第8話「幼馴染」

 「で」


 冒険者組合のカウンターの上で正座させられたアユムは30人からなる、いかつい顔の中高年たちに囲まれていた。


 「すみません。依頼を……」


 扉を開けて入ってきた小太りの商人風の男は握ったドアノブを離さず固まる。


 (何々! 空気悪っ!!)


 固まっていると扉の近くに居たスキンヘッドの職人ににらまれる。


 「……今日は臨時休業だ」

 「ですよねー」


 はははと薄い笑いを浮かべながらドアを閉じる。


 (早くしまって! 怖っ! 冒険者組合ってギャングだったけ?)


 「あ、まって~。やってますやってます!」


 組合長が慌てて追う。

 結局、数分しないうちに組合の建物前に臨時カウンターを設けることとなった。


 「アユム……」

 「ハイ、なんでしょうランカス師匠」


 老齢のドワーフ。力のいる職人をしていることもあって全盛期よりも筋力が充実しているランカスの瞳には逆らってはいけないと暗示させる力が宿っていた。


 (あっれ~、僕なんかしたっけ? アレか! お土産忘れたのがいけなかったのかな?)


 駄ネコがいないのでボケがいないと思ったら、アユムがボケた。面倒くさい。


 「お前さん今まで何をやっていた? 事と次第によっちゃあの5人吊るさなきゃならなくなるからな……」 

 「いや、ランカス師匠穏便に。ていうか、吊るしたらつかまりますよ?」


 至極ごもっともである。しかしてこのような脅し文句は往々にして心がまえを指すのだが、この場の雰囲気が本気を臭わせる。


 「捕まる?」


 ランカスを含めその場にいる者たちが薄く笑う。


 (怖いっす。僕に向いてるものじゃないけど怖いっす。お家ダンジョンに帰りたい……)


 「エスティンタル、捕まるか? 儂?」


 壁に寄りかかる男。五十代に至るかどうかの金髪ナイスミドル、昔魔法戦士として有名を馳せた魔法鍛冶師エスティンタルは鋭い光が宿ったままの瞳で、顎に手をやり数秒思案すると愉快そうに答える。瞳以外は実に軽快な様子であった。


 「ははは、ないな~。捕まったとして無罪だな」


 この男実は現国王の兄である。

 王太子として立つ前に『面倒だ』と公言し、弟とそのとり巻きに徹底した教育を施し立派になるように仕向けて冒険者になった男だ。


 今でも数年に一度家族旅行と称して王宮に査察へ向かう。


 普段偉大な上司たちが数年に一度、震えて暮らす姿と、叱責を頂く光景を目にした国の中枢で働く若き官僚たちは、エスティンタルへの畏怖を代々継承してゆくこととなる。


 弟である王も政治の腐敗が防げるので認めている節がある。まぁ、王自身も怒られるので王も良い刺激として歓迎している。……かわいそうなのはそれを見ている王子達であった……それは機会があれば話そう。


 さて、そんなエスティンタルなので、彼の家族と彼自身には過剰な数の影が護衛として張り付いている。その為、やろうと思えば……。


 「人間の5人や10人どうとでも……」


 (黒い! エスティンタル師匠黒い!!)


 「ですな。不慮の事故とは恐ろしいものですな。不慮の事故とは」


 両手剣を片手剣のように扱う竜人オルナリスはカラカラと笑いながら言う。

 重要事なので2度言ったようだ。


 尚、この国で竜人は極端に少ない。ほぼいないと言っていい。いるとしたらこの近辺を管理する領主たる伯爵の一族が竜人だったりするが伯爵本人ではないと思われる。うん、本人じゃないといいな♪


 「「「「だな、フハハハハハ」」」」


 オルナリスの言葉に全員が応じる。総じて目が怖いまま笑っている。

 太く低い声はまるで地獄の悪魔たちの笑い声のように響く。

 それは外で営業していた組合員と組合長がそろって膝ががくがくと震えだし、冷や汗で脱水症状になる程度の恐怖だった。


 (いや、その渦中にいるんだけど! どうしよう……)


 本当のことを言ったら、仲間だった5人がどこかへの片道切符だけ持たされて旅に出てしまう。アユムはここで生来のお人よしを発動した。


 とりあえず、自分が囮になったことにして話す。


 当然ながら信じてもらえなかった。


 「わかんねーな。何であんなのをかばう?」

 「幼馴染なんで……」


 うーんと、唸った後で『生まれがこうなので、もうどうしようもないですね』と笑いながらアユムは答えた。


 一同は示し合わせたようにため息がかぶる。

 しょうがない。これが自分たちの弟子アユムなのだと。


 「で、どうやって生き残った?」


 最大の謎を問われる。これに関しては正直に答えるアユム。


 「……ダンジョンモンスターをダンジョン作物で餌付けしただと!?」

 「あ、いえ。居候させてもらってるだけです」


 ざわめきが冒険者組合を支配する。あちらこちらで論争が起こっている。そろそろ、アユムは足を崩したいと思っていた。正座がきついと。


 アユムがたまらず正座を崩して乙女座りになった頃。アユムの足をつんつんすると楽しい反応が見られる程度に時間が経過した頃、師匠たちの間である種結論が出た。


 「アユム、次ダンジョンに行くのはいつだ?」

 「はい1週間後には帰りますよ。畑お任せしてきちゃったので」


 『帰る』と言う言葉に面々の表情が曇る。


 「……ふむ、アユム。正気か?」


 一同を代表してランカスが問う。


 「ええ、ダンジョン作物を美味しく育てられる方法が見えたので戻りますよ~」

 「そうか……」


 アユムの農家としての情熱が見えて一同にあきらめムードが蔓延する。

 その後、ランカスを含めた全体会議が催された。


 30分ほどの討議の結果。


 「儂らも一緒に行こう。弟子が心配なのじゃ。拒否権はないぞ」


 いわれてアユムの頬が緩む。


 「本当にダンジョン作物美味しく作ってますから食べてもらいますよ~!」


 そのアユムの言葉に周囲は2重の意味苦笑いである。


 「さて」


 一息ついてランカスの手がアユムの右肩に乗る。


 「油断したとはいえ、あの程度の小娘が放った爆発魔法で戦闘不能になるとは情けない」


 さーっとアユムの顔色が青くなる。


 「町で必要なものはここで伝えるがいい。出発の日までにそろえよう。素材も持ってきているようだしそれも捌こう……」


 ランカスの瞳が優しい。いやな予感がアユムの背を伝う。


 「Lets山籠もり♪」


 親父共が一斉にサムズアップで笑顔である。

 (`・ω・´)b(`・ω・´)b(`・ω・´)b(`・ω・´)b(`・ω・´)b(`・ω・´)b(`・ω・´)b


 さすがのアユムも遠慮しようとしたが、ランカスにつかまれて微動だに出来ない。


 「安心しろ。爆発魔法なんか至近距離で喰らってもびくともしない様にみんなで改造……ごほごほ、鍛えてあげるからさ」


 師匠たちの誰かがそう言うと『あはははは』という陽気な笑いがアユム以外から溢れる。外で冷汗をかいていた組合員たちはその笑い声で一息入れる。そしてアユムの無事を祈った。命は無事だけどきっと何かを失うと彼らも直感していた。


 冒険者組合を去り際に誰かがこぼした。


 「これから本格修行か、思ったより早かったな」


 残念ながらその言葉はアユムには伝わっていない。


 尚、アユムを見捨てたパーティメンバーたちだが、現在交易都市への商人護衛任務に就いている。

 当然ながらアユムを殺したとか報告したわけではなく、『6層撤退時に殿を務めたアユムがいつの間にかいなくなり、いつまでたっても戻ってこなかったのでやむなく置き去りにした』と報告している。

 組合も6層を調査しましたがアユムの死体や遺品も見つからず、彼らの報告を受理しいる。


 だが、師匠たちは違う見解でいた。

 そもそも『自分たちの修行を続けられるアユムが6層程度のモンスターに殺られる筈がない』とそしてこうも考えた『魔法防御が低いのでやられるとしたら魔法攻撃』。つまり『最近魔法屋から回復術師のくせに爆発魔法を購入した小娘に……』という認識になった。


 その見解は弟子を通じてコムエンドの冒険者の共通認識となった。

 常に白眼視され続けたパーティーメンバーを見かねた冒険者組合長が、護衛任務を何とかねじ込み、街から脱出させた形となった。


 ここでアユムとパーティーメンバーが出会っていたらどうなったであろうか…

 山籠もりで精神的に疲弊したアユムは彼らの事をすっかり忘れている。


 (お家ダンジョンに帰りたい……シクシク)


 アユム、ガンバ♪

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