第2話「上手に焼けました!」

 この世界にはダンジョン作物と言うものがある。

 ダンジョンの再生能力を利用して2晩で急成長し、一時しのぎの食糧を与える作物である。


 アユムは冒険者を始めるにあたって組合で資料を読みに読み漁った。

 冒険者となってしまったのはもうどうにもできない。

 イットやリムが強引なのは知っていた。それは幼馴染なのでもうあきらめていた。

 イットやリムもその内冒険者として実績を積み、収入が安定すれば結婚するだろう。

 結婚に至るまで3~4年程度かな。とアユムは冷静に見ていた。

 彼らが結婚すれば独身のアユムは同じパーティーを組むことは無いだろう。

 独身の冒険者と家族持ちの冒険者では危険に対する認識が段違いに違うのだ。

 なので、そうなってしまえばアユムは大手を振って村に戻れる。つまるところ農家になれるのだ。

 村で受け入れてもらえなければ、別の村に行けばいい。この国は開拓村が多い。働き手はどこに行っても歓迎される。

 そしてアユムは考える。どうせ農家に戻るつもりなら今のうちに勉強はしておきたい。と。

 珍しい作物や作物に付加価値をつけられる方法。

 食べ方への工夫の方法や珍しい調味料。

 冒険者をしていないと出会えない物を求めてアユムは街を歩き先輩冒険者と語らう。


 当初、先輩冒険者たちは陰気な印象の少年に声を掛けられ迷惑そうであった。だが、髪を上げ後ろで束ねると、一転して熱心でかわいげのある後輩冒険者の印象が変わるアユム。

 自分の取るに足らない冒険譚や、他地方の話に一喜一憂しメモを取る。

 先輩冒険者たちはこの後輩の姿に癒され、そして現役冒険者のくせに『きっとこの知識を生かして凄い農家になります!』と息巻く少年に苦笑いを浮かべながら、次第に情熱溢れるその夢を応援していく。

 1年もするとアユムは冒険者組合で有名な若手になっていた。いわゆるアイドル的な存在と言うやつだ。


 アユムにお土産を持ってくる冒険者が数多くいた中で必ず受け取ってもらえ、しかも飛び切りの笑顔を拝めることで有名だったのが【ダンジョン作物】の種である。


 アユムが所属するコムエンドの街。そこに在籍する冒険者たちの主な仕事は街中にあるダンジョン攻略だった。

 そのダンジョンだが、実は価値のある素材を取れるモンスターが浅層に存在した。つまるところ、日帰りで十分にダンジョンでの【産業】が成り立つのであった。

 その為この街のほぼ全ての冒険者が、緊急食糧たるダンジョン作物を育てた経験がない。

 育てたとしても、冒険者組合職員が冒険者へ配布する緊急食糧としてのダンジョン作物であり、その種を収穫するためにダンジョン浅層で育て、種採りを行う。

 しかし2晩で実をつけるダンジョン作物。そんなに早く収穫できるので作物があるのであれば、何故量産されないのだろうか?

 その疑問は食に興味のある冒険者が一度通る道だった。

 その問いに簡潔に答えると、食べると不味いのだ。

 吐き出さないで食べるのは至難の業だ。

 しかも食べ終わった後に残る強烈な臭みはダンジョン作物を食べた冒険者に『これは本当に最後の手段』と決意させるに十分な味わいだった。


 だから、浅層のモンスターが商品となるコムエンドのダンジョンでは、冒険者たちは引退するまで一度としてダンジョン作物を食べることが無いのが普通であった。


 この街コムエンドの経済構造についても説明しておこう

 主要産業はダンジョンである。

 まず、現役冒険者たちが浅層のモンスターを狩る。

 次に、引退して間もない冒険者がモンスターを一次加工する。

 そこから職人たちが各種商品に仕上げる。尚、職人の道を進む冒険者も少なくない。

 そして交易都市に近い位置存在するこの街で高価だが上質な商品は各国商人が買い付けに来るほど有名で、飛ぶように売れている。

 人口3万のこの都市はダンジョンによって国有数の裕福な街であった。

 これがダンジョン都市コムエンドである。



――(ダンジョン15階層)――


 「アームさん」


 アユムが目が覚めると広いフロアの中てモンスターが鎮座していた。

 巨大な赤。はじめの印象はそれだ。

 奇麗な毛並みと凛とした精悍な表情、そして時折垣間見える鋭い牙はこのフロアの王者が誰であるかを雄弁に語っていた。

 その堂々とした姿に感じいったアユムは腕を組んでうーんとうなりながら何かを一生懸命考え、何故だかそんな言葉を口にした。

 モンスターは反応しない。自分はここで現れた冒険者と対峙するのが仕事であり、使命である。少年に構ってうっかり冒険者が来てしまっては階層主として恰好が付かない。


 「いい名前だと思うんだけどどうかな?」


 長い茶髪を後ろに束ね、普段隠れていたアユムのキラキラした瞳がモンスターに向かっている。

 モンスターは自覚なく口元を歪ませた。


 「やった! その名前でけってーい! 僕はアユム。よろしくね! アームさん」

 「がぅ」


 アームさんはアユムを見て小さく唸る。

 意思の疎通が取れたと踏んでアユムはもう一歩踏み込む。


 「では、アームさん。一つ相談があります」

 「がぅ」


 アームさんは視線を入り口から離さず小さく唸る。


 「農業していいですか!?」


 ……アームさんの目が点になる。そしてどうにでもしてくれと「がぅ」っと先ほど同様に唸る様に小さく返事を返す。


「やったー、じゃあフロアの端っこでー……土を耕さないと……うーん、鍬が欲しいな……でもないか……」


 フロアの端。かつて階層主に挑んだがかなわず、逃げていった冒険者たちが残していった武器が積まれている一角でアユムは剣を手にして悩む。

 やがて諦めたように壁へ向き直る。片手に剣を携えているのでアームさんはどことなく緊張感をたたえている。


「よっし。やるぞー」


 剣を振り上げ張り切るアユムはアームさんに完全に背を向けている。

 眺めていたアームさんは『危機感と言う物はないのか……』と悩む。

 やろうと思えば一呼吸のうちにアユムの命を摘む事はたやすい。

 爪で両断。牙で一噛み。水魔法で粉みじんにすることも不可能ではない。

 アームさんは視界の端に映る不思議な生き物に徐々に興味を惹かれていった。

 さて、剣を構えるアユムは壁までの距離はおよそ20mの場所にいた。

 ふっと軽く息を吐き出したアユムは、打って変わって隙のない下段構えからそれを打ち出す。


「必殺! 土龍烈波!」


 振り上げた剣は途中剣先が土を削る様に触れると、土は龍の姿となり勢いよく周囲の土を巻き上げながら壁に向かって走り抜ける。

 どおおおおおん

 壁が少し傷ついたのを確認するとアユムは壁まで続く土の端に剣を突き立てる。


「ここはトウモロコシだ!」


 アユムは腰から短剣を抜き放ち腰のポーチからダンジョン作物トウモロコシの種を取り出し植えてゆく。

 まずいと言われるダンジョン作物だが、アユムには自分が作れば美味しくなる自信があった。

 いや実績があったと言ったほうが良い。

 こっそりとダンジョンで育てた作物を料理した上で、何食わぬ顔でパーティーメンバーに食べさせ好評を得ていたのだ。アユムが超絶味音痴だからというわけではない。その後も試食実験を繰り返し確信に至っている。

 アユムはたのしそに種をまき、技によって巻き上げられた土をかぶせ、魔法力を土の上から種に通す。こうしてダンジョン自体が持つ魔法力の流れにダンジョン作物を適合させる。

 これまでの不味いと言われた作り方は投げやりすぎるのだ。

 だからこそ、ちゃんと肥料である魔法力と合う土地を用意すれば美味しいものが育つ。きっと種は悪くない。アユムはそう信じている。


「水よ」

 最後にさっと水を撒くと、アユムはアームさんの近くに戻ってきて横になる。


 「アームさん、僕お昼寝しますね。おやすみなさーい」


 アームさんすら目が点になっている。状況を理解する間にアユムは夢の世界へ旅立っていた。

 アームさんは思った。


 (変なものを拾った……)


 切欠は階層主として管理階層の巡回中に起こった出来事だった。

 ダンジョンモンスターとはある定位置に設置され、ただ冒険者を待つ存在である。


 それが月日が経つと暴走する。

 その為に管理領域を持つモンスターは暴走しそうなものを定期的に刈り取る。

 肉に関しては狩ったモンスターが少量を食べ、残りはフロアの者に任せる。

 食べる必要ないモンスターたちは焼却処分するのが常であった。


 このダンジョンは5階層までは冒険者たちが多く、態々管理に向かわなくて済むのだが6階層からは見て回らなければならない。


 アームさんはその日も自分の業務として15層から6階層に向かっていた。

 そこで違和感を感じる。今日は珍しく冒険者がいた。


 いつもの様に警告を発する。


 がぉおオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!


 大抵の冒険者がこの警告で逃げてゆく。

 ダンジョンにとって彼らは必要な存在なのだ。無駄に減らしてしまうのは正直勿体ない。


 怯えの臭いがアームさんにまで伝わってくる。なので逃げ去るまでアームさんは待つこととした。

 いつもの事だ。

 しかし、いつもと違った。


 どおおん


 小さな爆発音がする。そして逃げてゆく足音が聞こえる。

 流れてくる臭いは人間の焼ける臭いだ。


 アームさんは他の5人が逃げ去ったことを確認するとその焦げた人間へ足を向けた。この人間も処分しなければならない。


 少年の近くまで行き処分を執行しようとしたアームさんだが、彼の体は違う事をしていた。

 途中で拾った冒険者のカバンからポーションを取り出すと器用に栓を抜いて少年に振りかけた。


 全て振りかけ終えると、少年の苦しげな息が安定した寝息に変わる。


 アームさんは思った。自分は何をしたのか、と。

 自分が処分しようが回復してこのまま放置しようが、少年の死亡と言う結果は変わらない。


 ではなぜ自分は少年を助けたのか……そんな命令は組み込まれていない……、

 アームさんの組み込まれた思考は混乱を極めていたがアームさん体は、躊躇なく少年を咥え自分の階層へ戻っていった。


 そこでようやくアームさんは自覚した。


 (ああ、自分はもう狂い始めているのだ)


 ・・・

 ・・

 ・


 アームさんは土の上でマントに包まり幸せそうに眠るアユムを眺めている。そこでハッと気づく、どうやら相当時間が経過していらしい。


 もう何年も見続けた階層の入り口を見もせず、ただただアユムを見守っていた自分にアームさんは驚いていた。


 「…んーーーー! よく寝た!! あーもう夕方か」


 このダンジョンは外部時間に合わせて天井の照明の強弱が変わる薄暗くなっているので夕方なのは確かだ。


 「おおーー! やっぱりよく育ってる」


 アユムは起き上がるとトウモロコシを植えたあたりがもはや高さ2m程度まで育った緑に変わっていることに気付き、そのままやはり軽快なくトウモロコシへ駆けて行った。


 ヤレヤレとばかりにアームさんもその後に続く。何故続くのか?


 (狂っているのだ、気にしてもしょうがない)


 そう結論付けてアームさんは気にしない事にした。


 アユムは1本のトウモロコシをもぎ取ると葉とヒゲを取り生のままかぶりつく。

 不味いはずのトウモロコシを豪快に齧り付くアユム。

 本気の表情でトウモロコシと向き合うアユム。

 シャクシャクと瑞々しい印象を与える咀嚼音がフロアに響く。


 ゴクリ


 思わずアームさんの喉が鳴る。それをアユムは見逃さない。


 「あまーーーい! 甘いよアームさん! 食べてみて!!」


 アユムは半分に折ったトウモロコシをアームさんに掲げる。

 アームさんは唾をのむが、野生の意地で顔をそむける。

 アユムはめげずに反対側に向かう。またそむける。

 10度繰り返した。アームさんがチラリとアユムを見るとその瞳はキラキラしている。どうやら諦める気が無いようだ。


 (しかたあるまい……)


 アームさんは観念して口を開く。

 そこにアユムはまずは身の部分を短剣でそぎ落として入れる。


 アームさんは『人間と味覚が違うのだ……』等と心の中で言い訳をしていたが、トウモロコシの実が口に入った瞬間、その甘味に捕らわれた。


 バッと顔を上げるとしたり顔のアユムと目が合う。


 (ぐぬぬぬ)


 悔しいと思う心と反面アームさんは再び口を開き鳴く。


 「にゃあ(ぎぶみー、とうきび!)」


 笑顔全開のアユムは残りのトウモロコシを口の中に入れる。

 咀嚼すると甘味。かすかな歯ごたえの後に旨味が追いかけてくる。


 「がおおおお!(我、天啓を得たり!!!!)」


 思わず遠吠えをする。

 そして期待のまなざしをアユムに送る。


 「アームさん、ここで火を使ってもいい?」


 高速でうなずくアームさん。そこに15階層階層主としての威厳はなく、よだれを垂らすだけの大きなおネコ様がいた。


 アユムはポーチから火の魔石を取り出すと魔法力を付与し大地に置く。すると魔石からたき火の様な炎が立ち昇る。アユムが込めた魔法力からするとおおよそ1時間ぐらいは続く。


 そこに無造作にもぎ取ったトウモロコシを皮ごと投げ込む。


 「がう!(もったいない!)」


 そんなアームさんに構わず、アユムは立てかけて置かれてロングソードを使いトウモロコシを転がし焼き加減を見ている。その瞳はどの場面よりも真剣だった。


 思わずアームさんにも緊張が伝播する。


 10分程度経過して皮が黒焦げになったトウモロコシを取り出す。

 非常にいい匂いが漂う。


 ぐううううう


 熱が冷めるまで少し放置していたアユムとお腹を鳴らしたアームさんの目が合う。


 「期待してて♪」


 その言葉にアームさんの夢が膨らむ。


 熱が落ち着いたところでアユムは皮をむく。ヒゲを避けるとポーチから革袋を取り出す。通常の旅であれば水を入れるような丈夫なものだ。そこから少量の黒い液体を慎重にトウモロコシにかけ、そして再び火に入れる。今度は表面に焼き色を付けるだけだがそこでのアームさんはまた違う臭いをかぐことになる。


 アユムは味見の為少しかじると、天を見上げ拳を握る。


 ごくり


 アームさんはもうすでに待ちきれない。期待値が限界を超えている。


 「がうがう(はりーはりー!)」

 「アームさん猫舌大丈夫?熱いよ?」

 「がう!(その燃え盛る魔石喰ってもなんともないくらい平気だ! もったい付けないで、いけず♪)」


 アユムはアームさんの迫力に押されて半分に折ったそれをアームさんの口の中へ入れる。


 「がう!(これや! これがくいたかったんやーーーーーーー! わてはこれをくうためにいきてきたんやーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!)」


 アームさんの咆哮がダンジョン中に響き渡る。


 「……がう(……うまいこそ正義。ふう……いい汗かいたぜ)」


 そしてもう半分を口にするアームさんであった。

 こんな時に侵入者来たらどうするのだろうか…


 「がう(侵入者きたら一緒に食べるに決まってるだろ?美味しいものはみんなで食べるのが一番だ!)」


 焼きトウモロコシに夢中のアームさんを横目にアユムは追加で4本のトウモロコシをもいで火の中に放り込んでいる。


 「トウモロコシ、成功~ 次は何がいいかな~」


 鼻歌を口遊みながら剣でトウモロコシを動かすアユム。


 ちなみに、その剣が名剣で市場に出るととんでもない価格の剣であるという事はこの場の誰にも気にされない事実であった。

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