第11話「素手で岩を割ることが最低条件」

 夜。ダンジョンご飯に舌鼓を打った後、修行(夜間の部)が始まる。


 「せや!」


 気迫のこもった声が夜闇に響く。


 「くっ」


 鈍器と鈍器がぶつかり合うような鈍い音とアユムのうめき声が聞こえる。


 「がう(人間って夜目効いたっけ?)」

 「ボウ(いや。と言うか目で追えん…)」


 高速移動でアユムを翻弄する師匠。医療術師のリンカー。普段は静かな男だが戦闘中は饒舌に語る。


 「アユムよ。考えたうえで感じるのだ」

 「はい!」


 その後繰り返しの様に鈍い音が響く。


 「あらゆる状況を想定し、すべての情報を入れよ」

 「はい!」


 回し蹴りをかわし切れずクロスした腕の上から蹴り飛ばされるアユム。


 「判断は思考にゆだねず、反射で行え」

 「はい!」


 追撃をかわすとダンジョンの壁が砕け散る。拳は当たっていないはずなのに……


 「その為にも情報を蓄積し思考を重ねよ。いずれ、思考なしで体が動く」

 「はい!」


 マシンガンの様に放たれる突きのラッシュをかわし続けるアユム。そして飛び散る壁。


 「がう(……壁が豆腐みたいに砕けてるよ?僕夢見てるのかな??)」

 「ボウ(……うむ俺も同じ夢を見ているようだ。悪夢だな)」

 「ボッ(……夢……。ここを生きて帰れたら……俺っちあの子に告白するんだ……)」

 「がう・ボウ(変なフラグ立てるのやめて!それとばっちり来るフラグ!!)」


 はい、普通の反応でした。

 ていうか、師匠容赦ないな……。


 「リンカーの奴、アユムに甘いな……」

 「仕方あるまい。アヤツ、子供好きじゃて」

 「ふむ、通常なら音などたてないし声などださんし、さらにいえばアユムに感ずかれる速度で動かんからな」


 「「「「まったく、甘くて困る……」」」」


 ダンジョンマスター逃げて! ここに危ない人達が10人もいます!


 翌日、壁がきれいに拡張され、代わりに建物が増えました。


 「がう(入り口に獅子をモチーフにした門柱ができてる……あれ? 我が家どうなっちゃうの……)」

 「アームさーん。おいも食べるよー」

 「がう(今推参いたす! 芋は我にあり!!)」


 平和なのかそうじゃないのか……どっちなんでしょうね。ダンジョンマスターさん。


 ダンジョンマスターからの手紙

『拝啓

 花の盛りもいつしか過ぎて、行く春を惜しむ季節となりました。お元気でいらっしゃいますか。

 皆様のご助力のおかげで、この度新規ダンジョンを立ち上げリスク分散することとなりました。そちらのダンジョンコアが壊されても私は消滅することはございません。

 しかしながら、そちらのダンジョン内で進行されている状況はまさに革命的な状況にございます。

 つきましては、世界の声様にはお手数かと存じますがそのまま状況維持にご助力いただければ幸いと存じます。


 尚、神様会議での決定事項ですので拒否権なんか欠片もないよ?( ´_ゝ`)


 例によって、君、もしくは君のメンバーが捕えられ、あるいは殺されても、当局は一切関知しないからそのつもりで。なおこの手紙は自動的に消滅する。成功を祈る(爆)』


 (爆)ってなんだよ! 拒否権ぐらいくれよ!! てか世界の声殺せる人いるって事……ええーーー! 安全圏から好きかって言えるのがこの仕事の美味しいところじゃん!! よし態度を改めてやる!!


 ダンジョンマスターからの手紙2

『態度があからさまに変わったら……、神様がお仕置きに直行するようです。どんな神様がいいですか? 神様はサディストぞろいですよ?(笑い)

 例によって、君、もしくは君のメンバーが捕えられ、あるいは殺されても、当局は一切関知しないからそのつもりで。なおこの手紙は自動的に消滅する。成功を祈る(爆)』


 ……ええっと。頑張れ俺……(ぼそ


 ・・・

 ・・

 ・


 アユムが修行に励んでいた頃、護衛でコムエンドから交易都市エリエフッドに到着したアユムの元パーティーメンバーを見てみよう。


 ドシャ


 イットは地面に放られた。革袋を見て苦々しく思い下唇をかむ。

 革袋の中には今回の報酬が入っている。落下した際に金属音がしたので間違いないだろう。


 「ちょっと! ちゃんと渡しなさいよ! それでも大人なの!!」


 リムが食って掛かるも相手の冒険者は何食わぬ顔で笑ってる。


 「いや、すまんすまん。手が滑っただけじゃねーか。気にせず拾えよ。仲間殺し共」


 周りの大人が彼ら5人を見る目は冷たい。今回の依頼主も一緒に護衛した先輩冒険者も。


 「アユム殺しておいて偉そうに……」


 依頼主の息子13歳が荷下ろしをしながらリムを見て呟く。そのつぶやきは交易都市中心部の喧騒中にあっても十分に通る声だった。


 「な! あれはしょうがなく!!」

 「6層以降で警告して吠える魔物は撤退まで待ってくれる。ダンジョンに入る際に冒険者組合で教えられる常識だよな……」


 反論しようとしたリムの口を軽戦士セルがふさぐ。


 「すまなかった。拾うさ。冒険者にとって報酬は欠かせないからな」


 セルは愛想笑いを浮かべながら革袋を拾いイットに手渡す。

 ここは目立ちすぎる。いさかいを起こせばコムエンドでの悪評がここエリエフッドでも流れてしまう。冒険者は命を懸ける仕事。そう言った情報は耳が速い。特に味方殺しはご法度だ。噂に上っただけでもその街でまともに仕事できると考えない方が良い。


 「……まってくれ。額が少ないぞ……」


 革袋の中身を確認したイットが声を詰まらせながら言う。


 「契約であったよな? 成果報酬だと成果出せて満額だと。この旅でお前らの活躍はなかった。寧ろ食事代と馬車代を請求されなかっただけよかったと思ってくれ」


 「あんたらはどうなのよ!」


 セルを振りほどきリムが吠える。


 「俺たちは襲ってきた夜盗1組。野良モンスター10体……お前らは確か……夜盗1人だけだったか? そんなの一般人でもこなせら」


 爆笑されるも先輩冒険者の眼は笑っていなかった。


 「仁義通せないのであれば冒険者なぞするな。ヒーローごっこでやられると迷惑なんだよ。あとアユムを置き去りにした奴らと一緒に仕事した俺たちは我慢強い方だぞ? 他の奴らならあの世のへの片道切符だったろうよ……」


 ダンジョンから帰還してここまで先輩冒険者たちにとって『アユム』の存在がどうであったか、痛いほど思い知らされたイットたちだが、更に考えを改めさせられた。そこまでとは考えていなかったのだ。


 「……私たちだって苦渋の……」

 「あ゛?」


 小柄な魔法使いタナスが伏し目がちに口を開く。だが、最後まで言わせてもらえるはずがない。それは自業自得だ。彼らの判断ミス。彼らの知識不足。彼らの相互理解不足が招いたことなのだから。


 結局、プレッシャーに耐えられず彼らはすごすごと宿に逃げて帰った。


 「そもそも!」


 宿の一室。女性部屋として与えられた一室でタナスがリムに詰め寄る。

 それは今まで言えなかったことだ。

 自分もアユムを置き去りにしたという罪悪感で言えなかったことだ。

 だが、今日の様な事が今後も続くと思うと言わざる得ない。


 「リムがなんでアユムを撃ったのさ! そんなことする必要性があったの? なんなのあんた?」


 普段大人しい黒髪黒目の少女が、思い切って目に涙を浮かべながら懸命に叫ぶ。


 「あの時は最良の判断だと思ったのよ。貴方達だってそうでしょ? 逃げるためにいけにえが必要だって。『みんな一緒に死ぬよりだれかを置いていけば』って思ったんでしょ?」


 リムの冷静な反論にタナスは言葉を詰まらせた。確かに撤退戦をするにしても誰かが殿しんがりを務める。自ら進んで前に出たアユムはきっと殿を務めただろう。あの時はアユムを含め誰もあのモンスターが警告したなど考えもしなかったのだ。


 「でも、あんたアユムを弟みたいに思ってたんでしょ? なんでそんなことできたの?」


 知識不足は全員の責任だが、感情として弟を犠牲にする考えが理解できない、とタナスは憤懣を漏らす。


 「あら? 弟が姉に全てを差し出すのに何の問題があるの?」


 当然とばかりにほほ笑むリムを見てタナスは眩暈がした。

 そしてタナスはもうこの場に居たくなかった。衝動的に殴ってしまいそうだ。


 「どこ行くの?」

 「ちょっとお酒飲んでくる……」

 「そう、ほどほどにね」


 タナスはとにかく頭を冷やしたくて足早に部屋を出ていった。

 そして、安宿ゆえか薄い壁越しにすべてを聞いていた男たちも立ち上がる。


 「俺たちはタナスが気になるから追うよ。イットはここにいてくれ何かあったら連絡する」


 サムとセルが足早に出てゆくのを確認してイットはベットに腰を下ろす。

 そしてアユムから贈られた魔石が埋め込まれた木彫りのブレスレット撫でる。さみしそうに。


 イットは悲しみに暮れていた。だから隣の部屋の声が耳に入らなかった。


 「イットに色目を使うから……自業自得なのよ……」


 悪魔の声が耳に入らず彼らは運命の日を迎える。

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