモンスターの内臓、薬になるので乾燥魔法掛けて保存庫に入れておいてくださーい。アームさんお手柄ですよ~、いっぱい食べていいですよ~」
絶望に落ちるアームさんだが、やはりアユムが助けるようだ。
「が~う(さすがアユム~、俺焼き肉大好き~)」
ちょこんと自分の席に着くアームさんは、マールにチラチラと視線を送る。
「がう(シェフ、いつものを……)」
「お客来ないねぇ……」
片手をそっと挙げて気障に注文するアームさんだが、マールは無視である。と言うかアユムにしか通じないからね? アームさん。
「がぅ(マスター……、いつものください……。ぐすぐす……。お肉、お肉が食べたいのです……ぐすぐす……)」
「あ、えっと。マールさん。アームさんにお肉とリッカジュースをお願いします」
アユムがいたたまれなくなりマールにつなぐ。一回無視されただけで落ち込むアームさん。愛すべき駄猫と再認識である。
「はい、どうぞ。あ、このトウモロコシはサービスね♪」
「がう!(ありがとうアユム!)」
勢いよく肉をほおばるアームさん。そして思わず吠える。
「がうーーーーーーーーーーー!(うまーーーーーーーい! これ喰えない奴可哀そう♪)」
いつもの事だった。だが今回はその雄たけびが切欠になった。
「ボッ(だから早く行こうっていたじゃないっすか! あー、大将がもう美味しいところ食べてる!!)」
2番手はワームさんと赤い毛並みの体長1.5mの熊であった。
それぞれ、ワームさんの糸でからめとったモンスターを引きずっている。まだ死んでいないようだ……。
「お、ワームさんと……そちらは?」
サントスは遊んでいる間でも畑の従業員と交流していた。虫系モンスターのワームさんにも嫌悪感なく接していた珍しい人間である。
「ボッ(19階層のザコモンスター、ギガベア持ってきたっす)」
ギガベア、4mぐらいのでかい熊。4つ腕。討伐推奨 戦闘力レベルパーティー平均20~、単体40~。
「あ、サントスさん。ザコモンスターのギガベアだそうです。まだ生きてますね。生きのいい状態で〆られてラッキーですね♪」
包丁を手早く動かして人参の様なものと芋の皮むきにいそしむアユムが翻訳した。
「マジか……ギガベアがザコなんだ……てかそちらの御仁は……?」
サントスは聞かなければならないが聞きたくない事を聞く。逃げ出したくてたまらない。
「ボッ(20階層のボスでサンダーベアの……アユムん、名付けて!)」
サンダーベア、1.5mの熊。しなやかな筋肉から繰り出される突撃は回避不能。あらゆる魔法耐性を持つ毛皮は、非常に効果で取引される。討伐推奨 戦闘力レベルパーティ平均45~、単体70~。
「こちらは、サンダーベアの………………うーん、【ムウ】さんなんてどうですか?」
アユムの言葉を聞いて熊は小さくうなずく。
「ボッ(おっけー、チョー気に入った! っていってます)」
意訳なのだろう? それともテレパシーなのかワームさんが語る。
「さっ、サンダーベアね……うん。よし気にしない事にする! 俺は仕事をするぞー! 筋肉でもぜい肉でもうまく処理してやる!!!」
開きなおったらしい。
「ワームさんはこっちね。最近植えたばかりのジュルット。根菜類で土付きだよ」
アユムは土を落としていない人参の様な根菜類ジュルットというダンジョン作物(まずくて不人気のダンジョン作物の中でも最も人気のない部類に入る作物)を並べる。
ジュルットがなぜ人気がないのかと言うと、人間が食べるためには水に2日程浸けておかないと硬くて食べられないのだ。味の方は手間をかけた分だけましなので、コアなファンがいるという噂だが。
ジュルットを、ワームさんは小さな口でボリボリと食べ始める。その横で無言系の熊さんも肉を口にする。
熊さんこと、ムウさんは目を見開く。どこかで見た反応だ。
もう一切れ肉を食べる。確信に変わったのか頷くようにゆっくりと食す。
そこで茹でた芋が視界に入る。正直いってムウさんは興味がなかった。自分は雑食だがこの肉を超える味などあるまいと……ちょっと冷えた視線を芋に送っている。
そんな様子を見ていたアームさんはぼそりとつぶやく。
「がう(ふふふ、これが若さと言うやつか……)」
いや、あんたつい10数話前同じ様なリアクションしてなかったっけ?
そんなアームさんの言葉も聞こえ無いとばかりに、ムウさんはつまらなそうに芋を口に放り込む。
無言。
だが、手はすごいスピードで動いている。次々に口に投げ込まれる芋。やがて全てなくなった。ムウさんがそれを知ったのは手が宙をさまよい芋が掴めなくなってやっとである。ムウさんは芋を食べ切ったことを知り、世の中に絶望する。
「そんな顔したらダメだよ。ほら、たべて」
マールさんがそっと芋を追加してくれた。思わずムウさんは立ち上がって小さく吠えた。
「ぐる(サンキュー、マム!)」
「ありがとうございます。だってさ」
直訳できず苦笑いのアユムがいた。
それから次々とモンスターが現れ、一気に食の戦場と化した。そしてお食事処マールを包む心地の良い喧騒は夕方まで続いた。
「え? 階段の下に行列ができてる?」
「ボッ(マジっす。それも自発的にできてます。その光景をわざわざ見に来たダンジョンマスターが爆笑してたっす)」
モンスター、その生態はなぞに包まれていた……
「だれか! だれか手伝ってくれ!!!」
サントスが助けを求めた!
師匠達は食べる側だった。
アユムは忙しかった。
マールはサントスをにらみつけた。
ワームさんはいつもの葉っぱで口直しをしていた。
アームさんはお風呂場からサントスを微笑ましく眺めていた。
「孤立無援! まさかの過労死もある?」
「口より手を動かしてください。あ、ワームさんたちの糸は高級品だから気を付けて~」
サントスは一心不乱に働いた。地上に戻るとレベルが10も上がっていたのはきっと狩りの効率が良かったからに違いない……決して生きたまま捌いたから上がったわけではないはず。うん。きっとね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます