第3話「お手!…いやジョークです。」

 「がう(ちょっとそこで正座しなさい)」


 アームさんは怒っていた。

 アユムは不思議そうに座る。髪を後ろにまとめてコテンと首を傾げる。


 「がっがう(……ぐっかわいい……けど……、叱るときは叱る! 大人の義務だ!)」


 頬擦りしたくなった気持ちにギリギリ勝利したアームさんは畑区画の壁を顎で差して唸る。


 「ぐる(あれがなんで、どうやったのか説明しなさい)」


 突然だが、アームさんは最近アユムと一緒に昼寝をするようになった。


 今までにない事だ。

 モンスターとは配置された所で人類を待つもの。

 必要性を感じないので本来は瞬きすらしていないのだが……アームさんはアユムに寄りかかられるとついつられて眠りに落ちるようになってしまった。


 一度スリープの魔法を疑ったが、魔法力反応が無い為アームさんは自分が狂っていると結論付け、抗い難い睡眠の快楽に身を委ねていた。


 アームさんは、耳をつんざく大音響で心地よい眠りから急激に現実へ引き戻され不機嫌であった。


 そして、槍片手にまさかのダンジョンフロアに大穴を開けたアユムを見て明らかに動転していた。


 「あれ? さっき『あそことあそこに窯とトイレ作っていいですか?』て聞いたら『がうがぅ(うんうん…)、ぐー』って快諾してくれたじゃないですか?」


 「がう、……がうがー(それ『ぐー』言ってる時点で寝ぼけてる! ……で、どうやったの? 魔法なんかじゃ穴あかないし、レベル100ぐらい無いと傷付かないんだよ? アレ)」


 アームさんも本気で試したことはないが、アームさんをして壁を傷つけるなんて事はできるかどうかのレベルである。


 「ああ、それですか! 固そうだったので『奥義! 破砕突き』を使いました!!」


 あっさり言ってのけたアユムにアームさんは眩暈を感じた。そしてゆっくりともう1度壁を確認する。……相も変わらず1mぐらいの深さでえぐれている。


 そもそも奥義とは武人が一生かけて編み出すもの。こんな小さな人間が扱えるはずもないのだが……。


 「あ、破砕突きっていうのはね。ランカス師匠に教えてもらったんだ♪ 異世界人が持ち込んだ『気』っていう力と岩魔法を合わせて槍の先端から触れたものを破砕する技なんだよ!」


 どう? すごいでしょ! 笑顔のアユム。

 もう、深い事は聞きたくないとばかりに頭をアユムに擦り付けるアームさん。


 アームさんは思った。


 (そういえばこないだは必殺技使ってたな……うん。……考えるのや-めた!)


 「がう(わかった。怪我しないように頑張りなさい)」


 そう言うと、伏せてあからさまに寝たアピールをしつつ、アームさんはアユムの行動をチェックしていた。


 (美味いもの作るなら、呼ばれ損ねることのないようにしなければ!!)


 食欲が存在意義を凌駕した瞬間であった。


 ・

 ・・

 ・・・


 さて、なぜアユムが奥義だの必殺技など使えるか説明しておこう。

 普通、奥義も必殺技も達人が基礎を積み重ね『通常戦闘とは違う発想から』編み出される技の事である。


 ちなみにこのダンジョン都市では奥義や必殺技まで至った冒険者が引退後職人をしていたりする。

 無論本人が積み重ねてきたことに近い職に就く。

 そして職人の道でも有名になる元冒険者が多数存在する。


 アユムはそんな職人達に『仕事を手伝うから冒険譚を教えて下さい!』と飛び込んでいった。

 初めは迷惑がった職人たちも、次第にめげないアユムの真摯な姿勢に興味を持つようになった。そして自分の技術を教えるようになっていく。面白半分で。


 それを自慢げに職人たちの飲み会で話したのが『奥義! 破砕突き』を教えた石細工職人のランカスだ。


 元冒険者の職人たちの集いでランカスは熱く語る。


 「職人作業の合間で、ほんのジョークで奥義教えたら……」


 ドワーフにありがちな大酒豪ぶりを見せつけつつ、ガハハハッと笑いながらフォークを槍の様にしてヒュッっと振る。


 「できてやんのよ♪ これまた本当なんだよ」


 話相手の人間は、銀髪にひげを蓄えた陶芸家。貴族の依頼も気に入らなければ蹴り飛ばす、頑固職人シュッツは、普段弟子には絶対見せない笑顔で腹を抱える。


 「嘘つけ、なんだ『そんな夢を見た!』ってオチだろ。ドワーフのくせに酩酊中か?」


 腹を抱えて机をたたくシュッツ。それでもランカスは自信満々で言う。


 「かかか、どこかの土いじり老人と違って弟子育成にかけちゃ一級品って事だぜ」


 そういってガハハハッと笑い続ける。


 空気が凍り付く。


 「誰が土いじり老人だ」

 「ドワーフは酔わねーんだよ。耄碌した老人じゃねーか」


 ……。


 「「ああ?」」


 まるで昭和の不良の様に極限まで近づいて睨み合う2人。


 「まぁまぁ、落ち着いてください。折角の機会なのにいがみ合っちゃだめですよ」


 間に入ったのはエルフの家具職人タロス。

 タロスは険悪になった2人から話を聞くとポンと手を叩きいう。


 「じゃ、実際にアユム君をみんなで見てみよう!」


 周りから囃し立てる声がする。

 どうやら興味を持ったのはタロス以外にも居たらしい。


 後日冒険者組合を巻き込んで催しが開かれた。

 開催日には、飲み会の席で派手な事をしたからだろうか、その場に居なかった職人も話を聞きつけ試しの場には多くの元冒険者の職人達が集まった。


 そして、ランカスが連れて現れた少年をみて皆一様に驚く。


 そう、アユムは片手剣を使う剣士だった。

 筋肉のつき方や歩き方から槍の素人であることが窺がえる程にだ。


 アユムを見た職人たちは皆一様にこう結論付けた。


 (ランカスの奴いつのまにショタコンにジョブチェンジしたんだ……いい奴だったのに残念だ……)


 そんな職人達を横目に、2m四方の岩を前にしたアユムは手渡された槍を静かに構える。

 そこで幾人かが目を細めた。


 「試技開始!」


 職人たちの憶測をタロスの掛け声が阻む。


 「奥義! 破砕突き!」


 アユムの槍から放たれた流れるような、武芸者であれば見惚れる様な、相対する者であれば死を覚悟させられる様な、美しい技が先ほどまで素人然としていたアユムから放たれる。


 そして槍の穂先が岩に接触。次の瞬間、岩を破砕する。それはまさに槍の名手とうたわれたランカスの技であった。


 当然とばかりに胸を張るランカスに、『やりました師匠!』とアユムが駆けてくる。アユムを撫でるランカスの下に即座に職人たちが殺到する。


 「手前何しやがった!」「面白そうなこと一人でしてんじゃねえ! 混ぜろ!」


 それからランカスの意思とは関係なく各職人へのアユム貸し出しが決定した。


 「すまんな。アユム。儂ではあの爺どもを止められん」

 「大丈夫です。皆さんのお話を聞けるならむしろお願いしたいくらいだし。1番の師匠のランカス師匠が止めないてことはきっと問題ないはずです。これがダメな事なら師匠が無理やりにでも止めてくれるって信じてます♪」


 その後およそ半年で、全ての職人から何かしら技を一つづつ仕込まれていったアユム。

 この成果をもって職人組合並びに冒険者組合を巻き込んだ形で、コムエンドに新たな教育方法が提唱される。だがそれはもう少し後の事だ。


 『アユム式』


 職人たちの暴走の結果だが、引退した冒険者の社会復帰がしやすくする流れ。その第一歩目だった。

 当のアユムは、元有名冒険者の下で修業することで更に多くの珍しいダンジョン作物とその特徴について知ることができ、睡眠時間こそ激減するも充実の毎日だった。


 ・・・

 ・・

 ・  


 「がうっ!?(やば、ねちゃった!!)」


 食欲よりも睡眠欲が勝ったアームさんだった。

 目を覚ますと既に窯は出来上がっており、そこにアユムの姿はない。


 窯の前には石造りのテーブルが2つ。

 そしてその隣には今まで食べてきたトウモロコシの皮が山と積まれている。

 そこまでは想定の範囲内の光景だ。


 さらにその隣にアームさんは見た事のない緑の塊が植えられているのを発見する。

 地球でいうなればキャベツの様な葉物野菜だ。


 その隣には数十本の木々が整然と植えられていた。

 さすがにこれは未だ50cm程度の高さである。


 ざっと見渡したがアユムはいない。

 アームさんは念のため冒険者の忘れ物置き場となっている反対側に目を向ける。そこにアユムがいた。


 深さ1m程度。幅奥行きともに6m。何とかアームさんが入れるぐらいの石の枠ができていた。


 「アームさん、おはようございます!」


 石の枠からアユムがひょっこりと顔を出す。


 (魔法使いすぎて寝てたのか……)


 「がう(何してるだい?)」

 「これですか?」


 いわれてアユムは自信満々に石の枠の上に立つ。

 腰に手を当て珍しく自信に満ちた表情でアユムは言い切った。


 「お風呂です!」

 「がう(じゃ、ぼく20階層の子になってくるから!)」


 光の速さで家出したアームさんだったが、翌日にはダンジョンの強制力で15階層に戻されることとなる。


 ちょうど石鹸を作り終わったアユムがアームさんを迎えられ、一緒にお風呂に入ることになる。


 「がう(おれ汗かかないし、汚くないし、臭くないもん!)」

 「はいはい、きれいきれいにしましょうね~」


 「がう~(熱いのきらい!)」

 「あがったら焼きもろこしあげますよ」


 素直に従うアームさん。

 階層主はいつの間にか大きな猫になっていた。 


 「がう~(うまーーーーーーーーーーーーー!)」

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