第16話「塩加減は料理の基本にして奥義!」

 塩。


 こんな逸話がある。


 賢く強い王の側室に大変聡明な女性がいたという。

 王とその家臣達との談笑にて「うまいものは何か?」と言う話が出た。

 口々に自分の好みのものを持ち上げては語る。

 人には好き嫌いがある。一概に何と決められるはずもない。

 食へのこだわりは人それぞれ、まとまらぬ議論と徐々に強く主張しはじめる家臣たち。

 そこで王は、賢いと見込んでいた側室の彼女にも問うてみた。

 すると彼女は簡潔に答える。

 「塩です」

 その答えは驚きをもって家臣たちを黙らせる。

 「塩ほど調理法で、うまいものはありません」

 続けて発せられた彼女の言葉に一同が感心した。

 彼女の答えに反論する者も無なり王は大変満足し、彼女にもう一つ質問する。

 「では一番不味いものはなにか?」

 その問いに彼女は迷わずまた簡潔に答える。

 「それも塩です」

 皆が注目する中、王が理由を問うと当然の様に彼女は答える。

 「塩味が過ぎれば食べられません」


 塩とはある地域では戦略物資である。

 古来より塩の取引は国が法として整えるか、専売する程大きな商売となっている。


 何故か?


 「人間は塩が無いと生きていけないからだよ」


 今回体動メンバーに入らなかった料理人、ハインバルグの弟子マールが自慢げに人差し指を立てながらアユムに解説する。まるで先ほどの側室の様に聡明な女性なのだと言わんばかりに。


 「なるほど」

 「がう(なるほど。でもモンスターは塩必要ないよ♪)」


 アユムとアームさんが感心していると、マールは更に胸を張る。

 マールは特に目立ったところのない、いわば普通の容姿の女性だった。ただその桃色の髪と赤い瞳は印象的である。彼女の得物は師匠と同じく片手剣の二刀流だ。


 「で、今回の荷物で塩が多いのはそう言う事なんですね」

 「だよ」


 ひとつ補足しておこう。

 一概に塩と言っても種類は豊富である。この世界においてもそれは揺るがない。

 しかし大きく分けると『岩塩』『天日塩』『せんごう塩』になる。


 『岩塩』とは太古海であった土地が地殻変動により地中に埋まり、塩分が結晶化した物

 『天日塩』とは塩田で海水を蒸発させて作る物。

 『せんごう塩』とは海水を濃縮して煮詰めた物。


 全ての塩が万能かと言うとそうではなく。

 『岩塩』は不純物が多いと使えない。

 『天日塩』は降水量の多い地方では不向き。


 読者諸兄の住む日本では主に『せんごう塩』を生産している。


 アユムたちのいる国は、山間の地方は岩塩、海に近い地方は『せんごう塩』を作成している。

 これは過去、国が大きくなる段階で2か国併合した弊害と言われている。


 「それぞれに特徴があるから、料理人としては腕の見せ所なんだけどね!」


 浮かれるマール。これにも少々理由がある。

 彼女は師匠から2つ課題を持たされている。


 1つ目はレベルアップ。

 これはアユムとそのほか師匠達と狩りに出かける予定なので難なくクリアできそうだ。

 レベルが向上すれば次の奥義を教えてくれるそうなので、マールのモチベーションは非常に上がっている。


 2つ目にダンジョン15階層で店舗オープン。

 何を言っているのかわからなかった。

 そもそもダンジョン内で設備は? どうやるのか?


 「水回りは妖精さんが用意してくれるそうなので楽しみですね。お店」


 マールは妖精さんが何者か知らないが、そこまで言われれば受けない事もない。

 何より、小さいながらも一国一城の主になれるのだ。中々刺激的な課題だった。


 「店なら1人でやってくれよ……」


 そう愚痴るのはギュントルの弟子サントス。師匠とは似ても似つかないイケメンである。

 金髪碧眼の完璧な王子様である。

 彼は得物を腰に差していない。冒険者としての職業は魔法拳士。見えざる拳でモンスターを打ち抜くその姿は、近接専門魔法使いと言い換えても遜色ない。

 巷では、彼の紅い手甲は敵の血を吸って紅いとなどとささやかれているが、単なるファッションである。


 「肉屋さんは重要です!」


 先日ハインバルグの滞在中に、アユムを通じてダンジョンマスターと取り決められた事項である。


 ダンジョンでは各層のモンスター管理が重要である。


 下手にモンスターを放置すると、5層でアユムが倒したモンクコボルトの様に狂った上、潜伏し存在進化しダンジョン内の調和を狂わせる。


 それはダンジョンが存在するその意義に反することになる。

 なので、モンスター達は狂いそうな同族を狩る。

 その仕事はフロア管轄のボスモンスター達が主に行う。

 アームさんであれば6〜15階層。

 権兵衛さんであれば21〜30階層。


 そこで、実は倒したモンスターがほぼ手つかずで処分されているという現状があった。

 それを聞いたハインバルグが『勿体ない』と言い今回の話が始まる。


 各フロアボスは、いつも通り狂ったものを狩り、それを15階層まで持ってくる。

 そこでサントスが肉を捌き、皮やツメ・魔石などをお代にしてマールが料理をふるまう。


 調味料や他の食材に関しては売上に応じて地上から仕入れる。


 中々に美味しい関係である。

 ……ただ、ダンジョンマスターには別な思惑もあるようだが……。


 「アユム! 15階層付いたら一番に看板作ってね!! お食事処まーる!」

 「アユム、俺は早く地上に帰りたいから弟子候補のモンスターを……」

 「マールさん了解です! サントスさん、モンスターさんだと衛生管理が……」


 浮かれてスキップのマールと、沈んでアームさんに慰められるサントス。

 対照的な2人と共にアユムは15階層へと帰還した。


 「がう(そういえば……もう一匹働きたいって奴いるって聞いたけど、ワームのやつ連れてこないな……)」


 決して世界の声が紹介し忘れているわけではなく。

 事情があって出てこないのである。


 「ボウ(ちなみに俺は毎日30階層から仕事をこなしながら通っている。決してボスとしての仕事を放棄しているわけではない)」

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